郷ひろみの宴ターテイメント
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| 郷ひろみの宴ターテイメント | |
|---|---|
| ジャンル | 特別番組(音楽番組) |
| 企画 | 皇達也 |
| 構成 | 塚田茂 / スタッフ東京、他 |
| ディレクター | 岩城利明、石黒正人 |
| 演出 | 疋田拓 |
| 出演者 |
郷ひろみ ほか(#ゲストを参照) |
| 音楽 | 広瀬健次郎 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作 | |
| プロデューサー | 疋田拓(総合) / 中村元一 |
| 制作 | テレビ朝日 |
| 放送 | |
| 放送国・地域 | |
| 放送期間 | 1989年4月19日 - 同年11月22日 |
| 放送時間 | 水曜19:30 - 20:54 |
| 放送枠 | 水曜スーパーテレビ |
| 放送分 | 84分 |
| 回数 | 6回 |
『郷ひろみの宴ターテイメント』(ごうひろみのえんターテイメント)は、テレビ朝日が制作し1989年4月19日から[1]11月22日まで[2]放送された、郷ひろみの冠番組にして彼が初めて[要出典]司会をつとめた音楽番組である。
1989年4月19日から11月22日まで1~2カ月に1回『水曜スーパーテレビ』の企画の1つとして全6回放送された。収録は当時のテレビ朝日六本木センターの第7スタジオで第1回~第4回は生放送、第5回以降は事前収録の形式でそれぞれ行われた。
制作スタッフのプロデューサー・演出はフジテレビで『夜のヒットスタジオ』のプロデューサー・演出をしていた疋田拓が担当[3]。番組の構成作家やスタジオを飾るオーケストラバンド、音楽監督など主要スタッフは『夜のヒットスタジオ』のスタッフをそのまま起用していた。
当時音楽番組に弱かったとされるテレビ朝日は、同時期に『アイドル共和国』(こちらも担当は疋田拓)も毎週土曜日に生放送することとなった。「司会・ホスト役が郷ひろみ」「番組担当者が疋田拓」「90分の音楽番組」の3点から開始時には他局の音楽番組担当者も注目し、「できることなら自分の番組の裏ではやってほしくない」などのコメントまで出た[4]。また第4回、第5回の放送には郷ひろみの司会パートナーとして芳村真理も出演、疋田の古巣であったフジテレビからは「もう勘弁してくれ」などの声が出たと噂が飛び交った[4]。
しかし、期待したほどの視聴率は取れず放映は半年間に止まった。
番組テーマ曲
放送日程とゲスト
- 第1回(1989年4月19日)[1]:阿川泰子[1]、栗田貫一[1]、コロッケ[1]、沢田研二[1]、中山美穂[1]、長山洋子、元・朝潮[1]、森進一[1]、八代亜紀[1]
- 第2回(1989年5月24日)[5]:浅香唯[5]、今井美樹[5]、とんねるず[5]、布施明[5]、渡辺裕之[5]
- 第3回(1989年6月21日)[6]:稲垣潤一[6]、江川卓[6]、加藤登紀子[6]、田中裕子[6] ※衛星中継テレサ・テン[6] (下記)
- 第4回(1989年8月23日)[7]:西城秀樹[7]、野口五郎[7]、峰さを理、宮川泰(ゲスト指揮) ※赤坂プリンスホテル内のクリスタル・パレスから生放送[8]
- 第5回(1989年10月25日)[9]:荻野目洋子[9]、谷村新司[9]、テレサ・テン[9]、布施明[9]
- 第6回(1989年11月22日)[2]:石川さゆり[2]、沢田研二[2]、細川たかし[2]、森進一[2]