金森順次郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
大阪市出身。近畿日本鉄道(近鉄)の実質的な創業者の一族に生まれたが、順次郎は嫡流でなかったこともあり、学界へと進んだ。
- 1948年3月 - 大阪府立天王寺高等学校卒業
- 1953年3月 - 大阪大学理学部物理学科卒業[1]
- 1957年3月 - 大阪大学 理学博士「一酸化鉄及び一酸化コバルトの磁性の理論」
- 1958年6月 - 大阪大学理学部講師
- 1958年8月 - シカゴ大学金属研究所研究員(1960年(昭和35年)7月まで)
- 1964年(昭和39年)1月 - パリ大学客員教授(1964年(昭和39年)11月まで)
- 1965年(昭和40年)5月 - 大阪大学理学部教授[1]
- 1971年(昭和46年)1月 - カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授
- 1972年(昭和47年)4月 - 大阪大学学生部長(1973年(昭和48年)3月まで)
- 1981年(昭和56年)4月 - 大阪大学理学部長(1985年(昭和60年)3月まで)
- 1989年(平成元年)4月 - 大阪大学理学部長(1991年(平成3年)8月まで)
- 1991年(平成3年)8月 - 大阪大学総長(1997年(平成9年)8月まで)[1]
- 1997年(平成9年)9月 - 総長の任期満了により大阪大学を退官、名誉教授の称号を受ける
- 1997年(平成9年)10月 - 国際高等研究所フェロー(1997年(平成9年)12月まで)
- 1998年(平成10年)4月 - 国際高等研究所特別委員
- 2001年(平成13年)4月 - 国際高等研究所所長(2009年(平成21年)3月まで)
- 2012年(平成24年)11月13日 - 大阪府吹田市の病院にて肝門部胆管がんの為逝去[2]。82歳没。
役職
- 財団法人労働安全衛生研修所顧問
- 財団法人関西エネルギー・リサイクル科学研究振興財団理事
- 財団法人千里国際情報事業財団顧問
- 財団法人山田科学振興財団理事長
- 財団法人仁科記念財団評議員
- 財団法人懐徳堂記念会理事
- 財団法人湯川記念財団理事