長浜鴻緒

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国籍 日本の旗 日本
出身地 青森県[1]
生年月日 (2005-11-12) 2005年11月12日(20歳)
身長 158.5cm
長浜鴻緒
東京3R優勝時(2026年2月21日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 青森県[1]
生年月日 (2005-11-12) 2005年11月12日(20歳)
身長 158.5cm
体重 48.0kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 美浦・根本康広→美浦・フリー
初免許年 2024年
免許区分 平地・障害
通算勝利 821戦37勝(中央)
29戦4勝(地方)
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長浜 鴻緒(ながはま こお、2005年11月12日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の騎手である[2]。JRA競馬学校40期生[3]

青森県おいらせ町出身[4]。戸籍上の正式な表記は常用外漢字が含まれた「長」であるが、JRAでは常用外漢字等の登録が認められていない為、常用漢字の「長」に修正して登録している[5]

騎手デビューまで

自動車会社に勤務する競馬好きの父親の影響で、小学3年生の終わりからジョッキーの魅力を知り、4年生になった時に初めて馬に乗る[6]。その後は十和田市馬事公苑で乗馬経験を積んだ[7]。その後、騎手を目指すなら美浦トレセンの乗馬苑で乗るのが良いだろうと考えた両親の進言で、小学5年生のときに一家で青森から美浦に転居[6]競馬学校入学を目指し、ジュニアチームに属して練習に励んだ[7]

2021年4月、騎手課程40期生として競馬学校に入学[8]。同期には石神深道柴田裕一郎高杉吏麒橋木太希吉村誠之助がいる[3]

2024年2月に競馬学校を卒業[9]。同年度の騎手免許試験に合格。同じ年に合格した騎手には前述の同期のほか、大江原比呂(競馬学校第39期[10])、坂口智康調教助手からの転身[11])がいる。

デビュー後

2024年3月2日、第2回中山3日目1Rでオオゾラヒバリに騎乗しデビュー(16頭立て8番人気)し、結果は2着だった。デビューから4戦目となる同年3月9日の第2回中山5日目2Rでグリントグリッターに騎乗し、JRA初勝利を記録した(16頭立て4番人気)[12]

夏開催で拠点を北海道に移した6月22日、第1回函館5日目8Rでオオゾラヒバリに騎乗した際、スタート直後に落馬し、首を負傷するものの翌週には復帰[13]。夏の函館開催・札幌開催を通じて10勝を挙げた[14]。同年のヤングジョッキーズシリーズに出場。トライアルラウンドの盛岡10Rと門別9R、ファイナルラウンドの園田10Rは1着と結果を残すも、合計ポイントは36ポイントと8位に終わった[15]

初年度は美浦所属のルーキージョッキーとしては最多となる19勝を挙げたほか、その優れた成績を収めた点が高く評価され、2024年度民放競馬記者クラブ賞を受賞した[16]

2025年6月22日、第1回函館4日目7Rでスティックバイミーに騎乗した際、先行していたウマピョイが1コーナーでつまずいてバランスを崩し、騎乗していた上里直汰が落馬。後続にいた長浜とスティックバイミーは、ウマピョイと上里を避けきれず、落馬競走中止となった(2頭とも予後不良[17])。2人は意識があったものの、救急車で病院に搬送された[18]。左手首と左足の親指を骨折し、手術を受け療養に入った[19]。左手首は橈骨遠位端骨折と診断されたという[20]。リハビリ中、同厩舎の兄弟子である野中悠太郎の進言で、フランスイギリスへ競馬視察に行くことを明かした[19]。後のインタビュー記事で、フランスドーヴィル競馬場で行われたジャック・ル・マロワ賞(日本からはアスコリピチェーノとゴートゥファーストが出走)とギヨームドルナノ賞(日本からはアロヒアリイが出走)、イギリスヨーク競馬場で行われたインターナショナルステークス(日本からはダノンデサイルが出走)を観戦したことが伝えられている[20]。およそ3ヶ月後の9月13日からは調教騎乗を再開し、同月27日の第4回中山8日目2Rより実戦に復帰した[21]。2年連続でヤングジョッキーズシリーズにも参戦[22]し、トライアルラウンドの川崎6R・8R、大井8R・10R、浦和9R(当初出場予定だった水沼元輝騎手の乗り替わり[23])と計5レースに出場。結果は合計ポイント37ポイントと10位に終わり、ファイナルラウンドへの出場は叶わなかった[24]

2026年1月20日、高知競馬場で開催された第40回全日本新人王争覇戦競走にJRA代表として参加[25]。合計40ポイントを獲得し、参加騎手12名中5位の成績を収めた[26]

所属していた根本康広厩舎の定年解散に伴い、2026年3月4日付けでフリーに転身する[27]

エピソード

  • 「鴻緒」という名前の由来は、舞台や興行で最後に登場して締める事を意味する慣用句である「トリを取る」から。母親が命名した[6]
  • 4人兄弟の長男である。次男が5歳年下、三男が6歳年下、四男は8歳年下である[28]
  • 目標としている騎手は柴田善臣騎手。技術だけでなく、人としても周りから尊敬され、長く騎手として活躍したいと語っている[2]
  • 青森県出身であり、インタビューでもまれに青森に関するエピソードを披露することがある。降雪により東京8R以降が取りやめになった際は、「青森の血が騒いでいたんですけれど、安全第一ですから」と悔しさをにじませていたという[29]

成績

いずれもnetkeiba[30]、競馬ブック[31]より。2026年2月12日現在。

騎乗成績

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 2024年3月2日 第2回中山3日目1R 3歳未勝利 オオゾラヒバリ 16 8 2
初勝利 2024年3月9日 第2回中山5日目2R 3歳未勝利 グリントリッター 16 4 1
重賞初騎乗 2026年2月14日 第1回東京5日目11R クイーンC ザバルガド 16 15 10

年度別成績

年度 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率 複勝率 表彰
2024年度 23 28 22 399 .051 .108 .155 2024年度民放競馬記者クラブ賞[16]
2025年度 23 30 27 415 .049 .107 .162
2026年度 0 4 5 75 .000 .048 .107
中央 41 58 52 860 .042 .098 .149
地方 5 4 2 29 .143 .225 .275

表彰

注釈・出典

関連項目

外部リンク

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