露韓関係

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露韓関係(ろかんかんけい、ロシア語: Российско-южнокорейские отношения, ラテン文字転写: Rossiisko-yuzhnokoreyskie otnosheniya)または韓露関係韓国語: 한러 관계, ラテン文字転写: hanreo gwangye)はロシア大韓民国(韓国)の二国間外交関係を指す。現代的な両国関係は1990年9月30日まで遡る。2022年ロシアのウクライナ侵攻後、韓国がロシアに制裁を科したことで両国関係は極めて悪化した。ロシアは韓国を台湾日本シンガポールアメリカ合衆国欧州連合加盟国、北大西洋条約機構加盟国(トルコ以外)、オーストラリアニュージーランドスイスミクロネシア連邦ウクライナと並んで非友好的な国と地域のリストに掲載している[1]

日本による1910年から1945年までの植民地支配後、ソビエト連邦およびアメリカ合衆国による冷戦によって朝鮮半島は南北国家に分断された。以降、両者は北朝鮮および敵対イデオロギーによって分けられたため、ソビエト連邦の崩壊まで交流は限られていた。

1990年代以降、両国間で貿易および協力関係が盛んとなった。2003年の露韓間の貿易総額は42米ドルであったが[2]、2018年には248億ドルへと拡大した[3]

ロシア帝国

ロシア帝国李氏朝鮮は1884年に公式な外交関係を結び、以降ロシアは朝鮮に対し比較的大きな政治的影響を与えた[4]。一例として1896年、漢城市内での親日暴動を受け朝鮮の王族がロシア公館に逃げ込んでいる。しかしながら日露戦争でのロシア敗北後、ロシアの影響は無に帰した。

ソビエト連邦

韓ソ関係
大韓民国とソビエト連邦の位置を示した地図

韓国

ソビエト連邦

ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国ソビエト連邦は今日の大韓民国の前身となった、日本統治時代の亡命政権・大韓民国臨時政府を外交的に支援していた。日本に抵抗していた独立勢力はアムール州スヴォボードヌイで立て直しを図ったが、大きく勢力を減らすこととなる。ボリシェヴィキは彼らがロシア内戦期の日本によるシベリア出兵英語版に責任があると考え、武装解除の上赤軍に加わるように促した。しかし朝鮮人たちは武装解除を拒否し、赤軍によって虐殺された。

冷戦期、ソビエト連邦が朝鮮戦争中華人民共和国および北朝鮮を支援していたこともあり1970年代に至るまで両国関係はふつう敵対的だった。アメリカ合衆国は韓国内に軍基地および核兵器を設置しており、ソビエト連邦からは安全保障上の脅威と見なされていた。1983年9月、誤ってソ連領空内に侵入した大韓航空機をソ連の戦闘機撃墜した。

韓国はゴルバチョフ台頭以前からソ連との貿易を模索していた。ゴルバチョフは外国資本および技術を熱望しており、韓国側からの直接投資によってソ連の経済危機は緩和された。早ければ1979年5月にも、韓国はソ連および東欧への輸出に関してフィンランドの援助を得る合意を結んでいた[5]

1980年代、韓国の盧泰愚大統領の北方外交英語版ミハイル・ゴルバチョフの「新思考」はいずれも両国の歴史を塗り替える試みだった。ゴルバチョフは1986年7月のウラジオストク演説や1988年8月のクラスノヤルスク演説で韓国を含むアジア太平洋地域との関係改善に向けた関心を繰り返し述べた[5]

ソ連極東には原油、金属、木材、魚介類といった韓国側が欲している天然資源が豊富に存在した。ソ連、東欧中華人民共和国との貿易はアメリカ合衆国による保護貿易政策を受けた韓国側の不安を緩和した。当初アメリカ合衆国は韓国の対ソ・東欧貿易の拡大を推奨したが、後に高度技術流出の可能性に関して懸念を強めた[5]

改善したソウル・モスクワ関係はスポーツ、貿易、政治関係の3段階に分けられた。1988年ソウルオリンピックは大きな刺激となった。モスクワは6,000人以上のソビエト市民を韓国に送り、ソ連の観光船が釜山市および仁川市に寄港し、アエロフロート社の航空機がソウルに飛来した[5]

1988年11月10日、ソ連共産党政治局は史上初めて韓国との関係を見直した。外交関係の欠如ゆえ、多くの韓ソ貿易は東欧、香港日本シンガポールを介した間接的なものであった。貿易の増加に伴って両国政府はウラジオストクおよび釜山の施設を利用した直接貿易を開始した。大韓貿易投資振興公社英語版およびソビエト連邦商工会議所は1988年に貿易覚書を取り交わし、1989年の貿易事務所開設に向けた相互支援を約束した。韓国の貿易事務所は1989年7月にモスクワで開設され、ソ連の貿易事務所は1989年4月にモスクワで開設された。大宇財閥鮮京ラッキー金星といった韓国の大企業は1990年にソ連との直接取引に乗り出した[5]

韓国の新しい富と技術は社会主義国家の興味を引いた。北方外交英語版を始動するにあたり、盧泰愚の自信に満ちた外交顧問はモスクワを訪問してソ連の政治家と話し合ったのではないかと噂された。ソビエトの支配するサハリン島第二次世界大戦終結後も暮らす300,000人の朝鮮人に対し、韓国への恒久的な帰国を解禁するというクレムリンの発表を受け金泳三は1989年6月2日から同月10日までモスクワを訪問した。ソ連政府の配慮で金泳三は駐ソ北朝鮮大使とも会談した[5]

1990年6月、盧泰愚はサンフランシスコでゴルバチョフ大統領と初めて会談し、両国の正式な外交関係が1990年9月30日に樹立された[5]

ロシア連邦

クレムリン李明博と会談するドミトリー・メドヴェージェフ

ソビエト連邦の崩壊後、韓国とロシアは1991年に外交関係を樹立した。1992年11月10日、ロシアと韓国は国防人員及び艦船の相互定期訪問を定めた議定書を結んだ[6]

1997年7月23日、ロシアのエフゲニー・プリマコフ外務大臣はソウルを訪問し、露韓両国の大統領官邸を結ぶ「ホットライン」開通に合意した[7]

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2001年2月にソウルを訪問し、一方で韓国の廬武鉉大統領は2004年9月にモスクワを訪問した[8][9]

露韓両国は北朝鮮の核問題を受けた六者会合に参加している。

2013年10月、韓国の朴槿恵大統領は共通の繁栄を通じて経済協力、人的交流、信頼構築、南北関係改善を目的とし、ユーラシア大陸中に統一された交通・エネルギー・貿易網を張り巡らす「ユーラシア・イニシアティブ」構想を提唱した[10]。2013年11月、露韓両国はビザ免除渡航協定を締結した[11]

国家院で演説する文在寅大統領

韓国の文在寅大統領は2018年にロシアを訪問した。6月21日、彼はロシア連邦議会の下院・国家院で演説した。ロシア議会で韓国の首脳が演説するのは初のことだった.[12]。6月22日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はモスクワで文在寅と会談し、両首脳は自由貿易地域設立を定めた文書に署名した[13]

文在寅は新たな経済成長の起因を探り、米国や中国といった韓国の伝統的な貿易相手国への依存を減らす新北方政策を打ち出した。同政策ではシベリア鉄道と南北朝鮮鉄道の接続といった計画を通じて新たなユーラシア市場へ進出し、信頼構築や将来の南北経済協力を目標としていた[14]。政策の進展は北朝鮮に対する国際的な制裁によって著しく阻害され、結果として平壌が関与する大規模な三か国間インフラ計画のほとんどが実施不可能となった[15]

2018年8月28日、韓国の徐柱錫国防次官はロシアのアレクサンドル・フォミンロシア語版国防副大臣と会談し、両国空軍間で直接対話する機会を設けることで合意した[16]

2022年3月、ロシアのウクライナ侵攻に際してロシアは韓国を非友好的な国と地域のリストに掲載した[17]

2024年6月、ロシア首脳の訪朝を受け、両国はロ朝戦略的パートナーシップ条約を結んだ[18]。これをうけ韓国はウクライナへの軍事装備供給を検討すると述べた[19]。プーチンは韓国に対しウクライナへ軍事支援を行わないよう求め、さもなくば「現在の韓国首脳にとって望ましくない決断を下す」と警告した[20]。6月22日、韓国はロシア大使英語版を召喚し、相互防衛協定に対し抗議した[21]

韓国はロシア大使に対し北朝鮮がウクライナに派兵してロシアを支援していることに関して強い懸念を表明し、国連決議違反だと指摘した。韓国の特殊部隊がロシア国内で訓練を受けており、彼らが軍服を支給されていると報告されている[22]

2024年12月、『フィナンシャル・タイムズ』はリークされたロシアの文書には紛争拡大時、韓国に対する攻撃案がまとめられていると報じた[23]

外交関係

ソビエト連邦と韓国は1990年9月30日まで正式な外交関係を持たなかった。両国関係は1991年のソ連解体後、同国の法的後継者英語版ロシア連邦が引き継いでいる。

2023年時点で、ロシアはソウル特別市に大使館を、釜山広域市に総領事館をそれぞれ置いている。韓国はモスクワに大使館を、サンクトペテルブルクイルクーツクウラジオストクの3都市に総領事館をそれぞれ置いている[24]

経済協力

韓国とロシアは極東ロシアナホトカ自由経済地域の両国産業複合体およびイルクーツクガス田開発に向けて協力している。両国は朝鮮半島縦断鉄道とシベリア鉄道再接続に向け協力すると合意している。またロシアは朝鮮半島の鉄道網とシベリア鉄道を接続し、現在海運に依存している韓国の対ヨーロッパ輸出を仲介する案に興味を示している[25][26]

ロシアは北朝鮮における鉄道事業などへの共同出資を通じ、韓国に対する17億ドルの債務を返済すると提案したと報じられている[27]

宇宙開発

2004年、韓国とロシアは宇宙協力に合意した。ロシアは韓国の「羅老」打ち上げ機開発に協力した[28]。2008年4月、韓国は初の宇宙飛行士ソユーズに乗せ、国際宇宙ステーションへと送った[29]。韓国は2009年及び2010年に人工衛星を打ち上げたが、どちらもロシアの支援を受けている。最初の韓国産人工衛星は2013年、ロシアの技術支援及びモジュールを用いて打ち上げられた。

北朝鮮の核脅威

2009年5月25日の核実験によって北朝鮮が多くの国から非難を浴びた後、平壌政権は韓国に対し、大量破壊兵器を輸送している疑いのある船舶を取り調べる米国主導の計画に加わるならば攻撃を加えると脅した[30]モスクワにあるニュース局の多くはこの動きが核戦争につながりかねないと懸念した。北朝鮮は米国や世界中の諸国家に対し同様の脅迫を行った。数日後、韓国の李明博大統領とロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は電話会談で国連の行動を含め強力な国際的反応が必要だと合意したと韓国大統領府が語った・ロシアは新たな国連安保理決議でソウル政府と協力し、北朝鮮の核問題に対する国際的協議を復活させると語った[31]

移住

高麗人NIS諸国朝鮮民族の多くが自らを指すのに用いる名称である。これらの共同体は19世紀、極東ロシアに住んでいた朝鮮人に遡る[32]。彼らの多くは1910年の日本による韓国併合後、ロシアへ亡命した。高麗人の多くは1937年、スターリンによる「国境浄化」政策の一環としてソ連領中央アジアウズベキスタンカザフスタン)に強制移住させられた。

現在、旧ソビエト連邦、なかでもウズベキスタンおよびカザフスタンを中心に約50万人の高麗人が住んでいる。1990年以降、多数の高麗人がロシアまたは韓国へ戻った。現在、ロシア南部(ヴォルゴグラード周辺)、コーカサス、南ウクライナに高麗人の大規模な共同体が存在する。

この他、サハリン島にも在樺コリアンと呼ばれる独自の朝鮮人共同体が存在する。高麗人のアイデンティティを持つ者もいるが、少数にとどまっている。19世紀から20世紀初頭の移住者が大半を占めるロシア本土の共同体とは異なり、在樺コリアンの多くは1930年代から40年代初頭、第二次世界大戦による炭鉱での労働力不足を補うため慶尚道全羅道から日本政府によって強制移住させられた人々を先祖とする[33]

ロシア人英語版は早ければ1885年にも朝鮮半島を訪れている。しかしながら、現在存在する1万人ほどの在韓ロシア人共同体のほぼ全員が近年移住してきた人々で占められている[34]

2014年以降、大韓民国旅券を有する韓国市民はロシアへ60日間ビザなしで渡航でき、またロシア旅券を有するロシア市民に対し韓国政府は60日間のビザなし渡航を認めている。結果、大韓民国旅券は先進国のものとしては数少ないロシアへのビザなし渡航が可能な旅券となっている.[35][36]

文化交流

公式な外交関係樹立以前から両国間で文化交流が存在した。1970年代まで、ロシア語圏における韓国文学の紹介が古典文学を中心として盛んにおこなわれていた[37]

2018年時点で、朝鮮語はロシアで3番目に人気の外国語である。ロシアは世界で4番目に多く大学レベルの朝鮮語・韓国学専修が存在する[38]

関連項目

脚注

関連文献

外部リンク

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