青春かけおち篇
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つかこうへいのかけおち'83
1983年7月25日から同年7月29日まで、NHK総合テレビの『銀河テレビ小説』で放送[2]。全6回[2][6]。
キャスト
- セツ子:大竹しのぶ[2]
- ヤスオ:長谷川康夫[2]
- ヤスオの父:北村和夫[2]
- ヤスオの母:松下砂稚子[2]
- ヤスオの弟:萩原流行[6]
- 萩原:沖雅也[2]
- 松田:平田満[2]
- DJ男:小林克也[2]
- タケ:中原早苗[6]
- 車掌:花王おさむ[6]
- 板前:酒井敏也[2]
- ヤスオのおば:五月晴子[6]
- ヤスオのおじ:上田忠好[6]
- ホステス:竹崎真理[6]
スタッフ
- 脚本:つかこうへい
- 演出:松岡孝治
前後番組
| NHK総合テレビジョン {{{放送枠}}} | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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青春かけおち篇
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| 銀河ドラマ | ||
つかこうへいのかけおち'83
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映画
| 青春かけおち篇 | |
|---|---|
| 監督 | 松原信吾 |
| 脚本 | つかこうへい |
| 出演者 | |
| 音楽 | つのだ☆ひろ |
| 主題歌 | 内藤やす子「涙の色」 |
| 撮影 | 長沼六男 |
| 編集 | 鶴田益一 |
| 製作会社 | 松竹 |
| 配給 | 松竹 |
| 公開 | 1987年2月7日 |
| 上映時間 | 96分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 配給収入 | 1億万9,900万円[7] |
松竹の製作により1987年2月7日公開[3][5][8][9][10]。つかこうへい原作4本目の映画化[11]。主演はNHKドラマ版でも主役を演じた大竹しのぶと映画のみの風間杜夫[12]。ドラマ版からキャストはほぼ一新されているが、板前を演じる酒井敏也が大竹とともにドラマ・映画の両方に出演している。結婚を反対されたわけでもなく、障害があったわけでもないのに“かけおち”という古典的な行為で愛を確かめようとする恋人たちを描く[3][8][12]。
キャスト
スタッフ
製作
1983年のテレビドラマ『つかこうへいのかけおち'83』を基につかが脚本を書いた[3]。大竹しのぶは初の本格的喜劇演技で[8]、自分勝手なバカ娘を演じる[8]。田中健が愚直な三枚目を演じ、元『青春の門』コンビの落差が凄い[8]。主役の二人・康夫(風間杜夫)と北城七ツ子(大竹)も少し変だが、周りの人物も変人ばかり[9]。七ツ子(大竹)の父・北城和夫(杉浦直樹)は実の娘七ツ子(大竹)を目の前にして「しかしわが娘ながらいい女だねえ」「ああいうのキャバレーにいたら毎日通うぜ」「私ならね、押し倒しちゃう」「色っぽいタマ」などと言い、煮え切らない康夫(風間)に苛立ち「男なら赤(信号)ぐらいで止まるなよ」「私が若い頃は赤だろうが黄色だろうがバンバン行ったもんだ」「人なんて轢けばいいじゃないの、男なら」などと暴言を吐く。康夫(風間)の実家は東京巣鴨設定。後半康夫(風間)と七ツ子(大竹)が京都にかけおちし、旅館白梅に滞在する。実際の白梅の表周りで撮影も行われており、内部は大きなセットを組んでいる。両方の親が迎えに来てくれるものと期待するが、二人は30近い年齢で、10代ならまだしもいい大人がかけおちしたからといって迎えに来る親はいないことを逆手に取ったコメディになっている[12]。康夫(風間)が八坂神社前から東京に電話を掛ける電話ボックスは、形状は変わっているが2025年も存在している。他のロケ地は東京ホテルニューオータニなど。エンディングの『ワルキューレの騎行』が流れる中、白梅(セット)でガスで心中を図り「関西のガスは薄いなあ」等の台詞を含めたシークエンスは面白い。オーラスは渋谷。
作品の評価
興行成績
5週間の上映で配収1億9,900万円と[7]、期待に反する結果[7]。それでも松竹の年間配収ベストテン5位[7]。
作品評
- 広山詞葉は映画公開前年に出版された『シナリオ 青春 かけおち篇』(角川文庫)について「圧倒的に“テンポ”ですね。読んでいて、声に出さなくてもリズムがある。会話のスピード感、テンポの心地よさは、まさにつかさんならでは。シナリオの段階からそれが感じられるのがすごい」などと評している[12]。
- 北川れい子は「台詞が先行するつかこうへいの原作脚色に引きづられたということか、テレビの即席お笑い番組のようでドタバタと騒々しい」などと評している[13]。
- 『シティロード』は「そのまま芝居的に展開するが、もっと映画的に見せて欲しかった」などと評している[9]。
- 『映画年鑑 1988年版』には「題名がプログラムピクチャー的な印象を拭えずマイナスとなった。つかこうへいの原作だけに題名変更は難しかったのだろうが、『題名は映画の顔』と言われるのだから、検討すべき問題である」などと書かれている[7]。