青木信光 (子爵)
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松岡藩知事(旧水戸藩付家老)中山信徴の四男として生まれ、旧麻田藩主・子爵青木重義の養子となる。夫人は川口武定の次女・楠枝。子は、青木信武(長男)、青木蔚(四男)、加納六郎(六男)など。土壌動物学者の青木淳一は蔚の長男である。貴族院議員を50年にわたって務め、最大会派研究会の指導者として活躍した。
明治17年(1884年)、養父の死去により家督を相続、その後学習院・東京法学院で学んだ。明治30年(1897年)7月10日に貴族院の子爵議員に選出され[1]、以後昭和21年(1946年)3月25日に隠居により辞職[2]するまでの長きにわたってその地位を保った。また、東武鉄道や仁壽生命など多くの企業の役員としても活躍した。墓所は池田市仏日寺。
