酢酸を含み酸味のある調味料 From Wikipedia, the free encyclopedia

(す、ともとも書く、: vinegar[1])は、酢酸を3 - 5%程度含み酸味のある調味料[2]食塩と並んで古くから用いられてきた基礎的な調味料である[3]

ハーブの入った酢。
バルサミコ酢とワインビネガー。

概要

酢酸発酵したものであり、酒とほぼ同時期に出現したとされる[3]。フランス語で酢を意味する vinaigrevin aigre (酸っぱいワイン)に由来し、お酒が酸っぱく変化したものを意味する[4]。日本でも奈良時代から平安時代にかけて辛酒あるいは苦酒(からさけ)として文献に登場する[3]

穀物や果実を原料にした醸造酒を、酢酸菌(アセトバクター属)で酢酸発酵して得る。酢酸以外に、乳酸コハク酸リンゴ酸クエン酸などの有機酸類やアミノ酸エステル類、アルコール類、類などを含むことがある。

乳酸酸解離定数(pKa)は 3.8、酢酸の酸解離定数(pKa)は 4.8[5]。酢酸は細胞膜脂質二重層を濃度に依存して通過し、細胞内で水素イオンを放出してpHを低下することで活性を下げて抗菌作用を生じる[5]

日本では1979年6月8日に「食酢の日本農林規格」[6] が公示され[注 1]日本農林規格(JAS)での呼称は食酢(しょくす)となった[7]:7

歴史

食酢は「人類が作り出した最も古い調味料」とされる[4]紀元前5000年頃のバビロニアに記録があり、ナツメヤシや干しブドウを原料とする食酢が醸造されていた[4]

西洋料理と酢

紀元前3000年頃にはバビロニアで酢を造りピクルスを漬けた記録が残される[8]:148古代ローマで水に酢を加えた清涼飲料水「ポスカ」が飲まれていた[8]:148

かつての家庭はワインが自然に変化するのを待ち酢を得たが、14世紀に連続方式であるオルレアン製法が開発された[8]:149。近世には17世紀のフランスで床の上にブドウの蔓を敷いてワインをかける手法[9]、18世紀のオランダでヘルマン・ブールハーヴェにより滴下方式が考案された[8]:149-150。19世紀にルイ・パスツールがオルレアン製法の必要条件を整理し、特許を出願しかけたが断念[8]:152-153。これらは現代の工業生産方式に応用された[8]:154

西洋料理において酢は、保存性を高めるための調味料としてだけでなく、料理の風味を引き締める役割も担ってきた。中世ヨーロッパでは肉や魚の保存や臭み消しのために酢が広く用いられ、香辛料とともに酸味を活かした料理が発達した。また酢はソースやドレッシングの重要な要素でもあり、フランス料理ではヴィネグレットソースやベアルネーズソースなどに用いられる。近代以降、各地で多様な酢が生産されるようになり、フランスのワインビネガー、イタリアのバルサミコ酢、イギリスのモルトビネガーなど、地域ごとに特徴的な酢とそれを用いた料理が発展した。これらはサラダ、マリネ、揚げ物の調味など幅広い用途で用いられている。[10]

日本料理と酢

日本で食酢の醸造が始まったのは4~5世紀頃で、中国から酒の醸造技術とともに米酢の醸造技術が伝来した[4]律令制は、造酒司が酒・とともに酢を造り、酢漬けや酢の物の調理に用いた。

酢は寿司の歴史とも大きく関係している[7]。寿司の原点は一年以上かけて乳酸発酵させる熟れ鮓(なれずし)だったが、江戸時代になって米酢を加えて発酵を早めた早鮨が登場した[7]。しかし、米やを原料とする米酢は大変高価であった。また江戸時代中期においては調味料番付にも酢が登場してないくらい普及していなかった。そこで酢醸造会社ミツカンの初代中野又左衛門酒粕を原料とする酒粕酢(粕酢)を造るようになって普及した[7][11]

中国

酢に関する記述は、周代の書物『周礼』、『礼記』などに食酢を意味する醯、苦酒、醋などが見られ、周代以前にはすでに存在していたと見られる[12]

中国での伝統的な製造方法は、固体酢酸発酵と液体食酢発酵の二種類に大別される[13]

糖が含まれている食材であれば酢が作られることから、中国では伝統的な酢が多数存在する[14]

製法

西欧

西欧における酢の製造法で最も古い方法はオルレアン製法で、希釈したワインを空間を残して樽に詰め、酢酸菌膜を加えて緩やかに発酵させる。定期的に出来た酢を抜き、新しくワインを継ぎ足す。現代的な製造法に比べ空気に触れる部分が少ないため時間が掛かるが、芳醇な香りの酢ができる。他の製造方法として、18世紀に発明された滴下方式と、より現代的な液中培養方式がある。滴下方式は多孔質の素材に酢酸菌を付着させ、そこにワインを繰り返し注ぎ効率よく酢酸菌を働かせる方法である。液中培養方式はタンク内で曝気した醸造酒に菌を入れて発酵を促す方法で、24 - 48時間でエタノールを酢酸に変えている。いずれの方法でも、製造後は低温加熱処理で残った細菌を殺菌する。高級な酢はその後に熟成期間をかけ、風味やまろやかさを醸す[15]

現代

穀物や果実を出芽酵母 S.cerevisiae によりアルコール発酵させ原料を生産し、醪に酢酸菌を添加し食酢が生産される[16]。表面発酵では酸度が 4〜6% 程度になり、通気撹拌させる「深部通気発酵」では酸度が5〜20% の食酢となる[5]

食酢の分類と名称

鎮江香醋という黒酢。色も風味も濃い。

* および **JAS食酢品質表示基準[17][18][19] に準拠し、表示は ** の名称を用いる。詳細は同基準を参照のこと。

  • 醸造酢*(広義)
    • 穀物酢*(広義) - 穀物の使用量が40g/l以上のもの(酢、麦芽酢など)。
      • 米酢(よねず)** - 穀物酢のうち、米の使用量が40g/l以上のもの。
      • 米黒酢** - 穀物酢のうち、米(糠を完全に取っていないもの)使用量が180g/l以上のものであり、褐色または黒褐色をしたもの。小麦、大麦を含んでもよい。黒酢
        • 黒酢香醋(こうず)とも) - もち米を醸造し、モミ殻を加えて発酵させた、中国産のものを指すことが多い。現在では健康食品として流通している側面がつよい。
      • 大麦黒酢** - 穀物酢のうち、大麦のみを使用し、その使用量が180g/l以上のもの。色は褐色または黒褐色。麦芽酢。モルトビネガー。
      • 穀物酢**(狭義) - 米酢、米黒酢、大麦黒酢のいずれでもない穀物酢。
        • 粕酢 - 酒粕を原料とした酢。その色から赤酢とも呼ばれる。かつては握り寿司の酢飯の材料として一般的だったが、戦後の物資不足と黄変米事件が原因であまり一般には流通しなくなった。米を直截の原料としていないため、表示名称は穀物酢となる。
        • ハトムギ酢 - 健康食品として流通。
        • きび酢 - サトウキビを原料とした酢。鹿児島県奄美地方で作られる。カリウムが極めて少なく、ミネラルを豊富に含む。また、他の酢に含まれないビタミンCを含む。
    • 果実酢*(広義) - 果実の搾汁の使用量が300g/l以上のもの。
      • リンゴ酢** - 果実酢のうち、リンゴの搾汁の使用量が300g/l以上のもの。シードルビネガー cidre vinegar
      • ぶどう酢** - 果実酢のうち、ぶどうの搾汁の使用量が300g/l以上のもの。ワインビネガー
        • バルサミコ酢 - イタリア産の高級ぶどう酢。伝統的手法で造られる。
      • 果実酢**(狭義) - りんご酢、ぶどう酢のいずれでもない果実酢。
        • 柿酢 - 本来は、熟した柿の実をつぶし、放置して自然発酵させたもの。
        • 梅酢 - 古代中国ではから梅酢を作り料理や傷の消毒など治療、鍍金など広い用途で利用していた。現在日本で食される梅干は元来その副産物である。ほかにもで代用した。
    • 醸造酢**(狭義) - 穀物酢、果実酢のいずれでもない醸造酢。
  • 合成酢** - 氷酢酸または酢酸を水で薄め、砂糖類、酸味料、うま味調味料等で味を調えたもの。日本では沖縄県のみで酸度の高いものが常用される。また醸造酢等と混合した物は全国で使われている。
  • 蒸留酢 - 麦芽酢などを蒸留し、揮発性物質よりつくったもの[20]
    • 濃縮酢 - 食酢の水分を凍結させ、遠心分離してつくったもの[20]

調理

調理特性

以下のような調理特性がある[3]

  • 呈味作用[3]
    • 酸味を与えるとともに、塩味や脂っこさを抑える[3]
  • 制菌・殺菌作用[3]
    • 制菌・殺菌作用の応用例として酢漬けや手酢などがある[3]
    • ピクルス液とすることで、食物の長期保存を可能としている[21]
  • pH低下作用[3]
    • pH低下作用として、具体的には色をきれいに仕上げる[3]、褐変を防ぐ(レンコンゴボウウドサトイモなどの下処理)[3]ビタミンCの分解を防ぐ[3]たんぱく質を変性させる[3]、肉を柔らかくする[3]といった作用がある。
    • 鶏肉などを茹でるときに煮汁に酢を加えると、肉が柔らかく骨から分離し易くなる。これは、酢の酸が骨と筋肉をつなぐ結合組織コラーゲンエラスチンから成る)に作用し、加熱によって変性したコラーゲンを溶出させるためである[22]。また、酢によって酸性になることによって、水分の保持量が上がり、筋肉に内在する酸性プロテアーゼが活性化することによって肉は柔らかくなる[23]
  • 中和作用[3]
    • 食酢にはアンモニアトリチルアミンなどアルカリ性で生臭さの原因となる物質を中和する作用がある[3]
  • 溶解作用[3]
    • 食酢にはカルシウム塩を溶解する作用がある[3]。骨付きの肉や魚、貝殻付きの貝などを酢とともに調理することによって、骨や貝殻のカルシウムを溶出させることができ、カルシウムの摂取に役立つ[22]

合わせ酢

酢を基本として他の調味料などと合わせて調味したものを、合わせ酢、加減酢、調合酢[2]などと称する。

  • すし酢 - 砂糖、塩、みりんなどで調味した酢で、酢飯に用いる。
  • 甘酢 - 砂糖などを加えた酢。
  • 二杯酢 - 酢に醤油や塩で調味した合わせ酢。
  • 三杯酢 - 酢と醤油と味醂を同量ずつ合わせた合わせ酢。
  • 土佐酢 - 鰹節昆布の出汁と醤油・味醂を合わせて煮立たせた後に冷ました合わせ酢。
  • 吉野酢 - 三杯酢や土佐酢などの合わせ酢に葛粉でとろみをつけた酢。
  • 白酢 - 酢に裏漉しした豆腐や白胡麻を擂ったものを加えた酢。
  • 酢味噌 - 甘酢に味噌、からしなどをあわせたもの。
  • 黄身酢 - 合わせ酢に卵黄を加えたもの。
  • 青酢 - 合わせ酢に裏漉しホウレンソウなどを混ぜたもの[2]
  • からし酢 - からしを効かせた合わせ酢[2]
  • からすみ酢 - カラスミ大根おろしと酢を和えた料理。合わせ酢にも用いる[2]
  • ケシ酢 - 合わせ酢にケシの実を加えたもの[2]
  • 胡麻酢 - 合わせ酢にゴマの実を加えたもの[2]
  • ショウガ酢 - 合わせ酢にショウガを加えたもの[2]
  • 蓼酢 - タデをすって加えた合わせ酢[2]
  • 煮返し酢 - を入れた酢を煮立てたもの[2]
  • 醤酢(ひしおす) - と酢をあわせたもの[2]
  • タバスコ - 唐辛子の品種であるタバスコペッパー岩塩を加えた合わせ酢。

食酢を用いた料理

健康

食事とともに食酢を摂取すると血糖値の上昇を抑制する効果が[24]、食酢を摂取すると血圧の上昇を抑制する効果がそれぞれ確認され、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン[25] の関与が報告された。

また、食酢の摂取は脂肪の燃焼を促進し肥満の予防に効果があるともいわれている[7]

メタボリック症候群の改善や美容などを目的とした飲む酢(ドリンクビネガー)もある[7]。ただし食酢はpH3.1程度であり、原液を毎日飲用することは歯を溶かす酸蝕症の原因となる[26]。歯のエナメル質に影響を与えにくいpH5.5以上にするためには25倍以上の水による希釈か塩基性物質の添加が必要である。

酢の欠点は、漬物を作るために使用されると、健康な善玉菌の増殖を妨げることである[27]

調味料以外の用途

中国、中東、ギリシャでは、消化を助け、傷の殺菌、咳の治療に用いられた。その他、研究によっては健康上の利点となる効果も示唆されている[21]ハブクラゲなどの刺胞の働きを弱める効果があるが、それ以外の多くのクラゲでは逆効果となる場合がある[28][29][30]
それ以外にも、除草剤として用いられた[31]
掃除
掃除に用いることで、家庭内の病原菌を殺菌することができる[21][32]

雑記

有機化学

1847年にドイツ人化学者ヘルマン・コルベが最初に無機物から酢酸を合成すると、酢酸に関係するとされた有機化合物は関連名称が付された。ラテン語で酢を意味するacetoは、酢酸の英語名であるacetic acid、アセトアルデヒド(acetaldehyde)、アセトン(acetone)などの名称の語源となっている。

農耕

日本では種子消毒用の特定防除資材の特定農薬として登録される。

迷信

サーカス団は地方巡業の際に食料を一度に大量購入するが、その中に疲労回復のための飲料としての酢も含まれることがある。それを見た部外者が誤解して、「あんなに大量の酢を飲むから、サーカス団員は身体が柔らかい」との噂が広まった。古来から南蛮漬けなどにした魚の骨が酢の作用によって柔らかくなる[33]、前述のように肉を酢に漬け込むと柔らかくなることもこの説が長く信じられる一因となった。柔軟性は靱帯の可動域を拡張すると高まり、酢の飲用に左右されない。酢の過剰摂取で骨が脆くなるという論は、酸の緩衝作用骨細胞カルシウムは流出が抑制され、成立しない。

博物館施設

  • MIZKAN MUSEUM (愛知県半田市) - 日本で唯一の酢の総合博物館

脚注

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI