007 死ぬのは奴らだ (曲)
1973年のポール・マッカートニー&ウィングスのシングル
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「007 死ぬのは奴らだ」(Live and Let Die)は、1973年にウイングス[注釈 2]が発表した楽曲、および同曲を収録したシングルである。1973年に公開された同名の映画の主題歌として制作された、シリーズ主題歌史上初のロック・ナンバーとなっている[2]。
| 「007 死ぬのは奴らだ」 | ||||||||||
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| ウイングス の シングル | ||||||||||
| 初出アルバム『007/死ぬのは奴らだ (サウンドトラック)』 | ||||||||||
| B面 | アイ・ライ・アラウンド | |||||||||
| リリース | ||||||||||
| 規格 | 7インチシングル | |||||||||
| 録音 |
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| ジャンル | シンフォニック・ロック[1] | |||||||||
| 時間 | ||||||||||
| レーベル | アップル・レコード | |||||||||
| 作詞・作曲 | [注釈 1] | |||||||||
| プロデュース | ジョージ・マーティン | |||||||||
| ゴールドディスク | ||||||||||
| 後述を参照 | ||||||||||
| チャート最高順位 | ||||||||||
| 後述を参照 | ||||||||||
| ウイングス シングル 年表 | ||||||||||
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解説
1972年、映画『007 死ぬのは奴らだ』のサウンドトラックの制作は、マッカートニーのビートルズ時代のプロデューサー、ジョージ・マーティンが担当していた。マッカートニーはマーティンを通して映画のプロデューサーであるハリー・サルツマンとアルバート・R・ブロッコリーからの主題歌作曲の依頼を受けた。トム・マンキーウィッツによる脚本がまだ未完成だったので、マッカートニーは、イアン・フレミングの原作のコピーを送るように依頼し、読んでから作曲に取り掛かった[3]。作曲に際してマッカートニーは、「ソングライターとしての野望のひとつは、ジェームズ・ボンドのテーマソングを作ることだった。簡単にできるものじゃないとわかっていたけれど、僕の目には魅力的な仕事だと感じられたんだ」と語っている [4]。
マッカートニーはオープニングクレジットでの演奏はもちろん、劇中での演奏も期待して制作に取り組んでいたが、サルツマンはこれまで同様にシャーリー・バッシーやテルマ・ヒューストンなどの黒人女性歌手に歌唱させたいと考えており、最終的にはB.J.アルナウに決めていた[1]。完成した曲をサルツマン聴かせた際、このことを知り驚いたマーティンは、「もうポール・マッカートニーが録音を済ませてるじゃないか!ポールは彼のグループのウイングスがオープニングクレジットで曲を演奏できる場合にのみ、映画で曲の使用を許可するだろう」と説得した[4]。結局、サルツマンはウイングスにタイトル・バージョンを歌わせ、劇中のナイトクラブ「フィレット・オブ・ソウル」ではアルナウにソウル・バージョン[注釈 3]を歌わせることで妥協した。マーティンの自伝によれば、事態が悪くなることを心配したが、映画音楽の件が解決できて安堵したという。
ウイングスは、『レッド・ローズ・スピードウェイ』のセッション期間中であった[1]10月19日、マーティンのプロデュースのもと、AIRスタジオでレコーディングを行なった[6]。セッションにはレイ・クーパー[7]や40人編成のオーケストラも参加した[6]。
1973年4月16日にイギリスで、5月10日にはアメリカでテレビ放送された特別番組『ジェームズ・ポール・マッカートニー』で本作は初披露された。番組内では映画のシーンの一部と、スタジオでウイングスが演奏する姿が放送された[8]。
映画の公開に先立ち、ウイングスの5枚目のシングルとしてイギリスで6月1日、アメリカでは6月18日に発売された[6][注釈 4]。アメリカの3大のチャートのうち、ビルボード誌のHot 100では前作「マイ・ラヴ」の初登場第73位を上回る第69位でチャートインし、連続全米第1位も期待されたが、モーリン・マクガヴァン[注釈 5]、ダイアナ・ロス[注釈 6]、ストーリーズ[注釈 7]に阻まれる形で、1973年8月11日から3週連続第2位が最高位[9]、年間ランキングでは第56位だった。しかしキャッシュボックス誌では、8月18日付けで第1位を獲得し、年間ランキングも第33位を記録、レコード・ワールド誌でも8月25日付けで第1位を獲得した[10]。また100万枚以上の売り上げにより、アメリカレコード協会からゴールド認定を受けた[11]。イギリスの全英シングルチャートでは最高位9位を記録した[12]。なお、007映画シリーズの歴代主題歌としてイギリス・アメリカ両国でチャートトップ10入りは初めてだった。またビルボード誌での全米第2位は、それまでのシャーリー・バッシーの「ゴールドフィンガー」(1964年)が記録した第8位を9年ぶりに上回り、デュラン・デュランが「 007 美しき獲物たち」(1985年)で第1位を獲得するまで、カーリー・サイモンの「 007 私を愛したスパイ」(1977年)とともに最高位であった。ビルボード誌は、当時の「最高位の007映画のテーマ」とし、「甘美なメロディー、オーケストラによる突発的な喧騒、レゲエの一片、『1812年』のようなより大げさな演奏」の組み合わせを引き合いに、「マッカートニーの最も満足のいくシングルの1つ」と評し[13]、『キャッシュボックス』誌も「あらゆる点で素晴らしい曲」と評している[14]。
映画はイギリスで6月27日、アメリカでは7月5日に公開された。ウイングスのバージョンは映画のオープニングクレジットで使用され[15]、B.J.アルナウによる別バージョンもナイトクラブのシーンで使用された[5]。
7月2日に発売されたサウンドトラック盤でも本作はオープニング・トラックとして収録された[16]。また、 アルナウのバージョンは、マーティンが作曲したインストゥルメンタル「ニューオリンズの罠(Fillet of Soul – New Orleans)」と「ハーレムの危機(Fillet of Soul – Harlem)」とのメドレーで収録された[注釈 8]。
1974年の第16回グラミー賞で最優秀ヴォーカル入りインストゥルメンタル編曲賞と最優秀ポップ・パフォーマンス賞(デュオまたはグループ)にノミネートされ、編曲賞をマーティンが受賞した[18][注釈 9]。また第46回アカデミー賞では007映画シリーズの歴代主題歌として初めて歌曲賞にノミネートされたが、受賞は逃した[19][注釈 10]。
本作は非常に人気があり、1973年のイギリスツアー[20]を皮切りに、ウイングスのコンサート・ツアーやソロになった現在でもライブで取り上げられる定番曲となっている。[21]。演奏時には打ち上げ花火を仕掛けるなど、観客を特に盛り上げる演出がなされている。マッカートニーはこの演出について「ジェームズ・ボンドといったら轟音と銃声だから」と語っている[22]。ライブ音源は『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』(1976年)、『ポール・マッカートニー・ライブ!!』(1990年)、『ポール・イズ・ライブ』(1993年)、『バック・イン・ザ・U.S. -ライブ2002』(2002年)、『バック・イン・ザ・ワールド』(2003年)、『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ〜ベスト・ヒッツ・ライヴ』(2009年)などのライブ・アルバムに収録された[23]。
その一方で、オリジナル・アルバムには収録されず、『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』(1978年)、『オール・ザ・ベスト』(1987年アメリカ編集盤)、『夢の翼〜ヒッツ&ヒストリー〜』(2001年)[23]、『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』(2016年)[24]などのコンピレーション・アルバムに収録された。2018年12月7日に発売された『レッド・ローズ・スピードウェイ』アーカイブ・コレクションのデラックス・エディションには、ボーナス・トラックとしてリマスター音源とテイク10が収録された[25]。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の発生直後、全米で最多のラジオ局を所有するクリアチャンネル社が作成した「放送自粛曲リスト」に本作も含まれていた[26]。
2007年に公開されたアニメ映画『シュレック3』で本作が使用され、同作のサウンドトラック・アルバムにも収録された[27]。また、2022年に公開されたジェームズ・ボンド 007シリーズが60周年を迎えたことを記念したモンタージュに本作が使用された[28][29]。
2023年6月、シングル発売50周年を記念して、マーティンの息子であるジャイルズ・マーティンとスティーヴ・オーチャードがリミックスを手掛けたドルビーアトモス音源がApple Musicで配信された[30]。
シングル収録曲
| # | タイトル | 作詞・作曲 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 1. | 「007 死ぬのは奴らだ」(Live and Let Die) |
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| 2. | 「アイ・ライ・アラウンド」(I Lie Around) |
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合計時間: | |||
演奏者
ウイングス
- ポール・マッカートニー - リード・ボーカル、ベースギター、エレクトリック・ギター、ピアノ、パーカッション (#1)、バッキング・ボーカル (#2)、アコースティック・ギター (#2)
- リンダ・マッカートニー - キーボード、バッキング・ボーカル
- デニー・レイン - バッキング・ボーカル、エレクトリック・ギター、ベースギター (#1)、リード・ボーカル、アコースティック・ギター (#2)
- ヘンリー・マカロック - リードギター、バッキング・ボーカル (#2)
- デニー・シーウェル - ドラムス、パーカッション (#1)、バッキング・ボーカル (#2)
ゲスト
- レイ・クーパー - パーカッション (#1)
- ジョージ・マーティン - オーケストラアレンジ、指揮[31] (#1)
- 演奏者不明(40人) - オーケストラ[6] (#1)
- ヒュー・マクラッケン - エレクトリック・ギター (#2)
※出典[32](特記を除く)
チャート成績
週間チャート
| チャート (1973年) | 最高位 |
|---|---|
| オーストラリア (Go-Set Top 40)[33] | 3 |
| ベルギー (Ultratop 50 Wallonia)[34] | 32 |
| Canada Top Singles (RPM)[35] | 2 |
| 日本 (オリコン)[36] | 25 |
| オランダ (Dutch Top 40)[37] | 27 |
| オランダ (Single Top 100)[38] | 32 |
| ニュージーランド (Listener)[39] | 20 |
| ノルウェー (VG-lista)[40] | 2 |
| UK シングルス (OCC)[12] | 9 |
| US Bjllboard Hot 100[9] | 2 |
| US Easy Listening (Bjllboard)[41] | 8 |
| US Cash Box Top 100[10] | 1 |
| US Record World Singles Chart[10] | 1 |
| 西ドイツ (Official German Charts)[42] | 31 |
認定
カバー・バージョン
ガンズ・アンド・ローゼズによるカバー
| 「リヴ・アンド・レット・ダイ」 | ||||||||||||||||
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| ガンズ・アンド・ローゼズ の シングル | ||||||||||||||||
| 初出アルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン I』 | ||||||||||||||||
| B面 | シャドウ・オブ・ユア・ラヴ | |||||||||||||||
| リリース | ||||||||||||||||
| 規格 | ||||||||||||||||
| ジャンル | ハードロック[48] | |||||||||||||||
| 時間 | ||||||||||||||||
| レーベル | ゲフィン・レコード | |||||||||||||||
| 作詞・作曲 |
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| プロデュース |
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| ゴールドディスク | ||||||||||||||||
| 後述を参照 | ||||||||||||||||
| チャート最高順位 | ||||||||||||||||
| 後述を参照 | ||||||||||||||||
| ガンズ・アンド・ローゼズ シングル 年表 | ||||||||||||||||
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1991年、アメリカのロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズがアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョン I』に収録[15]。邦題は「リヴ・アンド・レット・ダイ」となっている[49]。レコーディングにはマシュー・マッケイガン、レイチェル・ウェスト、ロバート・クラーク、ジョン・トラウトワインの4名がホーン・セクションとして参加しており、ブラインド・メロンのシャノン・フーンがバックキング・ボーカルで参加した[50]。
1991年12月1日にゲフィン・レコードからシングル盤として発売され、カップリング曲として同年8月31日のウェンブリー・スタジアム公演から「リヴ・アンド・レット・ダイ」と「シャドウ・オブ・ユア・ラヴ」のライブ音源が収録された[47]。『ビルボード』誌のAlbum Rock Tracksで最高位20位[51]、Hot 100で最高位33位[52]を記録したほか、イギリス、アイルランド、ノルウェー、ポルトガルなどのシングルチャートでトップ5入り[53][54][55]、フィンランドとニュージーランドのシングルチャートでは首位を獲得した[56][57]。1993年の第35回グラミー賞で最優秀ハードロック・パフォーマンス賞にノミネートされた[58]。
1997年に公開されたアメリカのダークコメディ映画『ポイント・ブランク』で使用され[59]、サウンドトラック・アルバムにも収録された[60]。
2020年5月、新型コロナウイルス感染症の世界的流行の最中、アメリカのドナルド・トランプ大統領がアリゾナ州フェニックスにある医療用マスク工場をマスクを着けずに訪問した。その際、このカバーが工場内に大音量で流れた。ガンズ・アンド・ローゼズはこの工場訪問に対する明らかな批判として「Live N’Let Die With COVID 45」と書かれたTシャツを制作、ウェブサイト上で販売した。売上金は全額、ザ・レコーディング・アカデミーが設立した基金、ミュージケアーズに寄付された[61]。
シングル収録曲
| # | タイトル | 作詞・作曲 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 1. | 「リヴ・アンド・レット・ダイ (LPヴァージョン)」(Live and Let Die) |
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| 2. | 「リヴ・アンド・レット・ダイ(ライヴ・ヴァージョン)」(Live and Let Die (Live)) |
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| 3. | 「シャドウ・オブ・ユア・ラヴ(ライヴ)」(Shadow of Your Love(Live)) |
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合計時間: | |||
チャート成績(ガンス・アンド・ローゼス版)
| チャート (1991年 - 1992年) | 最高位 |
|---|---|
| オーストラリア (ARIA)[62] | 10 |
| オーストリア (Ö3 Austria Top 40)[63] | 27 |
| ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[47] | 20 |
| ヨーロッパ (Eurochart Hot 100)[64] | 7 |
| フィンランド (Suomen virallinen lista)[56] | 1 |
| フランス (SNEP)[65] | 39 |
| ドイツ (GfK Entertainment charts)[66] | 33 |
| ギリシャ (IFPI)[67] | 10 |
| アイルランド (IRMA)[68] | 5 |
| オランダ (Dutch Top 40)[69] | 12 |
| オランダ (Single Top 100)[70] | 13 |
| ニュージーランド (Recorded Music NZ)[57] | 1 |
| ノルウェー (VG-lista)[54] | 3 |
| ポルトガル (AEP)[55] | 3 |
| スペイン (AFYVE)[71] | 14 |
| スウェーデン (Sverigetopplistan)[72] | 15 |
| スイス (Schweizer Hitparade)[73] | 19 |
| UK シングルス (OCC)[53] | 5 |
| US Billboard Hot 100[52] | 33 |
| US Album Rock Tracks (Billboard)[51] | 20 |
| チャート (1992年) | 順位 |
|---|---|
| ニュージーランド (Recorded Music NZ)[74] | 27 |
認定(ガンス・アンド・ローゼス版)
その他のアーティストによるカバー
- クリッシー・ハインド - ジェームズ・ボンド映画テーマのカバー・アルバム『シェイクン・アンド・スティアード:デイヴィッド・アーノルド・ジェームズ・ボンド・プロジェクト』(1997年)に収録。
- ジェリ・ハリウェル - イギリス盤シングル「リフト・ミー・アップ」(1999年)のCD2にカップリング曲として収録[77]。
- ブッチ・ウォーカー - アルバム『ライズ・アンド・フォール』(2006年)に日本盤ボーナス・トラックとして収録[78]。