1953年の近鉄パールス

From Wikipedia, the free encyclopedia

球場 藤井寺球場(デーゲーム)
大阪球場(ナイター)
オーナー 佐伯勇
経営母体 近畿日本鉄道
1953年の近鉄パールス
成績
パシフィック・リーグ7位
48勝69敗3分 勝率.410[1]
本拠地
都市 大阪府大阪市
球場 藤井寺球場(デーゲーム)
大阪球場(ナイター)
球団組織
オーナー 佐伯勇
経営母体 近畿日本鉄道
監督 芥田武夫
« 1952
1954 »

テンプレートを表示

1953年の近鉄パールスでは、1953年シーズンについての近鉄パールスの動向をまとめる。

この年の近鉄パールスは、芥田武夫監督の1年目のシーズンである。

当年及び近年のシーズン成績
成績 リーグ 平均得点 平均失点 開幕時監督
1953 レギュラー敗退7位48693.410芥田武夫
1952 レギュラー敗退7位30780.278藤田省三
1951 レギュラー敗退7位37565.398藤田省三
1950 レギュラー敗退7位44724.379藤田省三

1950年から3年間指揮をとった藤田省三前監督に代わって朝日放送の野球解説者だった芥田武夫がこの年から新監督に就任。芥田新監督はプロでの実績がなく、手腕を疑問視する声も上がった。しかし、過去3年間で失敗してきた開幕ダッシュに成功すると、8月までは首位の大映と7ゲーム差の4位でAクラス戦線に踏みとどまった。9月以降は大きく負け越して東急に抜かれて4年連続の最下位に転落するが鈴木武関根潤三などの若手選手が活躍したのに加えて借金が前年より半減したことが翌年のAクラス入り(パ・リーグはこの年まで7球団で、翌年から高橋ユニオンズが新規加盟したことにより偶数球団となった)につながった。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 日下隆
2 鈴木武
3 五井孝蔵
4 甲斐友治
5 杉山光平
6 鬼頭政一
7 小田野柏
8 東口清美
9 関根潤三
1953年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 毎日-- 南海-- 南海-- 大映-- 大映-- 南海--
2位 近鉄1.0 大映0.5 大映 南海0.5 阪急0.5 阪急4.0
3位 南海2.0 近鉄1.5 近鉄1.0 阪急2.0 南海4.0 大映6.5
4位 西鉄4.0 毎日3.0 毎日1.5 近鉄5.0 近鉄7.0 西鉄13.5
5位 阪急4.0 阪急5.0 阪急4.0 毎日7.5 毎日8.0 毎日14.5
6位 大映4.5 西鉄7.0 西鉄6.5 西鉄11.5 西鉄12.5 東急20.0
7位 東急5.5 東急7.5 東急8.0 東急12.0 東急13.5 近鉄22.0
1953年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝率
優勝南海ホークス71481.597--
2位阪急ブレーブス67521.5634.0
3位大映スターズ63534.5436.5
4位西鉄ライオンズ57612.48313.5
5位毎日オリオンズ56622.47514.5
6位東急フライヤーズ50673.42720.0
7位近鉄パールス48693.41022.0

[1]

オールスターゲーム1953

ファン投票 関根潤三
監督推薦 沢藤光郎

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

脚注

Related Articles

Wikiwand AI