AEC装甲車
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|
AEC装甲車 Mk.III | |
| 性能諸元 | |
|---|---|
| 全長 | 5.18 m[1] |
| 車体長 | 5.18 m |
| 全幅 | 2.74 m[1] |
| 全高 | 2.55 m[1] |
| 重量 |
11.4t(Mk.I)[1] 12.7 t(Mk.II) |
| 懸架方式 | 装輪式四輪駆動 |
| 速度 | 58-65 km/h |
| 行動距離 | 400 km |
| 主砲 |
オードナンス QF 2ポンド砲 オードナンス QF 6ポンド砲 オードナンス QF 75mm砲 |
| 副武装 |
ベサ機関銃 ブレン軽機関銃 |
| 装甲 | 65-16 mm |
| エンジン |
AEC 195ディーゼルエンジン 105 hp |
| 乗員 | 3 名[1] |
AEC装甲車(AECそうこうしゃ)は、第二次世界大戦中にイギリスのAEC社(Associated Equipment Company )が開発した、一連の重装輪装甲車である。
ミドルセックス州サウスオールにあったトラックとバスの車体を生産するAEC社は、同社が開発したAECマタドールの車体を使用した装輪装甲車の開発を計画した。これは私的な試みであり、1941年に試作車がロンドンの近衛兵のパレードで展示され、ウィンストン・チャーチルに好意的な感触を持たせた。その後、629輌が1942年から1943年にかけて生産された[1]。
AEC社は、同時代の戦車に匹敵する火力と防御力を持った装甲車の開発を試みた。最初の装甲車はバレンタイン歩兵戦車の砲塔と2ポンド砲を搭載した[1]。以降の派生では6ポンド砲またはQF 75mm砲を搭載し、火力の増強を行った。これらの車輛は2挺の機関銃と、煙幕弾投射器、No.19無線装置を搭載した。
Mk.Iは、1942年後半の北アフリカ戦線で最初に実戦投入された。いくつかの車輛はクルセーダー巡航戦車の砲塔と6ポンド砲を装備していると記録されている。Mk.IIとMk.IIIはイギリス陸軍と英印軍の部隊に配備され、スタッグハウンド装甲車とともに、ヨーロッパ作戦戦域で戦った。1944年にはユーゴスラビアのパルチザン勢力にも供与された[2]。
本車は終戦後もアルヴィス製FV601 サラディンに代替されるまで軍務に就いた。レバノンでは1950年代にスタッグハウンド装甲車の車体にAEC装甲車 Mk.IIIの砲塔を搭載した改造車両が製作され、1970年代頃まで運用された[3][4]。
型式
派生型
- AEC AA - クルセーダー対空戦車Mk.II/Mk.IIIとほぼ同等の回転砲塔に、エリコン 20mm機関砲を2連装で搭載。北ヨーロッパでの連合軍の航空優勢のために量産されなかった。
登場作品
- 『War Thunder』
- イギリスの対空戦車としてAEC Mk.2 AAがまたイベント車両及び装甲車(軽戦車)としてAEC Mk.2が登場。
