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六本木

東京都港区の町名 From Wikipedia, the free encyclopedia

六本木(ろっぽんぎ)は、東京都港区の町名。現行行政区画は六本木一丁目から六本木七丁目。住居表示実施済区域。

概要 六本木, 国 ...
六本木
町丁
東京タワーより六本木地区を望む
北緯35度39分46秒 東経139度43分53秒
座標位置:六本木駅付近[1]
国 日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 港区
地区 麻布地区
人口情報(2025年(令和7年)4月1日現在[2])
 人口 12,692 人
 世帯数 7,794 世帯
面積([3])
  1.15 km²
人口密度 11036.52 人/km²
郵便番号 106-0032[4]
市外局番 03(東京MA)[5]
ナンバープレート 品川
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 東京都
プロジェクト 日本の町・字
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六本木ヒルズをはじめとした繁華街である。また、赤坂・虎ノ門の付近はオフィスビルが建つビジネス街にもなっている。

概要

港区北部に位置し、旧麻布区にあたるエリアである。区役所の麻布地区総合支所の管轄であり[6]、「麻布」を冠さないが麻布エリアに含まれる。北で赤坂、北西で南青山、北東で虎ノ門、東で麻布台・麻布永坂町、南東で麻布十番、南で元麻布、西で西麻布と接する。なお、東麻布とはわずかに接していない。旧:麻布区に属し、六本木一丁目、六本木二丁目、六本木四丁目、六本木五丁目の高台地域は番町、市谷船河原町、市谷砂土原町、そして赤坂の高台地区と並び特に六本木四丁目のフランシスカン・チャペルセンター周辺と六本木五丁目の鳥居坂周辺は1990年代前半頃までは独特の佇まいを残していた。

現在は、六本木通りと外苑東通りが交わる六本木交差点を中心に繁華街・歓楽街というイメージが強い傾向にある。2000年代に再開発により六本木ヒルズや東京ミッドタウン(住所上は赤坂)といったオフィス併設の大規模複合商業ビルがいくつも誕生した。六本木ヒルズ森タワーや泉ガーデンタワーといったオフィスビルや新興IT企業の本社[7]、グランドハイアット東京やザ・リッツカールトン東京などの高級ホテル、高級タワーマンション、駐日大使館も多くあり、多面的・国際的な顔を見せている。六本木ヒルズ内にはテレビ朝日(テレ朝)の本社、住友不動産六本木グランドタワー内にはテレビ東京(テレ東)本社も位置している。また、国立新美術館、森美術館・森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ)、サントリー美術館(東京ミッドタウン)などの美術館が多く集積し、都内では上野(台東区)に次ぐ文化・芸術の発信拠点という側面もある。

地価

住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、六本木3-5-16の地点で176万円/m2、六本木5-13-1の地点で281万円/m2となっている[8]。

商業地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、六本木4-9-5の地点で1090万円/m2、六本木7-4-8の地点で475万円/m2となっている[8]。

歴史

現在の六本木の町域は大半が武家地だった区域だが、江戸時代の「六本木町」は門前町で、現在の六本木交差点付近の狭い範囲を指していた。明治以降の「六本木町」は、寺院や大久保加賀守(小田原藩主)家の下屋敷跡などを含む範囲になった。武家屋敷跡がお屋敷町になった。湧き水や地下水に恵まれ金魚の養殖が盛んであった。

六本木近辺には日本軍の軍事施設が置かれ、兵隊の町でもあった。龍土町(現:六本木七丁目)には1936年(昭和11年)の二・二六事件にも参加者を出した歩兵第三連隊があり、隣接する赤坂区檜町(現:赤坂九丁目)には歩兵第一連隊があった。

1925年(大正14年)6月6日、赤坂溜池と六本木間で市電が開通。交通の便が良くなった[9]。

1938年(昭和13年)6月30日、集中豪雨により麻布今井町(現在の六本木四丁目)の三井邸から麻布谷町(現在の六本木二丁目)にかけてがけ崩れが発生。20余戸が押しつぶされて死者23人、重軽傷者20数人[10]。

六本木は、明治時代-昭和初期にかけて麻布区に属し、戦後麻布区から港区になったが、住居表示実施前の六本木五丁目と六本木六丁目、六本木七丁目の一部は「麻布六本木町」という麻布の冠称を持った町名であった。行政区分でも港区の地区総合支所のほか警察署・消防署・郵便局・税務署の管轄も、六本木は麻布管内となっている。1965年頃の六本木の地価は坪40万円で、麹町に次いで高かった[11]。

1967年7月1日に、この六本木町のほか、龍土町・三河台町・今井町・材木町・鳥居坂町・東鳥居坂町・永坂町(約半分)・飯倉片町(の一部)・北日ヶ窪町など麻布地区北部一帯の住居表示が実施され、六本木一丁目から六本木七丁目までの7か町に整理再編された。

地名の由来

などがある。

沿革

住居表示実施前後の町名町域対照地図

町名の変遷

さらに見る 実施後, 実施年月日 ...
実施後 実施年月日 実施前(特記なければ、各町名ともその一部)
六本木一丁目 1967年7月1日 赤坂榎坂町(全域)、赤坂霊南坂町(全域)、麻布市兵衛町一丁目、麻布市兵衛町二丁目、麻布箪笥町、麻布谷町
六本木二丁目 麻布箪笥町、麻布谷町、麻布今井町
六本木三丁目 麻布仲ノ町(全域)、麻布市兵衛町二丁目、麻布箪笥町、麻布谷町、麻布今井町、麻布三河台町
六本木四丁目 麻布市兵衛町二丁目、麻布今井町、麻布三河台町
六本木五丁目 麻布鳥居坂町(全域)、麻布東鳥居坂町(全域)、麻布飯倉片町、麻布永坂町、麻布南日ケ窪町、麻布北日ケ窪町、麻布六本木町
六本木六丁目 麻布桜田町(全域)、麻布宮村町(全域)、麻布南日ケ窪町、麻布北日ケ窪町、麻布材木町、麻布六本木町、麻布霞町
1978年9月1日 麻布南日ケ窪町(全域)
六本木七丁目 1967年7月1日 麻布龍土町(全域)、麻布新龍土町(全域)、赤坂青山南町一丁目(全域)、麻布材木町、麻布六本木町、麻布霞町
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繁華街

六本木近辺の軍事施設は太平洋戦争中の空襲で焼失。終戦に伴い、日本の占領にあたった連合国軍に接収される。そのため、外国人向けの商店や飲食店が少しずつできるようになる。また、1959年にはNET(日本教育テレビ、現:テレビ朝日)[注釈 1]が開局し、この頃に六本木族が登場する。

1960年代に入ると日本料理の瀬里奈をはじめとして中華料理の香妃園や魯山、イタリア料理のアントニオなどが芸能人やファッションモデル、来日した海外のスターらが出入りする店として徐々に知られるようになった。1960年代後半からは高台以外の住宅街へ押し入るように外国人や日本人向けの飲食店、若者向けのサパークラブ、ゴーゴークラブなどのオープンが続き、結果として住宅街から繁華街へと姿を変え、1975年(昭和50年)以降は赤坂に代わる人気プレイスポットとして有名になっていく。

1980年代後半からのバブル経済期には六本木スクエアビルを中心としてディスコだけで数十軒が立ち並び、大衆化が進むとともに活況を呈したが、その後のバブル崩壊とともに、1993年(平成5年)以降は多くの店が閉店し、カラオケ店やキャバクラなどに衣替えした。

現在、平日は昼夜を問わずサラリーマンやOLの姿が目立ちオフィス街としてのイメージも強くなった他、六本木一丁目にはスペイン大使館、スウェーデン大使館などの外国公館や、六本木七丁目の在日米軍施設(ヘリポート、星条旗新聞社ほか)などもあり外国人の姿も目立つ。

週末の金曜日・土曜日の夜になるとバーやクラブ、キャバクラなどが林立する繁華街の様相を呈する。クラブ目当ての若者や外国人のほか、キャバクラ嬢や外国人の客引きが街頭に出ている姿が見られる。また、傷害事件やカジノ賭博・麻薬密売等の違法行為も存在し、時折検挙等により明るみに出ることがある[14]。一例として、新宿の歌舞伎町や六本木周辺に店を構える西アフリカ出身のナイジェリア人グループらが大掛かりで、泥酔客から暴利を貪る問題が見られる[15]。さらに、新宿歌舞伎町などと同様に暴力団や非行少年グループのOB団体、外国人マフィアといった犯罪グループ同士の抗争も垣間見られる[16]。

これらの影響で、六本木地区はアメリカ国務省、イギリス大使館、オーストラリア大使館によって、旅行者向けの『危険地域』として警告されている[17]。

2012年、東京都は六本木三丁目から七丁目を都迷惑防止条例に基づき、客引きやスカウトのみならず、それらを行うために待機する行為なども禁止する区域に指定した[18]。 さらに2019年には同一丁目から七丁目を暴力団排除条例に基づき、暴力団排除特別強化地域に指定[19]。地域内では暴力団と飲食店等との間で、みかじめ料のやりとりや便宜供与などが禁止され、違反者は支払った側であっても懲役1年以下または罰金50万円以下の罰則が科されることとなった[20]。

六本木ヒルズ

六本木ヒルズ

江戸時代に、麻布日ヶ窪(現在の六本木六丁目)に長府毛利家(長州藩支藩の長門府中藩)の屋敷が置かれた。長門府中藩(長府藩共。現:山口県下関市の一部)出身の乃木希典もこの地で生まれている。1952年に、ニッカウヰスキー東京工場が建てられた。1959年隣接地にNETテレビ(日本教育テレビ・現:テレビ朝日)が開局。局舎を逐次拡張し、1977年には前述のニッカウヰスキー工場跡地を取得した。2003年4月に「六本木ヒルズ」がオープンした。この再開発(通称:六六再開発)は、1980年代にスタートしたプロジェクトであり、オープンまでに実に約20年の歳月を要した。

世帯数と人口

2025年(令和7年)4月1日現在(港区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[2]。

さらに見る 丁目, 世帯数 ...
丁目世帯数人口
六本木一丁目 1,297世帯 2,565人
六本木二丁目 644世帯 729人
六本木三丁目 1,850世帯 2,688人
六本木四丁目 571世帯 962人
六本木五丁目 1,175世帯 2,077人
六本木六丁目 867世帯 1,633人
六本木七丁目 1,390世帯 2,038人
計 7,794世帯 12,692人
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人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

さらに見る 年, 人口 ...
人口推移
年 人口
1995年(平成7年)[21]
7,862
2000年(平成12年)[22]
7,406
2005年(平成17年)[23]
9,215
2010年(平成22年)[24]
8,715
2015年(平成27年)[25]
11,528
2020年(令和2年)[26]
14,007
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世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

さらに見る 年, 世帯数 ...
世帯数推移
年 世帯数
1995年(平成7年)[21]
3,667
2000年(平成12年)[22]
4,074
2005年(平成17年)[23]
5,499
2010年(平成22年)[24]
4,947
2015年(平成27年)[25]
6,437
2020年(令和2年)[26]
8,638
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学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2022年4月現在)[27]。

さらに見る 丁目, 番地 ...
丁目番地小学校中学校
六本木一丁目全域港区立麻布小学校港区立六本木中学校
六本木二丁目全域港区立赤坂小学校港区立赤坂中学校
六本木三丁目全域港区立麻布小学校港区立六本木中学校
六本木四丁目全域
六本木五丁目1~8番
15~18番
9〜14番港区立南山小学校
六本木六丁目全域
六本木七丁目1~22番港区立麻布小学校
23番港区立笄小学校港区立高陵中学校
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交通

鉄道

路線バス

道路

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[28]。

さらに見る 丁目, 事業所数 ...
丁目事業所数従業員数
六本木一丁目 319事業所 14,642人
六本木二丁目 92事業所 1,259人
六本木三丁目 525事業所 14,350人
六本木四丁目 291事業所 3,955人
六本木五丁目 291事業所 4,012人
六本木六丁目 639事業所 24,956人
六本木七丁目 600事業所 7,180人
計 2,757事業所 70,354人
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事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

さらに見る 年, 事業者数 ...
事業者数推移
年 事業者数
2016年(平成28年)[29]
2,441
2021年(令和3年)[28]
2,757
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従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

さらに見る 年, 従業員数 ...
従業員数推移
年 従業員数
2016年(平成28年)[29]
56,428
2021年(令和3年)[28]
70,354
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施設

テレビ朝日アーク放送センター
スウェーデン大使館
スペイン大使館

六本木一丁目

六本木二丁目

六本木三丁目

六本木四丁目

六本木五丁目

六本木六丁目

六本木七丁目

六本木をテーマとした作品

楽曲

ドラマ

映画

出身・ゆかりのある人物

その他

日本郵便

  • ビル除く全域の郵便番号は、106-0032[4]である。また、各ビルの郵便番号は6・7ケタ目に地上階毎の郵便番号が割り振られている(例:1階は「01」、10階は「10」)。集配局はすべて芝郵便局で[32]、各ビルの郵便番号は以下の通りである[33]。
さらに見る ビル名, 地上階 ...
ビル名地上階郵便番号
階層ごと地階・階層不明
泉ガーデンタワー1階〜45階106-6001〜106-6045106-6090
住友不動産六本木グランドタワー1階〜43階106-6201〜106-6243106-6290
六本木ヒルズ森タワー1階〜54階106-6101〜106-6154106-6190
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脚注

関連項目

外部リンク

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