サクラメント・キングス

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サクラメント・キングス (Sacramento Kings)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サクラメントに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。ウェスタン・カンファレンスパシフィック・ディビジョン所属。

概要 サクラメント・キングス Sacramento Kings, 所属リーグ ...
サクラメント・キングス
Sacramento Kings
2025-2026シーズンのサクラメント・キングス
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所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  ウェスタン・カンファレンス 
ディビジョン  パシフィック 
創設 1923年 (103年前)
チーム史 ロチェスター・シーグラム
1923年–1942年
ロチェスター・エバー・シーグラム
1942年–1943年
ロチェスター・プロス
1943年–1945年
ロチェスター・ロイヤルズ
1945年–1948年 (NBL英語版)
1948年–1957年 (BAA/NBA)
シンシナティ・ロイヤルズ
1957年–1972年
カンザスシティ=オマハ・キングス
1972年–1975年
カンザスシティ・キングス
1975年–1985年
サクラメント・キングス
1985年–現在
本拠地
サクラメント・キングスの位置(アメリカ合衆国内)
サクラメント・キングス

カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州サクラメント
アリーナ ゴールデン1センター
チームカラー パープル, スレートグレー, ブラック[1][2]
     
オーナー ヴィヴェク・ラナディベ英語版
社長 ジョン・ラインハート[3]
GM スコット・ペリー英語版
ヘッドコーチ ダグ・クリスティ
優勝歴 1回 (1951年)
ファイナル進出 1回
ディビジョン優勝 6回(1949年, 1952年, 1979年, 2002年, 2003年, 2023年)
永久欠番  1   2   4   6   11   12   14   16   21   27   44 
NBAGL提携チーム ストックトン・キングス
公式サイト www.nba.com/kings
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傘下のNBA Gリーグチームは、STO

歴史

ロチェスター・シーグラム

1923年ニューヨーク州ロチェスターにてロチェスター・シーグラムとして創設された。ニックネームはカナダの酒造メーカーのシーグラムがメインスポンサーだったことによる。

現存するNBAのチームでは最古のチームとなるが、NBAの前身のひとつであるNBLへの加盟は、1941年加盟のデトロイト・ピストンズに次ぐ。

ロチェスター・ロイヤルズ

1945年にNBLへ加盟し、ロチェスター・ロイヤルズと改称した。1946-47シーズンを制し、1948年にNBAの前身であるBAAへ鞍替えした。翌1949年にNBLがBAAに吸収される形でNBAとなった。

レッド・ホルツマン

ロイヤルズは1951年ニューヨーク・ニックスを破り優勝。のちのキングス時代を含め、この時がNBAのチームとしての唯一の優勝となっている。優勝チームには、のちに監督になるレッド・ホルツマンもいた。

以後数年間ロイヤルズは勝率6割程度の有力チームだったが、ショットクロックが導入された1954年に苦戦し、その後も負け越しのシーズンが続いた。

シンシナティ・ロイヤルズ

1957年、チームはオハイオ州シンシナティに移転し、チーム名をシンシナティ・ロイヤルズと改めた。この頃の中心選手は、モーリス・ストークスジャック・トゥィマンだったが、ストークスは外傷後脳障害のため引退し、1959-60シーズンに勝率はチーム史上最低まで落ち込んだ。

ロバートソンはロイヤルズ在籍時に6シーズンにわたり、1試合平均30点以上、NBAアシスト王を6回受賞している。

しかし、1960年オスカー・ロバートソンを、1962年ジェリー・ルーカスを獲得すると、以降数年のシーズンでチームは勝ち越し、1962年から6年連続でプレイオフに進出した。しかし1960年代末になると再び低迷が始まり、ロバートソンはミルウォーキー・バックスへ移った。

カンザスシティ・キングス

1971年にチームはミズーリ州カンザスシティの実業家に売却された。翌1972年にシンシナティから移転、カンザスシティとネブラスカ州オマハが本拠地となった。MLBカンザスシティ・ロイヤルズとニックネームが重複しないように、カンザスシティ=オマハ・キングスと改称し、1975年にはホーム戦のほとんどをカンザスシティで行うようになり、カンザスシティ・キングスと短縮した。

キングスへの改称はそれまでのニックネームだったロイヤルズが王室の意だったことを裏付けているが、MLBのロイヤルズはカンザスシティで毎年開催される家畜・馬の品評会であるアメリカン・ロイヤルに由来する(ただし、チームロゴには王冠があしらわれている)。

ネイト・アーチボルドは1972-73シーズンに1試合平均34.0得点、11.4アシストを記録し、それぞれリーグリーダーとなった。

この時代にチームを牽引したのはネイト・アーチボルドだった。得点とアシストで同時にリーグ首位になるなどアーチボルドは奮闘したが、事実上アーチボルドのワンマンチームだったロイヤルズは1975年を除き勝率5割を越えられなかった。その後のキングスは、コットン・フィッツシモンズが指揮を執った1970年代末から1980年代初頭にかけて一時期プレイオフに出場した。

サクラメント・キングス

1983年、キングスはサクラメントの実業家に買い取られた。1985年にチームはサクラメントに移転し、名称はサクラメント・キングスとなった。

この時期が終わるとキングスは長い停滞の時代に入り、1984年から1998年までの十数年間で勝ち越しは一度もなく、プレイオフ出場は2シーズンのみだった。1991年から1998年までキングスでプレイしたミッチ・リッチモンド1996年ドリームチームIIIメンバーとしてアトランタオリンピックに出場した好選手だったが、チームの状況は苦しいままだった。

リック・アデルマン・ヘッドコーチ時代

状況が好転したのは1998年だった。ジェイソン・ウィリアムスをドラフトで、インサイド陣にクリス・ウェバーとユーゴスラビア人のブラデ・ディバッツをトレードで獲得した。このシーズンからリック・アデルマンヘッドコーチに就任し、1996年にドラフトで指名しておりギリシャでプレイしていたユーゴスラビア選手のペジャ・ストヤコヴィッチが1999年にキングスに加わった。1998-1999年のロックアウトで短縮されたシーズンを27勝23敗と勝ち越し、キングスは西地区を代表する強豪へと成長していった。1998-99シーズンから2005-06シーズンまで、リック・アデルマン指揮のもと8年連続でプレーオフ進出を果たすことになる。

1999-2000シーズンにはタリーク・アブドゥル=ワハドとのトレードでニック・アンダーソンを加えチーム成績は44勝38敗と2年連続で勝ち越した。1999年のシーズン開幕戦で、キングスは日本を訪れミネソタ・ティンバーウルブズと対戦した。この頃からキングスの控え選手たちは、リック・バリーの息子で、ブレント・バリーの兄のジョン・バリーが名付けた「ベンチ・モブ」と呼ばれるようになった。

2000-01シーズンにはコーリス・ウィリアムソンとのトレードでダグ・クリスティを加え55勝27敗を挙げるなど、年を追うごとに戦力は充実していった。

2001-02シーズンは、ジェイソン・ウィリアムスとのトレードでマイク・ビビーを加え、リーグ最高の61勝21敗に達し、プレーオフではカンファレンス・ファイナル(地区決勝)へ進出。チャンピオンチームロサンゼルス・レイカーズを脅かしたが、3勝を挙げたものの一歩及ばずカンファレンス優勝は逃した。

2002-03シーズンは59勝23敗と前年に続き好成績を残したが、カンファレンス準決勝でダラス・マーベリックスに敗れた。

2003-04シーズンは、インディアナ・ペイサーズから移籍したブラッド・ミラーが、平均得点とリバウンドでダブル・ダブルを記録し、55勝27敗の好成績を残し、移籍後、毎年のように安定した好成績を残し、インサイドの要として活躍した。このシーズンには、自己ベストの平均15.6得点を記録し、2年連続となるオールスター出場を果たした。しかし、チームはカンファレンス準決勝でミネソタ・ティンバーウルブズに3勝4敗で敗れ、この頃からウェバーとストヤコヴィッチとの不仲説が囁かれるようになった。

2004-2005シーズンはシーズン前にディバッツが退団し、シーズン中にはウェバーがウィリアムソンらとのトレードがありながらも、55勝27敗と好成績を収めたが、プレーオフでは1stラウンドでシアトル・スーパーソニックスに敗れた。

2005-2006シーズンは、半ばにミラーは1981年にサム・レイシーが達成して以来久々となる得点、アシストのダブル・ダブルを達成したセンターとなった。主力選手の安定した活躍で、46勝36敗と好成績を残したが、プレーオフでは第1回戦で敗退した。

2005-06シーズンにはストヤコヴィッチがロン・アーテスト (現:メッタ・サンディフォード=アーテスト) と交換でインディアナ・ペイサーズに放出され、このシーズンを最後にリック・アデルマン時代は終わり、ヘッドコーチはエリック・マッセルマンに引き継がれたが、1シーズンで解任され、2007-08シーズンからはレジー・セウスが指揮を執ったが成績は改善されなかった。

低迷期

2007-08シーズン中盤にマイク・ビビーをトレードに出し、2008-09シーズンは、ケビン・マーティンを中心に置いたチーム再建となった。しかしながら大方の予想通り成績はさらに下がり、シーズン途中レジー・セウスは解雇され、17勝65敗でシーズンを終えた。 2009-10シーズン続く最悪の成績から、ドラフト上位指名権を得てタイリーク・エバンスを4位指名で獲得し、わずかではあるが成績を上げ、引き続き2010-11シーズン、5位指名でデマーカス・カズンズを獲得したが、50敗以上の“ドアマット・チーム”から抜け出すことはできなかった。 2011-12シーズン、60位指名で入団したアイザイア・トーマスが予想以上の働きを示した中でも、2013-14シーズンもやはりチームの勢いが上向くことはなかった。 2014-15シーズンは、開幕から5割前後の闘いで踏ん張ってきたが、12月に入りデマーカス・カズンズをウィルス性髄膜炎で欠いて以降連敗が続き、マイケル・マローンHCは、12月14日に解任された[4]。12月16日、ペジャ・ストヤコビッチの背番号16を永久欠番とすることを、祝賀セレモニーで発表した。ストヤコビッチの16番は、チーム11番目の永久欠番となった[5]。その後、タイロン・コービンがアシスタントからヘッドコーチに昇格したものの事態は好転せず、コービンは退任となり、オールスターゲーム明けからジョージ・カールを新たにヘッドコーチに招聘し、再出発したがチーム状況が好転したとは言えず、チーム再建は2015-16シーズン以降に持ち越しとなった。 なお、2014-15シーズンはデマーカス・カズンズがキングスの選手としては2004年のブラッド・ミラーペジャ・ストヤコビッチ以来のNBAオールスターの出場メンバーに選出された。

ラジョン・ロンドマルコ・ベリネッリなど、優勝経験者を獲得した2015-16シーズンだったが、それでも悪い流れは変わらず、10年連続負け越しとプレーオフ不出場に終わり、ジョージ・カールHCはシーズン終了後に解任。アルコ・アリーナから親しまれてきたスリープ・トレイン・アリーナの最後のシーズンを飾ることは出来ず、2016-17シーズンより、新アリーナのゴールデン1センターで再出発することになった。

新アリーナに移転し、新ヘッドコーチにデビッド・イェイガーを招聘して挑んだ2016-17シーズンだったが、それでも悪い流れは変わらず、同シーズンのNBAオールスターゲーム開催日には、遂にデマーカス・カズンズニューオーリンズ・ペリカンズに放出。同シーズンも負け越しで終了した。

2017-18シーズンは、ヴィンス・カーターザック・ランドルフといったイェイガーHCのメンフィス・グリズリーズ時代の教え子やジョージ・ヒルなどベテラン選手を獲得しシーズンスタート。10月24日にはジェニー・ブーセックとコーチ契約を結び、リーグ3人目の女性コーチとして話題を呼んだ。しかし、同シーズンも負け越しで終了。

2018-19シーズンはドラフト全体2位でマービン・バグリー3世を指名。オールルーキーチームに選ばれる活躍を見せ39勝を記録。しかしドラフトでルカ・ドンチッチを指名しなかったことで疑問符を打たれるシーズンとなってしまった。またシーズン終了後、選手とのコミュニケーションに問題があると言われたイェイガーコーチを解任した。

2019-20シーズンは新HCにウォリアーズのアシスタントコーチ、レイカーズでヘッドコーチを勤めたルーク・ウォルトンを招聘。更なる勝ち星の上乗せを期待され、バブルにも進出したもののプレイイントーナメントへの出場を逃し、勝ち星も31勝と前シーズンを下回る結果となった。

2020-21シーズン、若手の活躍でプレイオフも視野に入っていたものの、怪我人が続出して失速。前シーズンと同じ31勝にとどまった。ウォルトンは4年契約の最中ということもあってか早々に続投が発表された。

2021-2022シーズンはドラフト9位でデイビオン・ミッチェルを指名。しかし開幕6勝11敗と出遅れてウォルトンを解任し、アルヴィン・ジェントリーを暫定HCとするも勝ち星が伸びず、トレードデッドライン前にチームの主力であったタイリース・ハリバートンバディ・ヒールドらを放出し、インディアナ・ペイサーズからオールスターセンターのドマンタス・サボニスを獲得するトレードを断行した。しかしチーム状況が上向くことはなく、結局30勝52敗でシーズン終了した。

低迷脱却

2022-23シーズン 負の連鎖に終止符

2022-23シーズン、昨シーズンまでウォリアーズのアシスタントコーチをしていたマイク・ブラウンを招集し、プレイオフ進出を目指した。シーズン開幕から4連敗してしまったものの、昨シーズンにトレードで獲得したドマンタス・サボニス、今オフに獲得したケビン・ハーターマリーク・モンク、ドラフトで指名したキーガン・マレーなどの選手が、マイク・ブラウンの指揮の元で活躍をし、前年までが嘘のように勝ち星を上げた。シーズンが進んでもキングスの勢いは失速せず、オールスターブレイク時点で西の3位と好順位に位置していた。NBAオールスターにはフォックスとサボニス、ライジング・スターズ・チャレンジにはマレーが選出された。そしてオールスターブレイク後も順当に勝ち星を積み重ね、遂に3月30日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦に臨んだキングスは、120-80で大勝。今季成績を48勝34敗とし、2005-06シーズン以来、実に17年ぶりのプレーオフ進出を決めた。

シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

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シーズン % プレーオフ 結果
ロチェスター・ロイヤルズ (通算勝敗に含まない)
1945-462410.706NBL準決勝勝利
NBL決勝優勝
ロチェスター 3, フォートウェイン 1
ロチェスター 3, Sheboygan 0
1946-473113.7051回戦勝利
NBL準決勝勝利
NBLファイナル敗退
ロチェスター 3, シラキュース 1
ロチェスター 2, フォートウェイン 1
シカゴ 3, ロチェスター 2
1947-484416.7331回戦勝利
NBL準決勝勝利
NBL決勝敗退
ロチェスター 3, フォートウェイン 1
ロチェスター 2, アンダーソン 1
レイカーズ 3, ロチェスター 1
ロチェスター・ロイヤルズ (通算勝敗に含む)
1948-494515.750ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ロチェスター 2, セントルイス 0
レイカーズ 2, ロチェスター 0
1949-505117.750タイブレークゲーム敗退
ディビジョン準決勝敗退
レイカーズ 78, ロチェスター 76
フォートウェイン 2, ロチェスター 0
1950-514127.603ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝勝利
NBAファイナル優勝
ロチェスター 2, フォートウェイン 1
ロチェスター 3, レイカーズ 1
ロチェスター 4, ニックス 3
1951-524125.621ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
ロチェスター 2, フォートウェイン 0
レイカーズ 3, ロチェスター 1
1952-534426.629ディビジョン準決勝敗退フォートウェイン 2, ロチェスター 1
1953-544428.6113チームによるプレイオフ
ディビジョン決勝敗退
2-1
レイカーズ 2, ロチェスター 1
1954-552943.403ディビジョン準決勝敗退レイカーズ 2, ロチェスター 1
1955-563141.431
1956-573141.431
シンシナティ・ロイヤルズ
1957-583339.458ディビジョン準決勝敗退ピストンズ 2, シンシナティ 0
1958-591953.264
1959-601956.253
1960-613346.418
1961-624337.538ディビジョン準決勝敗退ピストンズ 3, シンシナティ 1
1962-634238.525ディビジョン準決勝勝利シンシナティ 3, シラキュース 2
セルティックス 4, シンシナティ 3
1963-645525.688ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
シンシナティ 3, シクサーズ 2
セルティックス 4, シンシナティ 1
1964-654832.600ディビジョン準決勝敗退シクサーズ 3, シンシナティ 1
1965-664535.563ディビジョン準決勝敗退セルティックス 3, シンシナティ 2
1966-673942.481ディビジョン準決勝敗退シクサーズ 3, シンシナティ 1
1967-683943.476
1968-694141.500
1969-703646.439
1970-713349.402
1971-723052.366
カンザスシティ=オマハ・キングス
1972-733646.439
1973-743349.402
1974-754438.537カンファレンス準決勝敗退ブルズ 4, キングス 2
カンザスシティ・キングス
1975-763151.378
1976-774042.488
1977-783151.378
1978-794834.585カンファレンス準決勝敗退サンズ 4, キングス 1
1979-804735.5731回戦敗退サンズ 2, キングス 1
1980-814042.4881回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
キングス 2, ブレイザーズ 1
キングス 4, サンズ 3
ロケッツ 4, キングス 1
1981-823052.366
1982-834537.549
1983-843844.4631回戦敗退レイカーズ 3, キングス 0
1984-853151.378
サクラメント・キングス
1985-863745.4511回戦敗退ロケッツ 3, キングス 0
1986-872953.354
1987-882458.293
1988-892755.329
1989-902359.280
1990-912557.305
1991-922953.354
1992-932557.305
1993-942854.341
1994-953943.476
1995-963943.4761回戦敗退ソニックス 3, キングス 1
1996-973448.415
1997-982755.329
1998-992723.5401回戦敗退ジャズ 3, キングス 2
1999-20004438.5371回戦敗退レイカーズ 3, キングス 2
2000-015527.6721回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
キングス 3, サンズ 1
レイカーズ 4, キングス 0
2001-026121.7441回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
キングス 3, ジャズ 1
キングス 4, マーベリックス 1
レイカーズ 4, キングス 3
2002-035923.7201回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
キングス 4, ジャズ 1
マーベリックス 4, キングス 3
2003-045527.6721回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
キングス 4, マーベリックス 1
ウルブズ 4, キングス 3
2004-055032.6101回戦敗退ソニックス 4, キングス 1
2005-064438.5371回戦敗退スパーズ 4, キングス 2
2006-073349.402
2007-083844.463
2008-091765.207
2009-102557.305
2010-112458.293
2011-122244.333
2012-132854.341
2013-142854.341
2014-152953.354
2015–163349.402
2016–173250.390
2017–182755.329
2018–193943.476
2019–203141.431
2020–213141.431
2021–223052.366
2022–234834.6001回戦敗退ウォリアーズ 4, キングス 3
2023–244636.561
2024–254042.488
通算勝敗2,7883,299.458
プレーオフ83111.488優勝1回
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主な選手

現在のロスター

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プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
F/C 9 プレシャス・アチュワ (Precious Achiuwa) ナイジェリア 26 (1999/09/19) 6 ft 8 in (2.03 m) 243 lb (110 kg) メンフィス大学 
G 5 ダリアス・エイカフ・ジュニア (Darius Acuff Jr.) アメリカ合衆国 19 (2006/11/16) 6 ft 2 in (1.88 m) 186 lb (84 kg) アーカンソー大学 
C 32 ディラン・カードウェル (Dylan Cardwell) アメリカ合衆国 24 (2001/12/16) 6 ft 11 in (2.11 m) 255 lb (116 kg) オーバーン大学 
G/F 00 ニーク・クリフォード (Nique Clifford) アメリカ合衆国 24 (2002/02/09) 6 ft 5 in (1.96 m) 175 lb (79 kg) コロラド州立大学 
C 19 ドリュー・ユーバンクス (Drew Eubanks) FA アメリカ合衆国 29 (1997/02/01) 6 ft 10 in (2.08 m) 245 lb (111 kg) オレゴン州立大学 
G 20 アダム・フラグラー (Adam Flagler)  アメリカ合衆国 26 (1999/12/01) 6 ft 3 in (1.91 m) 180 lb (82 kg) ベイラー大学 
G 3 キリアン・ヘイズ (Killian Hayes) FA フランス 25 (2001/07/27) 6 ft 5 in (1.96 m) 195 lb (88 kg) フランス 
F 15 デアンドレ・ハンター (De'Andre Hunter) アメリカ合衆国 28 (1997/12/02) 6 ft 7 in (2.01 m) 225 lb (102 kg) バージニア大学 
F 33 アレックス・キャラバン (Alex Karaban) アメリカ合衆国 23 (2002/11/11) 6 ft 8 in (2.03 m) 230 lb (104 kg) UConn 
G 8 ザック・ラビーン (Zach LaVine) アメリカ合衆国 31 (1995/03/10) 6 ft 5 in (1.96 m) 200 lb (91 kg) UCLA 
F 7 ダグ・マクダーモット (Doug McDermott) FA アメリカ合衆国 34 (1992/01/03) 6 ft 6 in (1.98 m) 225 lb (102 kg) クレイトン大学 
F 22 ジョナサン・モグボ (Jonathan Mogbo)  アメリカ合衆国 24 (2001/10/29) 6 ft 8 in (2.03 m) 225 lb (102 kg) サンフランシスコ大学 
G 0 マリーク・モンク (Malik Monk) 6th アメリカ合衆国 28 (1998/02/04) 6 ft 3 in (1.91 m) 200 lb (91 kg) ケンタッキー大学 
F 13 キーガン・マレー (Keegan Murray) アメリカ合衆国 25 (2000/08/19) 6 ft 8 in (2.03 m) 215 lb (98 kg) アイオワ大学 
G/F 29 デイクウォン・プラウデン (Daeqwon Plowden) アメリカ合衆国 27 (1998/08/29) 6 ft 6 in (1.98 m) 215 lb (98 kg) BGSU 
C 42 マクシーム・レイノー (Maxime Raynaud) フランス 23 (2003/04/07) 7 ft 1 in (2.16 m) 250 lb (113 kg) スタンフォード大学 
F/C 11 ドマンタス・サボニス (Domantas Sabonis) リトアニア 30 (1996/03/05) 6 ft 11 in (2.11 m) 240 lb (109 kg) ゴンザガ大学 
G 34 エマニュエル・シャープ (Emanuel Sharp) イスラエル 22 (2004/03/07) 6 ft 3 in (1.91 m) 210 lb (95 kg) UConn 
G 18 ラッセル・ウェストブルック (Russell Westbrook) FA アメリカ合衆国 37 (1988/11/12) 6 ft 4 in (1.93 m) 200 lb (91 kg) UCLA 
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ダグ・クリスティ (Doug Christie)
アソシエイトヘッドコーチ
  アメリカ合衆国の旗 マイク・ウッドソンMike Woodson)
アシスタントコーチ
  ブラジルの旗 リアンドロ・バルボサLeandro Barbosa)
  アメリカ合衆国の旗 クリス・ダーネル (Chris Darnell)
  アメリカ合衆国の旗 ボビー・ジャクソン (Bobby Jackson)
  アメリカ合衆国の旗 マイク・ミラー (Mike Miller)
  カナダの旗 ディペシュ・ミストリー (Dipesh Mistry)



更新日:2026年03月31日

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保有するドラフト交渉権

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ドラフト年 指名順 選手 ポジション 国籍 現所属チーム 注釈 Ref
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永久欠番

ゴールデン1センターの垂木には、キングスの永久欠番となったすべての背番号が掲げられている。

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サクラメント・キングス永久欠番
No. 選手 ポジション 在籍期間 式典日
1ネイト・アーチボルトG1970–19762004年2月6日
2ミッチ・リッチモンドG1991–19982003年12月5日
4クリス・ウェバー F1998–20052009年2月6日
6ファン ("The Sixth Man")1985–現在1986–87
11ボブ・デイヴィスG1945–19551989–90
12モーリス・ストークスF1955–1958
14オスカー・ロバートソンG1960–19702003年2月16日
16ペジャ・ストヤコヴィッチF1998–20062014年12月6日
21ブラデ・ディバッツC1998–20042009年3月31日
27ジャック・トゥィマンF1955–1966
44サム・レイシーC1970–1981
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殿堂入り

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サクラメント・キングス殿堂入り
選手
No.名前ポジション在籍期間殿堂入り年No.名前ポジション在籍期間殿堂入り年
11ボブ・デイビスG1945–1955197019ボブ・クージーG1969–19701971
14オスカー・ロバートソンG1960–1970198016ジェリー・ルーカスF/C1963–19691980
10
27
31
ジャック・トゥィマンF1955–196619839ボビー・ヴァンツァーG1948–19571987
34クライド・ラブレットC/F1957–195819881
10
ネイト・アーチボルドG1970–19761991
14アーニー・ライゼンC1948–1955199812モーリス・ストークスF1955–19582004
50ラルフ・サンプソンC1989–199020125ガイ・ロジャースG1967–19682014
2ミッチ・リッチモンドG1991–1998201413シャルーナス・マルチュリョニスG1995–19962014
12ジョ・ジョ・ホワイトG1980–1981201521ブラデ・ディバッツC1998–20042019
4クリス・ウェバーF1998–2005202115ヴィンス・カーターG/F2017–20182024
コーチ
名前役職在籍期間殿堂入り年名前役職在籍期間殿堂入り年
ピート・カリル英語版アシスタントコーチ1996–2006
2008-2012
19975リック・アデルマンヘッドコーチ1998–20062021
ビル・ラッセルヘッドコーチ1987–19882021ジョージ・カールヘッドコーチ2015–20162022
貢献者
名前役職在籍間殿堂入り年名前役職在籍期間殿堂入り年
レス・ハリソン英語版ヘッドコーチ
オーナー
1948–1955198015
32
34
ウェイン・エンブリーC1958–19661999
コットン・フィッツシモンズヘッドコーチ1978–19842021
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FIBA殿堂入り

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サクラメント・キングス殿堂入り
選手
No.名前Pos.在籍期間殿堂入り年
14オスカー・ロバートソンG1960–19702009
21ブラデ・ディバッツC1998–20042010
13シャルーナス・マルチュリョニスG1995–19962015
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歴代ヘッドコーチ

脚注

チーム記録

外部リンク

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