ピーター・パン (1953年の映画)
1953年のアメリカのアニメーション映画
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『ピーター・パン』(Peter Pan)は、1953年のアメリカ合衆国のファンタジー映画。ジェームス・マシュー・バリーの同名戯曲をもとに、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが製作した長編アニメーション映画である[2]。製作総指揮をウォルト・ディズニーが務め、監督はウィルフレッド・ジャクソン、ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミが担当した。
| ピーター・パン | |
|---|---|
| Peter Pan | |
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| 監督 |
ウィルフレッド・ジャクソン ハミルトン・ラスク クライド・ジェロニミ |
| 脚本 |
テッド・シアーズ アードマン・ペナー ビル・ピート ウィンストン・ヒブラー ジョー・リナルディ ミルト・バンタ ラルフ・ライト ウィリアム・コトレル |
| 原作 |
ジェームス・マシュー・バリー 『ピーター・パン』 |
| 製作 | ウォルト・ディズニー |
| 出演者 |
ボビー・ドリスコール キャサリン・ボーモント ハンス・コンリード |
| 音楽 | オリバー・ウォレス |
| 撮影 | ボブ・ブロートン |
| 編集 | ドナルド・ハリデイ |
| 製作会社 | ウォルト・ディズニー・プロダクション |
| 配給 | RKO |
| 公開 |
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| 上映時間 | 77分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $4,000,000[1] |
| 興行収入 |
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| 次作 | ピーター・パン2 ネバーランドの秘密 |
1939年にアニメ化の権利を入手後、第二次世界大戦の影響もあり1950年より本格的な製作が開始。約3年の歳月と400万ドルの費用を賭け製作された。また、黎明期のディズニーを支えた9人のアニメーターである「ナイン・オールドメン」が全員参加した最後の作品となった。
カンヌ国際映画祭に出品され[3]、公開後は批評家から好評を得たほか、興行的にも成功した。ただし、ネイティブ・アメリカン(インディアン)の描写については後年になって批判されることがある。
2002年に続編となる『ピーター・パン2 ネバーランドの秘密』が公開されたほか、複数の続編やスピンオフ作品が製作されている。
あらすじ
ロンドンに住むダーリング家の長女・ウェンディと弟のジョンとマイケル[4]は、ピーターパンが本当に存在すると信じ憧れていた。しかし父親のダーリング氏は「ピーターパンごっこ」のために悪戯をするジョンたちを叱り、ウェンディがありもしない話を聞かせていると思い込んで翌日から一人部屋で過ごすように言い渡す。その夜、ダーリング夫妻がパーティーへ出かけた後、ピーターパンが自分の影を探すために家に忍び込む。ウェンディに影を縫い付けてもらったピーターは、彼女が翌日から一人部屋に行くことを知り、彼女をネバーランドに連れていって迷子(ロストボーイ、ピーターの子分たち)のママになってもらうと言い出す。ウェンディの提案でジョンとマイケルも一緒にネバーランドに行くことになり、3人はティンカー・ベル(ティンク)の粉の力で空を飛び、ピーターとともに右から2番目の星にあるネバーランドへ出発する。
しかし、ネバーランドに到着してすぐにピーターの宿敵・フック船長率いる海賊の砲撃を受ける。ピーターからウェンディらを隠れ家に避難させるよう指示されたティンクは、ウェンディへの嫉妬から、ロストボーイたちを唆して彼女を撃ち落とそうとする。命令に背いたティンクに激怒したピーターは、ティンクに永久追放を宣告した(その後ウェンディの頼みで1週間に短縮する)。
その後、ジョンとマイケルはロストボーイたちとともにインディアン狩り[注釈 1]に出かけ、ウェンディはピーターと共に人魚に会いに行くが、そこで酋長の娘・タイガーリリーを誘拐したフック船長らを見かける。フック船長はタイガーリリーを脅してピーターの隠れ家を突き止めようとしていたのだった。ピーターはフック船長の声真似でタイガーリリーを救出しようとするもののフック船長に見つかり、激しい戦闘になる。が、そこにフック船長の切り落とされた左手を食べたワニが現れ、フック船長を食べようとする。フック船長は部下であるミスター・スミーとともに、ワニに追い回されながら逃げていく。
誘拐されたタイガーリリーを救出したピーターはインディアンの酋長から酋長の一人に任命され、フライング・イーグルと名乗ることを許される。ピーターやジョン、マイケル、そしてロストボーイたちは踊り回って宴会を楽しむが、女性であることを理由に薪運びを命じられたウェンディは、怒りや落胆とともに一足先に隠れ家に帰り、ネバーランドから家に帰る決心をする。帰りたくないと訴える弟たちにウェンディは母親の存在の必要性を語り、家に帰るよう説得する。一緒にウェンディの話を聞いていたロストボーイたちもウェンディたちと共にネバーランドを去ることを決め、皆は隠れ家を出る。
一方、ティンクがピーターから追放されたという噂を聞いたフック船長は、今度はティンクの嫉妬心を利用し、ピーターの隠れ家を聞き出すことを計画する。果たして計画は成功し、フック船長はティンクから隠れ家の場所を聞き出すことができた。フック船長はティンクをランプケースに閉じ込め、ウェンディら姉弟やロストボーイを全員捕縛し、ピーターにはウェンディからの贈り物と偽って時限爆弾を贈る。
海賊船に連れてこられたウェンディたちは、フック船長から海賊の子分にならないかと持ちかけられ、子分にならなければ甲板に渡した板から海に飛び込んでもらう(海賊のリンチ)と脅迫される。ジョンたちは脅迫を恐れて子分になろうとするが、ウェンディはピーターの救助を信じていた。しかし、フック船長の口からピーター殺害の計画を聞かされ、自分たちが罠に嵌められたことに気がつく。そしてその直後、ピーターのもとに届いた時限爆弾が爆発する。
ピーターは爆発寸前にランプケースから脱出したティンクに助けられ、あわやというところで一命を取り留めた。ティンクはウェンディたちが危ないので救出に行ってほしいと訴えるが、ピーターは自分にとって一番大切なのはティンクなので、ティンクを助けるのが先だと主張する。その後共に隠れ家を脱出したピーターらは、最初に板から飛び降りたウェンディを救出。次いで捕縛されたジョンやマイケル、ロストボーイたちを全員解放する。ジョンたちはマストの上の見張り台に立てこもり、襲い来る海賊たちと接戦を繰り広げる。かくてピーターとフック船長の最終決戦が始まる。
キャラクター

- ピーター・パン(Peter Pan)
- 主人公。いつまでも子供の少年。空を飛ぶ能力を持っている。
- ウェンディ(Wendy)
- 本作のもう一人の主人公でヒロイン。ダーリング一家の3姉妹の長女。水色のドレスを着ている。
- ピーター・パンに憧れる少女らしさと、優しい母性を持つ。
- ジョン(John Darling)
- ダーリング一家の3姉弟の次男。
- イギリス紳士のように、丸メガネとシルクハット、コウモリ傘を持った少年。
- 弟のマイケルと共に毎晩ピーター・パンごっこをして遊んでいる。作中ではロストボーイたちのリーダー格としてふるまう。
- 理屈っぽい性格。何事にもまず計画を立てて挑もうとするが、そのために周りが見えなくなることもあり、インディアン狩りではそれが原因で逆に捕まる。
- マイケル・ダーリング(Michael Darling)
- ダーリング一家の3姉弟の末っ子。
- テディベアを持った短髪の少年。兄のジョンと共に毎晩ピーター・パンごっこをして遊んでいる。
- ティンカー・ベル(Tinker Bell)
- ピーター・パンの相棒の美しい妖精。妖精の粉を撒きながら宙を舞う。喋らない。
- “ティンク”という愛称がある。
- やきもち焼きで嫉妬深い部分があり、大好きなピーター・パンに近づく女性は認めたがらない性格。
- モデルはマリリン・モンローという噂があるがデマであり、アニメーションの動きの参考に雇われた女優のマーガレット・ケリーがそのままモデルとなっている。
- フック船長(Captain Hook)
- 本作のディズニー・ヴィランズ。海賊船の船長。
- 左手を切りワニに食べさせたピーター・パンを憎み、復讐を企んでいる。
- 残忍な性格だが、どこか間抜けで憎めない存在。
- ミスター・スミー(Mr. Smee)
- フック船長の手下で、海賊船の水夫長。青い横じまのTシャツと赤い短パン、鼻眼鏡をかけた小太りの男性。泣き上戸。
- 間抜けで臆病なところはあるが、フックの良きパートナー。人のよさそうな顔で、お調子ものでもある。
- 胸に「MOTHER」と書かれたハートの刺青があり、作中ではウェンディの歌を聞いて泣き出し、フック船長に窘められている。
- 旧吹き替えでは「スミー君」と呼ばれていた。
- チクタクワニ(Tick-Tock the Crocodile)
- ネバーランドの海に棲むワニ。ピーターが切り落としたフック船長の左手を食べ、味を覚えてからはフック船長を食べようとしつこく追い回している。
- 目覚まし時計を飲み込んでおり、フックたちは時計の音でワニが近づくのを察知している。
- 「悪役はフックだけにしたい」とのスタッフの意向で、原作より多少コミカルな存在になっている。
- ロスト・ボーイズ(Lost Boys)
- ピーター・パンの部下の少年たち。全て動物の形の衣装を着ている。
- 名前はない。続編では、キツネがスライトリー(Slightly)、クマがカビー(Cubby)、アライグマがツインズ(The Twins)、ウサギがニブス(Nibs)、スカンクがトゥートルズ(Tootles)と名付けられた。
- 最後はウェンディたちとともに現実の世界に帰ろうとするが、次の機会にすると言ってまたネバーランドに帰った。
- 酋長/チーフ(Indian Chief)
- ネバーランドのインディアンの酋長。嘘が嫌い。
- ロストボーイたちにタイガー・リリー誘拐の嫌疑をかけ、捕縛したが、ピーターがタイガー・リリーを救出したことで疑いは晴れた。
- タイガー・リリーを救出したお礼の宴会でピーターを酋長の一人に任命した。
- タイガー・リリー(Tiger Lily)
- インディアンの酋長の娘[2]。ピーターと親しい。
- ピーターの隠れ家を聞き出すためにフック船長に誘拐されるが、頑として口を割らなかった。
- インディアン(Indians)
- ネバーランドの一角に住んでいる。ジョンの言うところによるとブラックフット族。樹になりきってマイケル達に近づいた。かなりの荒くれで粗野な部族という設定がなされている。
- ロスト・ボーイたちのことを「白人の兄弟」と呼び、彼らとは何度も戦いを繰り広げてきた。もっとも「戦い」というよりは「戦いごっこ」とでも言った方が正しく、相手を捕まえては逃がすという一種のゲームのようなもののようである。酋長によると「勝つこともあるし、負けることもある」とのこと。
- 人魚(Mermaids)
- ネバーランドの一角に住んでいる。全て女性。ピーターと親しいが、最近はなかなか会えないでいるらしい。
- ピーターがフック船長の左手を切り落とし、ワニに与えた話がお気に入り。
- ピーターに連れられ突然現れたウェンディに敵意を見せ、水を浴びせかけたりしてウェンディの怒りを買った。
- ナナ(Nana)
- ウェンディたちの子守りの犬。犬種はセント・バーナード[2]。
- ウェンディの話を聞きに来ていたピーターの影を奪ったことがある[注釈 2]。
- 激怒したダーリング氏に外につながれるが、終盤で再び屋内に戻されている。
- ジョージ・ダーリング(George Darling)
- ウェンディたちの父親。ピーター・パンの物語を子供のおとぎ話だと思っている。
- 短気かつ現実主義な性格で、激高すると心にもないことを言うが、本心では子供たちのことを心から愛している。
- 作中ではパーティーに遅れそうになってアタフタしていたところに、付けていくカフスボタンをジョン達の遊びに使われた上、胸当てを「宝の地図」代わりにマーカー[注釈 3]で落書きされた事で激怒し、ジョン達の落ち着きのない行動が、彼らやウェンディをいつまでも「子供」として扱っていることだからと決めつけて、ウェンディに一人部屋暮らし(すなわち「大人」として扱うこと)を宣告する。だが帰宅後は落ち着きを取り戻し、先の発言に関して素直に反省していた。
- メアリー・ダーリング(Mary Darling)
- ウェンディたちの母親。ピーター・パンの物語は子供の空想だと思っているものの、ジョージの様に頭ごなしに否定しようとはせず、彼らの話を頑なに拒絶しようとするジョージを宥めたり、ジョージの言動に反感を抱くジョンを諭すなど、家族の中では良き仲裁役として、夫や子供達の双方を温かく見守っている。
声の出演
| 役名 | 原語版声優 | 日本語吹き替え | |||
|---|---|---|---|---|---|
| TBSテレビ版 | ポニー・バンダイ版 | 1984年公開版 | 新ソフト版 (現行版) | ||
| ピーター・パン | ボビー・ドリスコール | 榊原郁恵 | 後藤真寿美 | 岩田光央 | |
| ウェンディ | キャサリン・ボーモント | 岡本茉莉 | 土井美加 | 渕崎ゆり子 | |
| ジョン | ポール・コリンズ | 藤田淑子 | 下川久美子 | 池田真 | 池田真 石橋剣道 |
| マイケル | トミー・ラスク | 菅谷政子 | 清水由加里 | 鈴木一輝 | 鈴木一輝 小野泰隆 |
| フック船長 | ハンス・コンリード | 大塚周夫 | 江原正士 | 大塚周夫 | |
| スミー | ビル・トンプソン | 八奈見乗児 | 牛山茂 | 熊倉一雄 | |
| メアリー・ダーリング | ヘザー・エンジェル | 武藤礼子 | 小沢寿美恵 | 太田淑子 | |
| ジョージ・ダーリング | ハンス・コンリード | 川久保潔 | 内田稔 | 阪脩 | |
| 酋長(チーフ) | キャンディ・キャンディード | 滝口順平 | 遠藤征慈 | 石田太郎 | |
| タイガー・リリー | コリンヌ・オル | 石井ゆき | 勝田治美 | ||
| インディアンの女性 | ジューン・フォーレイ | 太田淑子 | |||
| ロスト・ボーイズ | ロバート・エリス スタフィー・シンガー ジョニー・マクガヴァン ジェフリー・シルヴァー トニー・バタラ ジョン・ワイルダー | 太田淑子 堀絢子 他 | 逢坂秀実 余貴美子 安藤亮子 水上志乃 佐直千恵子 石井ゆき | 松永大 杉元直樹 金丸祐一 高柳潤 佐藤隆浩 | |
| 海賊 | ビル・トンプソン | 石森達幸 上田敏也 村松康雄 他 | 石波義人 岡田吉弘 中村雄一 池田史比古 逢坂秀実 | 沢りつお 山下啓介 槐柳二 峰恵研 林一夫 梶哲也 | |
| 独唱する海賊 | 田村しげる | ||||
| 人魚 | ルシール・ブリス コニー・ヒルトン マーガレット・ケリー カレン・ケスター ジューン・フォーレイ ノーマ・ジーン・ニルソン | 太田淑子 藤田淑子 他 | 三原世司奈 余貴美子 安藤亮子 水上志乃 藤木聖子 | 重田千穂子 野口絵美 渡辺真砂子 勝生真沙子 | |
| ナレーション | トム・コンウェイ | 大木民夫 | 江原正士 | 池水通洋 | |
- TBSテレビ版:1983年1月4日『東京ディズニーランドスペシャル』枠(19:00-20:54)で、東京ディズニーランド開園記念として放送。以降は非公開。
- ポニー・バンダイ版:1980年代、ポニー・バンダイから発売されたソフト(VHS・LD・ビデオディスク)にのみ収録。
- 1984年公開版:ポニーキャニオンから1991年に発売されたソフト(VHS・LD)にのみ収録。
- 新ソフト版:1996年以降、ディズニーから発売されているソフトに収録。Disney+などの配信にも使用。
- 1984年版から、一部の用語や台詞を変更し差し替えたもの(“酋長”→“チーフ”など)。
- 差し替え箇所の収録は同一声優によって行われたが、当時子役だった出演者など一部は代役が起用された。
※吹き替えは上記のほか、1963年に初めて制作、劇場公開された1963年版が存在する(キャスト不明)。
スタッフ
日本語版
- 字幕翻訳:佐藤恵子
楽曲
| # | タイトル | 作詞 | 作曲 | 歌手・コーラス |
|---|---|---|---|---|
| 1. | 「右から2番目の星」(The Second Star to the Right) | サミー・カーン | サミー・フェイン | ザ・ジャド・コンロン・コーラス&ザ・メローメン |
| 2. | 「きみもとべるよ!」(You Can Fly!) | サミー・カーン | サミー・フェイン | ザ・ジャド・コンロン・コーラス&ザ・メローメン |
| 3. | 「海賊ぐらし」(A Pirate's Life) | アードマン・ペナー | オリヴァー・ウォーレス | ザ・メローメン |
| 4. | 「リーダーにつづけ」(Following the Leader) | テッド・シアーズ ウィンストン・ヒブラー | オリヴァー・ウォーレス | ポール・コリンズ、トミー・ラスク&キャスト |
| 5. | 「インディアンはなぜ赤い?」(What Made the Red Man Red?) | サミー・カーン | サミー・フェイン | キャンディ・キャンディード&ザ・メローメン |
| 6. | 「あなたと私のママ」(Your Mother and Mine) | サミー・カーン | サミー・フェイン | キャサリン・ボーモント |
| 7. | 「フック船長はエレガント」(The Elegant Captain Hook) | サミー・カーン | サミー・フェイン | ハンス・コンリード、ビル・トンプソン&ザ・メローメン |
| 8. | 「フィナーレ(きみもとべるよ!)」(You Can Fly! (Reprise)) | サミー・カーン | サミー・フェイン | ザ・ジャド・コンロン・コーラス&ザ・メローメン |
| 9. | 「ワニをひやかすな」 | ジャック・ローレンス | フランク・チャーチル |
※「ワニをひやかすな」のみは、本編未使用楽曲。サウンドトラックに収録。
吹き替え
日本語吹き替え版に関して、コーラスは以下のグループが担当している。
- ボニー・ジャックス、ミンツ(TBS版)
- ミュージッククリエイション(1984年版・新ソフト版)
キャラクターの歌唱は基本的に担当声優が行っているが、以下のキャラクター(吹き替え)のみは別に歌手が起用されている。
- ウェンディ: 原恭子(1984年版)、鈴木佐江子(新ソフト版)
- 酋長: 筒井修平(1984年版・新ソフト版)
レコード
日本公開時に、日本語版のレコードがコロムビアレコードから発売された(品番:KK-5002)。収録曲は以下の通り。
製作
企画・構想
ウォルト・ディズニーは、ジェームス・マシュー・バリーが1904年に発表した戯曲『ピーター・パン』をよく知っていた[6]。これは、少年時代の1913年にミズーリ州でモード・アダムス主演によって行われた同作の巡回公演を観ていたからである[7][8]。
1935年、ウォルトは『白雪姫』に続く2作目の長編アニメーション映画として、『ピーター・パン』の映画化に初めて興味を示した[9][10]。
1938年、ウォルトの兄でスタジオの経営面を支えるロイ・O・ディズニーは権利取得に向け動き出し、バリーが死後に同作の著作権を託していたロンドンのグレート・オーモンド・ストリート小児病院へ交渉するも、パラマウント・ピクチャーズが既に映画化の権利を確保していた[11][12]。病院は、ディズニーとパラマウントの間で上手く契約を結ぶよう提案し、一時は難航するも、同年10月までにはパラマウントからアニメーション化の権利を購入することに成功。ドロシー・アン・ブランクにストーリーの開発を依頼した[13]。
1939年1月、ディズニーは正式に病院と5000ポンドの契約を締結[14]。既に脚本作業が始まっていたため、その年の5月までにウォルトは、どのアニメーターを参加させるかの検討に入っていたという[12]。
1939年4月にブランクが書いた最初の草稿は、バリーの小説版をもとに、映画はピーター・パンのバックストーリー(生い立ち)から始まる予定だった。しかし、翌月のストーリー会議で、ウォルトは「ピーター・パンが自分の影を取り戻すために家に来るところから物語そのものに入るべきだ。物語はそこから始まる。ピーターがどのようにして生まれたかは、また別の話だ」と話し、それに決定した[10]。ウォルトはまた、「ピーター・パンがウェンディの家に来るのは、ロスト・ボーイズの母親にしようとウェンディの誘拐を企んだため」というアイデアを出したが、「その筋書きは暗すぎる」と評されたため、原作戯曲に立ち返り「ピーター・パンが自分の影を取り戻しに来て、ウェンディ自身もネバーランドを見るのを心待ちにしている」という内容にした[10]。1940年初頭までに、『不思議の国のアリス』にも携わったデビッド・ホールが、最初のストーリーボードとコンセプトアートを作成した[8][15]。
1940年後半、ウォルトは、自身が少年時代に見た舞台版で主演していたモード・アダムスに直接連絡を取ろうとした[16]。彼女は既に引退し、スティーブンス大学で演劇を教えていたが、ウォルトは彼女にアニメ化の構想を伝え、初期のフィルムを見てもらいたいと思ったのである。しかし、アダムスはこの提案を拒否した[17]。1941年、ウォルトはケイ・ケイメンに宛てたメモの中でこの件を記しており「彼女は、私たちのフィルムを見るという礼儀すら示してくれなかった。彼女の返答は、『自分が作り出したピーターは、自分にとって現実の人生であり血肉だが、あなた方他人が作り出したこのキャラクターは、私にとってゴーストに過ぎない』というものだった。実に馬鹿げているように思えるし、私の見解では、アダムス嬢は単に過去に生きているだけだ。」と書いている[16]。
中断・再開
1941年までに、基本的なストーリー構成は完成していた[8]。だが、同年12月8日の真珠湾攻撃の後、ウォルト・ディズニー・プロダクションズを掌握したアメリカ軍はディズニーに、プロパガンダ映画などの制作を依頼した[18]。この影響で、『ふしぎの国のアリス』と共に『ピーター・パン』のプリプロダクション作業は中断となった(ただし、バンク・オブ・アメリカは第二次世界大戦中も『ピーター・パン』の制作を継続することを許可していた[19])[20]。終戦後、『ピーター・パン』はジャック・キニーを監督に据えて製作を再開。当時、キニーはディズニーを辞めてMGMのアニメーションスタジオに移籍することを検討していたが、戦時中の制限によりそれができず、キニーの才能を手放したくなかったウォルトによって、監督に任命された[21]。
製作が再開されたものの、プロジェクトは中々進まなかったといい、苛立ったウォルトは、ストーリーボードを作成する前に脚本全体を完成させるのではなく、シーンを順番に作業するようキニーに依頼した。そうすることで、朝のストーリー会議でシーンが承認され、すぐに開発に取り掛かることができるようになった。約半年後、会議でキニーは2時間半のプレゼンテーションを行ったが、その間ディズニーは黙って座っており、その後「『シンデレラ』について考えていたんだ」と述べた[22]。
1947年、それまで経営面でも困難になり止まっていた長編アニメーション映画のプロジェクトに対して、ウォルトは「戻りたい」と表明した。その頃に存在していた長編の企画は『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』と『ピーター・パン』の3つで、ウォルトはまず過去に成功を収めた『白雪姫』と作風が近い『シンデレラ』の制作にゴーサインを出した[23]。1949年5月、バラエティ誌は『ピーター・パン』の制作が再開されたと報じた[24]。再開は、『ふしぎの国のアリス』と同時であった。
再開後のウォルトはディズニーランド建設など多忙のため不在になることが増え、会議でのコメントも簡素になるなど、アニメーターたちを悩ませた。しかし、フランク・トーマスによれば、ウォルトはたびたび制作チームに素晴らしいアイデアをもたらし、オリー・ジョンストンによれば、それまでに蓄積された豊かな想像力とよく練られたキャラクターが、この相対的な不在を補っていたという[25]。
キャスティング
ウォルトは当初、ピーター・パン役にメアリー・マーティンを起用したがったが、ロイ・ディズニーは彼女の声が「重く、成熟していて、洗練されすぎている」として反対した[19]。最終的に、ディズニー初の契約子役で、『南部の唄』(1946年)、『宝島』(1950年)などに出演していたボビー・ドリスコルが起用された[26]。それまでは舞台・映画を問わず全ての媒体で「ピーター・パン役は女性が演じる」という伝統があったため、本作はこれを破った初の作品となった[8]。また、これがドリスコルの最後に出演したディズニー映画となった[27]。
ウェンディ役に関して、ウォルトは「優しく優雅な女性らしい」声を求めており、『ふしぎの国のアリス』(1951年)のアリス役だったキャサリン・ボーモントが起用された[8]。
フック船長役に関しては当初、ウォルトの希望からケーリー・グラントにオファーされ、グラントは興味を示したものの、最終的にはハンス・コンリードが起用された[19]。なお、コンリードは兼ね役でジョージ・ダーリングも演じているが、これは舞台版での伝統に倣ったためである[28]。
原作との差異
内容はバリーによる原作の戯曲および小説に沿った部分もあるが、その内容は大幅に変更されている。
原作の台詞がそのまま用いられたのは、フックがワニに狙われるようになった理由をスミーに話す下りのみであり、ウォルトは「劇のためバリー自身が書いた注釈や舞台指示の方が、台詞よりもずっと役立った」と述べている[29]。
冒頭の子どもたちのシーンは何度も変更された。原作のダーリング夫人がピーター・パンの影を見つけてダーリング氏に見せるというくだりは検討されたものの最終的に没となっている[10]。
バリーの原作戯曲では「フックがピーター・パンに毒を飲ませようと企むが、ティンカー・ベルが自ら毒を飲んでピーターを救い、彼女も劇場の観客の拍手の力によって蘇生する」という場面があるが、多くの議論の末、ウォルトは「この展開を映画で実現するのは難しい」と却下した[10]。
結末に関して、当時の製作陣には「続編を作りたくない」という意向があったため、原作の「ピーター・パンが何年も後に成長したウェンディと娘のジェーンに出会う」場面は意図的にカットされた。これに伴い、映像化を予定していた原作での、ウェンディがピーター・パンと別れる際に「私はあなたをずっと信じているわ」と言う場面は「多くの観客が二人が再び会えるのかどうか疑問に思い、続編の可能性を残してしまう」とカットされた[30]。
アニメーション
『白雪姫』(1937年)以降のディズニー・アニメーション作品と同様に、製作手法には実写を参考にするロトスコープが用いられた[31]。
ピーター・パンには声を担当するボビー・ドリスコルが起用されたが、主に顔などクローズアップのシーンであり、飛行シーンやアクションなどの全体像はダンス教師のローランド・デュプリーが担当した[32]。ティンカー・ベルはマーガレット・ケリーが担当し、ケリーは後に「必要なシーンすべてで両腕を広げて飛ぶふりをしなければならなかった」と語っている[33][8]。
ウェンディとフック船長は、それぞれ声を務めたキャサリン・ボーモント、ハンス・コンリードがそのまま起用された[8]。ハンスは、声の録音作業は数日間で終えたものの、ロトスコープのモデルは2年半務めている[34]。
キャラクター
ピーター・パンのアニメーションを担当したのは、ミルト・カールだった。カールによると、空に浮かぶアニメーションが最も難しかったという[8]。また、ピーター・パンの作画作業を観察していたウォルトが、アニメーターたちがボビー・ドリスコルの顔の特徴をキャラクターデザインに取り入れすぎていることに不満を感じ、カールに「男性的すぎるし、老けすぎている。何かがおかしい」と言ったことがあったといい、これにカールは「何がおかしいか知りたいの?…何がおかしいかって…、この場所に才能のある人がいないことさ」と答えたという[22]。
ダーリング家のうち、ウェンディはミルト・カールの下、ハーヴェイ・トゥームズによって描かれた。映画でピーター・パンを唯一のスターとすることを意識したウォルトによって、原作戯曲ではW主演の扱いであるウェンディを脇にするようにしたという[35]。ジョンとマイケルはエリック・ラーソンが担当し、ジョージ・ダーリングはジョン・ラウンズベリーが担当した。
フランク・トーマスはフック船長のアニメーションを担当することになったが、キャラクターに対する創作上のビジョンには当初、相反する見解があった。ストーリー・アーティストのアードマン・ペナーはフックを「非常に気取り屋で、力強さのない、派手な装いを好むダンディなタイプ。ある種、詐欺師のような人物」と捉えていた一方、共同監督のクライド・ジェロニミは、俳優のアーネスト・トレンスのような存在、つまり「威嚇的、意地悪で重厚なキャラクター」として見ていた。ウォルトはこの「コミカルな伊達男」か「気難しい悪役」のどちらにするか悩んだが、その後、試行錯誤され完成したトーマスによる最初のテストシーンを見て「僕好みの要素がある。彼のことを少しずつ理解し始めているようだ。もう少し、フランクに任せてみるのが良いと思う」と話し、キャラクターの方向性が決まった[36][37]。なお、ワニから逃げようとするフックなど特定の場面は、ウォルフガング・ライザーマンに任された[38]。トーマスは後に「フックは紳士で、純粋な悪人ではなくピーター・パンに対抗できるほど狡猾な人物でもあり、開発が難しい悪役だった」と回想している。
オリー・ジョンストンは、スミーのアニメーションを担当した。ジョンストンは、スミーのコミカルでありながらも恐怖に怯え、おべっかを使う性格を最もよく表現するため、『白雪姫』の小人のデザインをアレンジしたほか、スミーには何度も瞬きをさせた。ジョンストンの元師匠であるフレッド・ムーアは彼の下で働き、脇にいるスミーや人魚たち、ロストボーイズのアニメーションを担当した。この映画は、1952年11月22日に交通事故で急死したムーアの最後の作品となった[39]。
海賊のデザインはビル・ティトラ、アニメーションはウォード・キンボールが担当した。
ティンカー・ベルに関して、原作戯曲では照明を用いた飛び回る光の点として表現していたが、ウォルトは実在する目立つ、非常に女性的で魅惑的な若い妖精として描くことを選んだ。このキャラクターはマーク・デイヴィス[40]が担当したという証言がある一方で、レス・クラーク、フレッド・ムーアが担当したともされる。
犬のナナはバリーの原作を尊重しつつ、それまでのイメージであるオールド・イングリッシュ・シープドッグではなく、セント・バーナードに近い、それまでのディズニー作品に登場した犬を彷彿とさせるデザインとなった[41]。ナナのアニメーションは、プルートのアニメーターとして知られるノーム・ファーガソンが担当した。
この映画は、黎明期のディズニーを支えた9人のアニメーター「ナイン・オールドメン」が全員集った最後の作品となった[30]。
その他
ナナが一緒にネバーランドに行き、物語は彼女の視点から語られるという案があった。また、ジョンは「真面目で現実的で退屈」なため置き去りにすることも検討されたが、これに反対したストーリーアーティストのラルフ・ライトがウォルトを説得したという[10]。
ある時、「ピーター・パンの隠れ家でパーティーが開かれ、そこで屈辱を受けたティンカー・ベルが自らの意思でフック船長に隠れ家の場所を教えてしまう」というアイデアが生まれた。しかし、これがティンカー・ベルの性格に反すると感じたウォルトの意見から、フックがティンカー・ベルを誘拐し、彼女に真実を話すよう説得するという展開にした[10]。
初期の脚本には、『白雪姫』の小人たちのシーンに似た海賊と人魚の場面がもっと多く含まれていたが、最終的にはテンポ上の理由でカットされた[31]。また、フック船長がワニに食い殺されるシーンがあるなど、当初のコンセプトは完成版よりも少し暗いものだった[10]。
製作中、ウォルトの希望により、1924年の実写映画版でピーター・パンを演じたベティ・ブロンソンが演技の相談役として参加していた[42]。
最後のシーンは、冒険が実際に起こった出来事なのか、それともウェンディの夢の中の出来事なのかを観客の想像に委ねるように作られている[30]。
3年の歳月と400万$(14億4000万円)の費用を賭け、絵の数は200万枚、背景画は934枚。ウォルト・ディズニー・プロダクション創立30周年記念作品として公開された。
公開
1953年2月5日、ニューヨーク市のラジオシティ・ミュージックホールで初公開され、他の劇場でもドキュメンタリー短編『ベア・カントリー』との二本立てで劇場公開された[43][44][45]。
最初の劇場公開時に、アメリカ合衆国とカナダの配給会社から600万ドル[46]、海外で260万ドルの興行収入を上げた[47]。その後は何度も再公開が行われている。
日本での公開
日本では、1955年に字幕版で初公開された。その後、1963年には日本語吹き替え版による初公開が行われた。
1976年3月13日には、『東宝チャンピオンまつり』の特別企画「ディズニー・フェスティバル」のメイン作品として上映された[48][49]。本来『東宝チャンピオンまつり』は、ゴジラなどの東宝特撮映画をメインとした東宝系児童向けピクチャーであるが、本興行のみ変則的な編成となった[48]。同時上映は、ディズニー短編作品では『ドナルド・ダックの人喰いザメ』(『ドナルドの漂流記』改題版)・『ドナルド・ダックのライオン騒動』(『ドナルドのライオン騒動』改題版)・『ミッキーのがんばれ! サーカス』(『ミッキーのサーカス』改題版)・『チップとデールの怪獣をやっつけろ!』(『リスの怪獣退治』改題版)の計4本。また国産アニメでは『元祖天才バカボン』・『勇者ライディーン』・『タイムボカン』の計3本。
1984年には新吹き込みによる「新しい日本語版」で東宝から公開された[50]。1988年にはワーナー配給で再公開された。
日本でのテレビ放映
1983年1月4日、TBSテレビで、同年4月の東京ディズニーランド開園記念としてオリジナル吹き替えを制作し「世界初のテレビ放送」を謳い初放送された。
いずれの放送も本編ノーカットで、番組枠に合わせ本編以外の特別映像などが挿入されている。
- 1回目は、吹き替えに出演した榊原郁恵が進行するVTR等を放送。楽曲「キッズ・オブ・ザ・キングダム」のMVという形で、建設中である東京ディズニーランドの内部がテレビ初公開された。
- 2回目は、安住紳一郎、阿部美穂子、吉井怜が東京ディズニーランドから中継を行ったほか、同月公開の『ピーター・パン2 ネバーランドの秘密』の予告や吹き替え収録風景などが放送された。
- 3回目は、『アナと雪の女王 エルサのサプライズ』『ラプンツェルのウェディング』との3本立てで放送(予定)[51]。
※地上波放送・関東地区のみ記載。視聴率はビデオリサーチ調べ。関東地区でのデータ。
評価
初公開時より批評家からアニメーションを称賛され概ね好評を得たが、原作から離れすぎているとの声もあった[53][54]。
ニューヨーク・タイムズ紙のボズレー・クラウザーは、映画が原作劇に忠実でないことを批判し「物語はあるが、作者が明確に構想し、通常舞台で上演される『ピーター・パン』の精神はない」とした。しかし、アニメーションや色彩は「より刺激的で、声と唇の動きの同期など、技術的な特徴が非常に優れている」と称賛した[55]。
タイム誌は非常に高く評価し、「爽快な魅力と穏やかな喜びで輝く世界への、活気に満ちたテクニカラーの長編映画である」とした[56]。バラエティ誌は「魅惑的なクオリティの長編アニメーション。音楽はアクションとコメディの絶え間ない賑やかさを際立たせており素晴らしいが、歌はディズニー作品で通常見られるほど印象的ではない」と評した[57]。
ライフ誌は、それまでの原作戯曲などと比較しディズニーは後世にも影響を与えるいくつかの革新的な改変を行ったと評し、「ピーター・パンは女優が演じるという伝統を破ったこと」「それまで照明機材だけで表現していたティンカー・ベル、時計の音だけで表現していたワニを実際に登場させたこと」などを挙げている[58]。
イギリスの批評家・ブライアン・シブリーは、ディズニーのピーター・パンは「魅力と勇敢さはあるものの、原作の自己犠牲的な英雄主義に欠けている」と評したほか、フックは原作の「イートン校出身、それを皮肉った性格」が削除され「泣き言ばかり言う道化師」になったとしている。一方で、。ジョン・グラントはシブリーの主張に異議を唱え、原作のピーター・パンは妖精であるだけでなく、道徳観念のない人物であり、ディズニーはその点を映画でうまく捉えたとしたほか、フック船長についてはマーガレット・J・キングによる1972年の論文を引用し、ディズニーの悪役タイプの1つ、つまり原作と同じ「知的で風変わりな」タイプだったと述べている[59]。
映画評論家の淀川長治は、「オールド・ファンにとって、『ピーター・パン』はバリーの名作より大正13年ごろのサイレント映画版の方だろう。トーキーになってこれまで映画化されなかったのが奇妙だが、考えてみると、バリーは「ピーターパンが“女優”が演じないと気分が出ない」という注文を出していたという。ほんのりとした“夢”を持っていたあの時代と違い、映画がリアリズムになってきて、この演劇的なしきたりも困難になっていたのであろう」と述べた上で「ディズニーによる完璧なファンタジーで再び、1950年代のモダンな世界にバリーの“童心”をよみがえらせた」と評している。また、初公開時にハリウッドのパンテージズ劇場で鑑賞したことを明かし「席は大人半分、子供半分と云う⋯⋯まるで小学校の遠足の一行に加った賑やかさであった。チックタックとワニが海面すれすれで泳いで海賊を追っかけ始めると、もう大騒ぎで画面の台詞が聞こえないほどの子供たちの声援だった。なるほど、この騒ぎで見るとディズニーの『ピーター・パン』は見ていて涙がこぼれるほど“素晴らしい”のである。ピーターパンと海賊の岩上の一騎打ちは「それッ!」「もう一息だ!」「危い!」と、本当に子供と一緒に席から声をかけたくなった」としている[42]。
レビュー集計サイトのRotten Tomatoesでは、42人の批評家のレビューのうち79%が肯定的で、平均評価は7/10となっている。同サイトの総評は「J・M・バリーの物語の暗さを深く掘り下げてはいないものの、『ピーター・パン』は心温まる、活気に満ちた映画で、素晴らしい楽曲もいくつかある」となっている[60]。
価値観など
マーク・ピンスキーは、『ピーター・パン』で強調されている伝統的な価値観を考察し「伝統的な(北欧の)中流階級、そして何よりも母性愛の社会化力を称賛する作品である」としている[61]。この映画は、「母親は死んでいるか狂っており、父親は不在か疎遠である」ディズニーの他の多くの長編映画とは一線を画しており、裕福で円満な家族像を描いている。しかし、ピーターとネバーランドのロストボーイズでは、その逆である。ピーターは母親という存在とその定義を模索しており、ウェンディに自分の世界の母親になるよう提案する。隠れ家での場面は、母親とはどうあるべきかという教訓の場であり、その教訓は行動を伴っている。ウェンディは母親の役割を語りながら、兄弟たちの顔から戦いのペイントを拭い取り、それによって「野蛮の兆候」を排除するのである。ピンスキーにとって、この母のイメージは「文明化の担い手」と同義であるとしている[62]。
ピンスキーは他に、この映画での女性の嫉妬や虚栄心が伝統的なおとぎ話とは異なる形で描かれていると指摘している[62]。
映画の結末には教訓が込められている。「決して大人になりたくない」と宣言していたウェンディは、ネバーランドでの冒険を経て考えを変える。スーザン・ロクリー・グラハムは、『ピーター・パン』が「信仰の重要性と、子供のような目線で世界を見る必要性について語っている」と指摘している。ピーター・パンとロストボーイズは、イエスと使徒たちのパロディとして、大人になることを拒絶する非行少年の対極として描かれている。この「ピーターパン症候群」と呼ばれる拒絶は、グラハムによれば、共同体による救済という概念の否定であり、自身の救済が他者の救済と結びついているという考えへの拒絶である[62]。
インディアンに関する論争
高評価の一方で、ネイティブアメリカン(インディアン)をステレオタイプ的に描いていることは批判されている。
1995年、『ポカホンタス』の監督であるエリック・ゴールドバーグは、 「(1953年の映画に登場する)インディアンは皆カリカチュアだった」という自身の考えを表明した[63]。
特に、作中で披露される楽曲「インディアンはなぜ赤い?(What Made the Red Man Red?)」は、2014年以降に「人種差別的」と広く非難されている[64][65][66][67][68]。歌詞では、インディアンの男性が「赤い」のは「最初のインディアンの王子」が「メイド」にキスした後に顔を赤らめたためだとしている。また、「squaw」という言葉の使用、意味不明な発言、ラコタ族の挨拶「háu」を嘲笑する場面も含まれている[69][70]。映像には、ティピー、儀式用タバコ、イヌイットのエスキモー・キスなどが含まれる。複数の登場人物が、主人公ウェンディだけでなく、2人の異なるネイティブアメリカンの女性を指して、映画全体を通して「squaw」という言葉を使用している[68][71][72]。これらのように、服装などだけでなく、平原インディアンのティーピーとカナダ・インディアンのトーテムポール、南西部インディアンの据え置き型の太鼓を混在させて描くなど、風俗もデタラメなものであり、児童教育のための全米協会を始め、この映画をインディアンのステレオタイプを助長する映画として批判する団体・識者は多い。
アニメーターのマーク・デイヴィスは後に「もし今この映画を作っていたら、インディアンを登場させたかどうかは分かりません。もし登場させたとしても、当時のような描き方はしなかったでしょう」と述べている[31][73]。
2021年、ストリーミングサービスのDisney+では、本作を7歳以上の視聴者に限定した。ディズニーは、ネイティブアメリカンのキャラクターの描写が「ステレオタイプ」で「本物」ではないこと、そして彼らを「レッドスキン」と呼んでいることを理由に挙げている[74]。
その他
アメリカ合衆国では、『白雪姫』をはじめ一貫してディズニー作品の配給をしていたRKOが最後に配給した作品であることや、前述のようにアニメーターの「ナイン・オールドメン」が全員参加した最後の作品となったことなどから、ディズニーの長い歴史で「1つの時代を終わらせた」作品と評されることがある[30]。
マイケル・ジャクソンは本作を気に入っており、カリフォルニア州サンタバーバラにある邸宅「ネバーランド・ランチ」の名前はこの映画から取ったもので、そこには私設遊園地があった[30]。
ウォルト・ディズニー自身は完成作に不満を抱いていたとされ、「ピーター・パンというキャラクターが冷酷で好感が持てない」と感じていたという。一方で、原作の専門家たちは「ピーター・パンはもともと冷酷な社会病質者として描かれていた」と主張し、本作を成功作としている[30]。
影響
フック船長の鉤爪は原作では右手であるが、本作では「アニメーションとして動かしづらい」との理由で左手となり、以後は左手が鉤とした舞台や映画が増える事になった。
脚本家のロナルド・D・ムーアは本作に強く影響を受け、『GALACTICA/ギャラクティカ』シリーズのテーマである「時間の循環性」のインスピレーション元として挙げ、映画の冒頭の台詞「これらすべては以前にも起こったし、またすべて起こるだろう」を文化の聖典の重要な信条として用いている。
作曲家の加藤達也は、幼少期の1983年にテレビ放送で見た本作に影響を受けたとしている。録画し繰り返し見たと話すほか「ディズニー作品における、ミュージカル調のフィルムスコアリングの見せ方――もちろん、手法自体はバーナード・ハーマンが音楽を手がけたヒッチコックの時代からあるわけですが――は、自分の中にも深く根付いていて、音楽的な引き出しとしても非常に大きいですね」と話すほか、この時のTBS版吹き替えに思い入れがあることを明かし「今のバージョンを見ると違和感しかなくて(笑)」と明かしている[75]。