石森達幸

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本名 石森 達幸[1](いしもり たつゆき)[2][3][4]
愛称 言論のじじい[5]
性別 男性
いしもり たっこう
石森 達幸
プロフィール
本名 石森 達幸[1](いしもり たつゆき)[2][3][4]
愛称 言論のじじい[5]
性別 男性
出身地 日本の旗 日本長崎県西彼杵郡高島町(現長崎市端島[6]
死没地 日本の旗 日本
生年月日 (1932-01-11) 1932年1月11日
没年月日 (2013-06-05) 2013年6月5日(81歳没)
血液型 B型[7]
職業 声優俳優ナレーター
事務所 アーツビジョン(最終)[8]
公称サイズ(時期不明)[9]
身長 / 体重 163[10] cm / 64 kg
声優活動
活動期間 1960年代 - 2013年
ジャンル アニメゲーム吹き替えナレーション
俳優活動
活動期間 1940年代 - 2013年
ジャンル 舞台
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

石森 達幸(いしもり たっこう、本名および旧芸名の読みはいしもり たつゆき[2][11]1932年1月11日[1][9][12][13] - 2013年6月5日[3][4][14][15])は、日本声優俳優ナレーターアーツビジョン所属[8]長崎県西彼杵郡高島町(現長崎市端島出身[6]

長崎県西彼杵郡高島町(現長崎市端島で生まれ育ち[6]、幼少期は2号棟に住んでいた[16]

戦時中は長崎市の高校に寮生活をしながら通っていたが、長崎市での原爆時は端島に帰郷していた[16]。終戦後は端島を離れた[6]

14歳の時に役者の世界に入る[17]。キャリアは60年以上と長い[17]。長崎の高校を卒業後、役者を目指して上京[6]

日本大学卒業[9]テアトル・エコーの創設メンバーの1人[8]。1956年、文学座アトリエ劇団草の会入団[11]。劇団統合により、俳優座アトリエ劇団同人会所属[11]。1961年に退団後は東京俳優生活協同組合に所属[11]。その後、演協プロ[18]、太陽プロモーションを経て、最後はアーツビジョンに所属していた[8]

2012年末まで活動し、晩年は普通に生活していたが、2013年6月5日、心不全のため死去[3][4][14][15]。81歳没。

人物・特色

声種バリトン[18]方言長崎弁[8]

ラジオ時代から声優として活動[19]

張りのある豊かな声の芝居が魅力的[20]。味のある老人役を演じ[21]、「言論のじじい」の愛称で親しまれていた[5]

巨人の星』と『侍ジャイアンツ』の両方の作品では、王貞治役を演じた[22][23]

『廃墟賛歌 軍艦島オデッセイ -廿世紀未来島を歩く-』では自らが軍艦島出身であることを前面に押し出し、声の出演に留まるものの、当時は高島町立端島小学校・中学校時代は勉強しないで部活ばかりしており、県大会に出場したこと、遊廓があったことや石森が働いていた炭鉱で事故が起こり、鉱夫が亡くなったこと、閉鎖から本土に渡った経緯など、自身で多くを語った[6]

大塚芳忠ら後輩からは恐れられつつも慕われていた[要出典]

趣味・特技は読書[13]映画鑑賞[8]。資格は普通自動車免許[24]

代役・後任

石森の病気療養中や死後、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。

代役・後任役名概要作品代役・後任の初担当作品
大川透 センゴク ONE PIECE 第703話
野島昭生 検事 ポリス・ストーリー/香港国際警察』フジテレビ版 BD追加録音部分
清川元夢 原伊丹守 便秘之助 忍たま乱太郎 第19期
チョー 多田堂禅 第24期
野川雅史 フリントハート・グリムゴールド わんぱくダック夢冒険 ダックテイルズ
松山鷹志 きりふき仙人 それいけ!アンパンマン TBA
二又一成
露崎亘 ファーンズワース長官 ネメシス 完声版追加録音部分
佐藤せつじ 組分け帽子 ハリー・ポッターシリーズ ホグワーツ・レガシー
茶風林 アプリゲーム『ハリー・ポッター:魔法の覚醒

出演

脚注

外部リンク

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