お引越し (映画)
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| お引越し | |
|---|---|
| Moving | |
| 監督 | 相米慎二 |
| 脚本 |
奥寺佐渡子 小此木聡 |
| 原作 | ひこ・田中 |
| 製作 |
伊地智啓 安田匡裕 |
| 出演者 |
中井貴一 田畑智子 桜田淳子 |
| 音楽 | 三枝成彰 |
| 撮影 | 栗田豊通 |
| 編集 | 奥原好幸 |
| 製作会社 | [1] |
| 配給 | [1] |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 124分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
『お引越し』(おひっこし)は、1993年(平成5年)の日本映画[2][3][4][5]。ひこ・田中の同名小説の映画化[2]。田畑智子のデビュー作品であり[6][7][8]、桜田淳子の最後の出演作品である。揺れ動く11歳の少女の気持ちの葛藤と成長を、周囲の人々との交流を交えて描くホームドラマ[6][9][10][11][12]、青春映画[13]。
第46回カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、公開から30周年の2023年には、4Kデジタルリマスター版が第80回ヴェネツィア国際映画祭のクラシック部門で上映。最優秀復元映画賞を受賞した[6]。
キャスト
スタッフ
製作
企画
読売テレビ放送の第一回製作作品[2]。読売テレビを始め、関西の人たちがお金を集めて『好きな映画を好きなように作って下さい』と申し出があり、企画がスタートした[11]。原作者ひこ・田中が小説を書いている段階で映画化されるなら相米慎二監督で、と夢想していたといわれる[2]。
キャスティング
主人公・漆場レンコ役のオーディションは1992年の秋、読売テレビであり[2]、8,000名を超える応募者の中から当時小学6年生の11歳の田畑智子が選ばれた[2][7]。2013年2月1日に渋谷ユーロスペースで行われた相米の特別上映のトークショーで田畑は、両親が営む料亭に相米監督と数人のスタッフが来て、姉と従妹とホールに来てくれと言われ、そこに20人くらいスタッフがいて「東京に来てくれと言われた」と話している[2]。相米は「妹(田畑智子)じゃないなら映画はやらない」とゴネていたという[2]。田畑はズブの素人にも拘らず、厳しい相米演出に負けない役者根性と演技を見せ[2]、本作でこの年の多くの映画賞で新人賞を受賞し[2]、その後も実力派女優に成長した[2]。東映草創期のお姫様女優・千原しのぶが約20年ぶりに映画出演。キャストにクレジットされる遠野なぎこと円広志がどこに出ているのかは分からない。
撮影
撮影にアメリカ映画界で活躍していたカメラマン・栗田豊通を迎えた[8][10]。2024年にBunkamuraル・シネマ渋谷宮下で開催された相米の先行上映イベントで、登壇した同じディレカンのメンバーだった黒沢清監督は「撮影した『お引越し』栗田豊通さん、『夏の庭 The Friends』篠田昇さんの力と、相米さんが俳優の演技よりも“光”を優先している結果が繋がっているのだと思う」と述べた[11]。田畑が小学生のため、撮影は田畑の夏休み1992年の7月8月を中心に51日[2][7]。クランクアップは同年9月14日[2]。撮影前に長いリハーサルがあり、リハーサル開始は同年5月31日[2]。田畑は都度都度上京しカメラテストの他、坂道を走るシーンも多いことから、中目黒近辺の坂道を何度も走らされたという[2]。また助監督の原正弘や成島出が田畑の下校時間に迎えに来て、公園で大きな声を出す練習をしたり[2]、堂に入ったボクシングシーンは学校が終わった後、立命館大学のボクシング部に練習に通わされた[2]。主舞台は京都[2][5]。漆場レンコ(田畑)が小学校の休憩時間に賀茂大橋を走って自宅に帰るシーンがあり[11]、レンコの父・ケンイチ(中井貴一)、母・ナズナ(桜田淳子)が別居し、母子(田畑)で暮らす一軒家はこの近辺設定で、実際の民家を借り切ってスタッフ50人が中に入り撮影した[2]。冒頭レンコ(田畑)とケンイチ(中井)の絡みは賀茂川土手[2]。ほぼ京都での撮影ながら田畑はスタッフと合宿し実家に帰してもらえず[2]。2020年代の今日ほど観光客は溢れてはいないが[5]、実際の大文字山をバックにした撮影などは、車量、人の数からして正気の沙汰ではなかったが、相米組はそれを平然と実行したという[5][13]。他に滋賀県内のロケも多く、琵琶湖への行き帰りの田畑と桜田の電車内シーンは湖西線で1992年9月14日に撮影が行われた[2]。他に永源寺町市野原万灯祭[1]、大津市建部大社の船幸祭[1]。琵琶湖のロイヤルオークホテルではホテルの内部でも撮影が行われている[1]。ホテル前の琵琶湖湖畔の護岸で田畑と中井が話す4分のクレーン撮影他、相米演出の特徴として語られる長回しも多いが[9]、極端に長い長回しはない。
レンコ(田畑)目線で映画は描かれ、田畑は出ずっぱりで、田畑以外の役者が単独で出るシーンはほとんどなく、全てのシーンが田畑一人か田畑と誰かの絡み[2]。相米監督は演出意図として「半分はあの子のドキュメントでもあるから。だからそのドキュメント具合がどれだけフィクションの中に収まり切れているか。はみ出してくれたらはみ出してもいい訳だし、はみ出せばレンコというドキュメントにもなる」などと述べている[2]。子供にビンタをさせ合ったり、雨の中、下り坂を全力疾走させたり、ノーヘルでバイクの後ろに乗せたり、危なそうな撮影も多い[7]。後半の田畑が一晩中山の中を歩き続ける場面は、相米以外はカメラマンも他のスタッフも何をやりたいのか分かっていなかったという[2]。台本ではそこまで人が歩けないような藪の中を歩くとは書かれてはおらず[2][7]、何日かに分けて滋賀県に近い色々な山で撮影し、急な斜面を登らせ、泥まみれになったと田畑は話している[7]。このシーンは「自我に目覚めた彼女の内面を幻想的に描写」とも論じられ[10]、竹島ルイは通過儀礼と論じている[11]。中盤に川でドジョウを取るシーンと墓参りのシーンで、田畑が井上陽水の「東へ西へ」を口ずさむ(ノンクレジット)[注 1]。2010年の第12回東京フィルメックスの特集上映として開催された相米慎二の回顧上映のトークショーに出席した田畑は「今考えても、あれほど辛い現場はありません。監督は、いつも竹刀持って歩いてるんです。あれで叩かれるのかと思って逃げてましたね。いつも名前じゃなくて"ガキンチョ"とか"タコ"とか呼ばれて。毎日、泣いてました。演技についても『もう一回』と言うだけで、『どこが悪い」と具体的には言ってくれないんです」などと述べた[2][7]。撮影終了後は「二度とやるもんか」と思ったと述べ[7]、以降も完成作品を公開時に観たきりで長く観てなく、観たのは第12回東京フィルメックスでトークショーに上がった前日[2][7]。見直すとセリフを全部今でも覚えていたことにビックリしたという[2][7]。
作品の評価
批評家評
野沢尚は「桜田淳子はイイ女優だ。肩肘張って生きてきて、ちょっとぐらいの甘い言葉にはもう心は動かされない女をよく表現している。宗教問題で仕事からスポイルされるのだとしたら、本当に惜しい」などと評している[14]。
受賞歴
- 第67回キネマ旬報ベスト・テン
- 第48回毎日映画コンクール
- 日本映画優秀賞
- 女優助演賞 (桜田淳子)
- スポニチグランプリ新人賞 (田畑智子)
- 第3回東京スポーツ映画大賞 作品賞
- 第18回報知映画賞
- 新人賞 (田畑智子)
- 助演女優賞 (桜田淳子)
- 第17回日本アカデミー賞 優秀編集賞(奥原好幸)
- 2023年第80回ヴェネツィア国際映画祭クラシック部門 最優秀復元映画賞(4K デジタルリマスター版)[15][6]
招待
凱旋上映
2023年に4K デジタルリマスター版が第80回ヴェネツィア国際映画祭のクラシック部門で上映され、最優秀復元映画賞を受賞[3][5][6]。その後フランスで劇場公開され、当初の数館から130館以上に公開拡大された[3]。フランスの新聞・『ル・モンド』の一面で取り上げられるなど[4][13]、当地のメディアから絶賛された[3][4]。フランスの他、台湾やアメリカ、オランダ、スイスでも上映された[2][5][13]。これを受け、『夏の庭 The Friends』と共に2024年暮れから渋谷Bunkamuraル・シネマを皮切りに全国順次凱旋公開された[2]。