ちはや (潜水艦救難艦・初代)

From Wikipedia, the free encyclopedia

ちはや
基本情報
建造所 三菱日本重工業横浜造船所
運用者  海上自衛隊
艦種 潜水艦救難艦 (ASR)
次級 ふしみ (潜水艦救難艦)
艦歴
計画 昭和34年度計画
発注 1959年
起工 1960年3月15日
進水 1960年10月4日
就役 1961年3月15日
1985年2月27日(特務艦に種別変更)
除籍 1989年2月28日
要目
基準排水量 1,340 t
満載排水量 1,850 t
全長 73.0 m
最大幅 12.0 m
深さ 6.7 m
吃水 3.9 m
機関 2,700馬力
主機 三菱横浜MAN G6Z52/70ディーゼルエンジン×1基
出力 2,700馬力
推進 スクリュープロペラ×1軸
速力 15ノット
乗員 90名
搭載艇 9メートル作業艇×2隻
レーダー OPS-4D 対水上捜索用
ソナー AN/SQS-11A 捜索用
その他
  • レスキュー・チェンバー
  • 4点係留装置
テンプレートを表示

ちはやローマ字JDS Chihaya, ASR-401ASU-7011)は、海上自衛隊潜水艦救難艦。計画番号はA101[1]

艦名は千早城に由来し、この名を受け継いだ日本の艦艇としては3代目。

発足当時の海上自衛隊は潜水艦を保有していなかったが、1954年5月に締結された日米艦艇貸与協定の追加として、1955年1月、潜水艦1隻の貸与が告示された。これによって貸与されたのがガトー級潜水艦ミンゴ」であり、「くろしお」として再就役した[1]。海上自衛隊では、同艦の取得時より事故発生の際に対処できる救難艦の必要性を意識し、諸外国の救難艦について研究を重ねていたが、初の国産艦である「おやしお」(31SS)が建造途上にあった昭和34年度計画で1隻の建造が認められた。これによって建造されたのが本艦である[2]

設計

潜水艦救難艦は、海上自衛隊はもちろん旧海軍にも前例がない艦種であったことから、設計・建造には多くの苦労があった。コスト低減の必要から設計手法は商船構造、船型は2層の全通甲板を有する遮浪甲板型とされている[1]

主機関としては、同時期の他の補助艦艇と同様に2サイクル商用舶用機関を採用しており、本艦では直列6気筒三菱横浜MAN G6Z52/70ディーゼルエンジンによる1基1軸推進とした[3]。なお推進器には、操縦性を考慮して可変ピッチ・プロペラが採用されている[4]

装備

艦歴

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI