アドニス・ガルシア

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国籍ベネズエラの旗 ベネズエラへ亡命)
生年月日 (1985-04-12) 1985年4月12日(40歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
190 lb =約86.2 kg
アドニス・ガルシア
Adonis García
アトランタ・ブレーブス時代
(2015年7月29日)
基本情報
国籍ベネズエラの旗 ベネズエラへ亡命)
出身地  キューバ
シエゴ・デ・アビラ州
生年月日 (1985-04-12) 1985年4月12日(40歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手二塁手外野手
プロ入り 2012年 アマチュア・フリーエージェントとしてニューヨーク・ヤンキースと契約
初出場 MLB/ 2015年5月19日
KBO/ 2018年3月24日
最終出場 MLB / 2017年10月1日
KBO/ 2018年10月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ

アドニス・ガルシア・アリエータAdonis García Arrieta, 1985年4月12日 - )は、キューバ共和国シエゴ・デ・アビラ州出身の元プロ野球選手二塁手三塁手外野手)。右投右打。

弟のアドリス・ガルシアもプロ野球選手。

キューバ時代

キューバの国内リーグであるセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルに出場当初は傑出した成績ではなかったが、2005-2006シーズンのみ隣州チームのナランハス・デ・ビジャ・クララに移籍。元のティグレス・デ・シエゴ・デ・アビラ所属に戻った翌2006-2007シーズンから頭角を表し、リーグ屈指の内野手に成長した。

国際大会では、2009年7月のロッテルダムで開催されたワールドポート・トーナメントにB代表の一員として参加し、三塁手としてベストナインに輝いた。

2011年1月、ベネズエラ亡命した[1]。2011年から2012年にかけての冬の時期はベネズエラのウィンターリーグ"リーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル"のこのシーズンの優勝チーム、ナベガンテス・デル・マガリャーネスでプレー。カリビアンシリーズでも93打数打率.376と活躍し、オールスターチームの中堅手に選出された[2]

2011年8月に居住権を確立する際に虚偽の身分証明書を提出したとして、メジャーリーグベースボール(MLB)から6ヶ月間の署名資格剥奪処分を受けた。

プロ入りとヤンキース傘下時代

2012年5月2日にニューヨーク・ヤンキースと1年40万ドルのマイナー契約を結んだ[3]。A+級タンパ・ヤンキースで20試合に出場し、打率.236・1本塁打・15打点だった。8月にAA級トレントン・サンダーへ昇格。同球団では28試合に出場し、打率.288・4本塁打・14打点・2盗塁だった。

2013年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキース(ヤンキース1・ヤンキース2)でプレー後、7月にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースへ昇格。AAA級スクラントン・ウィルクスバリでは50試合に出場し、打率.256・3本塁打・10打点・4盗塁だった。

2014年もAAA級スクラントン・ウィルクスバリでプレーし、86試合に出場して打率.319・9本塁打・45打点・11盗塁だった。

2015年4月1日にFAとなった[4]

ブレーブス時代

2015年4月9日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級グウィネット・ブレーブスに配属された[5]。5月18日にメジャー初昇格を果たし[6]、翌19日のタンパベイ・レイズ戦でメジャーデビュー[7]。以後、三塁手のレギュラー格の1人として起用され、58試合の出場ながら10本塁打を放った。一方で、選んだ四球が僅かに5つで出塁率は.300に届かず、選球眼に課題を残した。守備は粗く、42試合で守りに就いて10失策 (守備率.896) ・DRS -3という内容だった。

2016年は同じキューバ出身のエクトル・オリベラが左翼手へコンバートされ、正三塁手となった[8]。同年は134試合に出場して規定打席にも到達し、打率.273・14本塁打・65打点・3盗塁・OPS0.717を記録した。2年連続2ケタ本塁打をクリアしたが、出場試合数からすれば生産ペースが低下した。サードの守備はイマイチで、123試合で全ポジションでもワースト4位タイの18失策を犯し、守備率.939・DRS -7・UZR -1.8という内容だった。また、4試合で守ったレフトではDRS -2・UZR -0.5だった。

2018年1月10日に自由契約となった[9]

LGツインズ時代

2018年1月13日にKBOリーグLGツインズと契約した。

同年は故障が相次ぎLGで50試合の出場にとどまった。同年限りで退団した。

メキシカンリーグ時代

2019年メキシカンリーグメキシコシティ・レッドデビルズと契約した。5月8日にFAとなる。7月2日にティフアナ・ブルズと契約した。7月29日にトレードでドゥランゴ・ジェネラルズに移籍。

詳細情報

年度別打撃成績

[10]

















































O
P
S
2003-2004 CAV 5288811723300267012050071.284.326.321.647
2004-2005 561691522837601462241201015234.243.311.303.614
2005-2006 VCL 571491272332411411333301207155.252.349.323.672
2006-2007 CAV 62214200285784588246452314219.285.306.440.746
2007-2008 8132928252100152181736112854286104312.355.426.6131.039
2008-2009 773643227910720016175711361427310499.332.397.543.940
2009-2010 84344308551031842119267178022866437.334.398.6231.022
2015 ATL 5819819120531201095260002500359.277.293.497.790
2016 134563532651452901421665320024469318.273.311.406.717
2017 52183173194140560194001702239.237.273.347.620
CNS:7年 4691657147228245974116274126555311812113174220147.312.375.503.878
MLB:3年 244944896104239450293711107203364815136.267.300.414.714
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

記録

MLB

初記録

KBO

初記録

背番号

  • 14(2015年 - 同年途中)
  • 24(2015年途中 - 同年終了)
  • 13(2016年 - 2017年)
  • 3(2018年)
  • 43(2019年 - )

代表歴

  • 2009 ワールド・ポート・トーナメント キューバ代表

脚注

関連項目

外部リンク

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