ウィル・ベナブル

アメリカの野球選手、監督 (1982 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ウィリアム・ディオン・ベナブルWilliam Dion Venable, 1982年10月29日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州マリン郡グリーンブリー英語版出身の元プロ野球選手外野手)、野球指導者。左投左打。現在は、MLBシカゴ・ホワイトソックスの監督を務める。

出身地 カリフォルニア州マリン郡グリーンブリー英語版
生年月日 (1982-10-29) 1982年10月29日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
概要 シカゴ・ホワイトソックス 監督 #1, 基本情報 ...
ウィル・ベナブル
Will Venable
シカゴ・ホワイトソックス 監督 #1
サンディエゴ・パドレスの選手時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州マリン郡グリーンブリー英語版
生年月日 (1982-10-29) 1982年10月29日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2005年 MLBドラフト7巡目
初出場 2008年8月29日
最終出場 2016年7月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
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父のマックス・ベナブルも元メジャーリーガーで、日本プロ野球千葉ロッテマリーンズにも所属した。弟のウィンストン・ベナブル英語版は元NFL選手。

経歴

プロ入り前

父のマックスが千葉ロッテマリーンズに所属していた1992年および1993年は自身も来日し、日本での生活を経験している。

サンラファエル高等学校英語版から全米で最高入学難易度である「最も入学が難しい大学(Most Selective)」にランクされているプリンストン大学へ進学。大学では一時バスケットボールに没頭し、アイビー・リーグ選抜に選ばれるなど才能も持っていたが、両親の意向もあり大学在学途中で野球に専念。そして野球においてもアイビー・リーグ選抜となった。大学では文化人類学を専攻し、卒論のテーマは来日当時の記憶も含めて記したという「日米野球文化比較」だった。

2004年MLBドラフト15巡目(全体439位)でボルチモア・オリオールズから指名されたが、契約には至らなかった。

プロ入りとパドレス時代

サンディエゴ・パドレスでの現役時代
(2014年2月8日)

2005年MLBドラフト7巡目(全体218位)でサンディエゴ・パドレスから指名され、6月17日に契約。この年は傘下のルーキー級アリゾナリーグ・パドレスとA-級ユージーン・エメラルズ英語版でプレー。A-級ユージーンでは42試合に出場して打率.216、2本塁打、14打点、2盗塁を記録した。

2006年はA級フォートウェイン・ウィザーズ英語版でプレーし、124試合に出場して打率.314、11本塁打、91打点、18盗塁を記録した。

2007年はAA級サンアントニオ・ミッションズで134試合に出場して打率.278、8本塁打、68打点、21盗塁を記録した。

2008年はAAA級ポートランド・ビーバーズで開幕を迎え、120試合に出場して打率.292、14本塁打、58打点、7盗塁と好成績を残し、8月29日にパドレスとメジャー契約を結んだ[1]。同日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー。6番・中堅手として先発起用され、4打数1安打1三振だった[2]。この年メジャーでは28試合に出場して打率.264、2本塁打、10打点、1盗塁を記録した。

2009年2月27日にパドレスと1年契約に合意[3]。この年は主に右翼手として95試合に出場。89三振と粗さが目立ったものの、12本塁打を放った。

2010年3月3日にパドレスと1年契約に合意[4]。自己最高の131試合に出場。前年から打率を低下させ、前年と同様に、試合数とほぼ同等となる128個の三振を喫した一方、2年連続での二桁本塁打を記録。また、三塁打7本、盗塁29を記録するなど、足の速さも発揮した。

2011年2月27日にパドレスと1年契約に合意[5]。開幕後は40試合に出場したが、打率.224と低迷し、5月23日にAAA級ツーソン・パドレス[6]へ降格した[7]。6月9日に再昇格[8]。この年は121試合に出場して打率.246、9本塁打、44打点、26盗塁を記録した。

2012年1月17日にパドレスと147万5000ドルの1年契約に合意[9][10]。この年は148試合に出場して打率.264、9本塁打、45打点、24盗塁を記録した。

2013年1月18日にパドレスと267万ドルの1年契約に合意[11][12]。この年は151試合に出場して打率.268、3年ぶりの二桁本塁打となる22本塁打、53打点、22盗塁を記録した。9月3日にパドレスと総額850万ドルの2年契約に合意した[13][14]

2014年は、5年連続二桁盗塁となる11盗塁を決め、引き続きスピードは健在だったが、一方で20盗塁以上の継続が2013年までの4年でストップ。打撃面ではメジャーデビュー以来、自己最低の打率.224に加え、8本塁打・33打点と不振を呈した。一方守備面では、外野3ポジションを守って無失策守備率1.000、DRS +8を記録し、ハイレベルな守備を発揮した。

2015年は98試合に出場して打率.258、6本塁打、30打点、11盗塁(1盗塁死、成功率92%)という、まずまずの成績を残していた。外野守備では中堅手をメインに外野の全ポジションを守ったが、通算DRS - 6に終わるなど、イマイチの調子だった。

レンジャーズ時代

2015年8月18日にマーカス・グリーンジョン・エドワーズとのトレードで、テキサス・レンジャーズへ移籍した[15][16]。レンジャーズ加入後はバットが湿りがちで、37試合で打率.182・3打点という低調な内容に終わった。守備では、引き続き外野3ポジションを全て守り、DRS +1を記録。パドレス時代との合算では、135試合に出場して打率.244、6本塁打、33打点、16盗塁という成績を記録し、連続二桁盗塁を6年連続に伸ばした。同年11月2日にFAとなった[17]

フィリーズ傘下時代

2016年2月26日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[18]が、3月27日に自由契約となった[19]。3月28日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[20]

開幕後は傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスでプレーしていたが、6月11日に自ら選んで契約を途中で放棄する「オプトアウト」を行使した[21]

ドジャース時代

2016年6月14日にロサンゼルス・ドジャースとメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[22]。6月24日にDFAとなり[23]、翌25日にマイナー契約で傘下のAAA級オクラホマシティ・ドジャースへ配属された[24]。7月1日にジョク・ピーダーソンの故障者リスト入りによってメジャー契約を結んで昇格したが、7日に今度は柳賢振をアクティブ・ロースターに登録するために再びDFA[25]、11日にマイナー契約でAAA級オクラホマシティへ配属となった。オフの11月7日にFAとなった[26]

引退後

2017年9月6日にシカゴ・カブスGM特別補佐へ就任した[27]。11月21日には、2018年シーズンからカブスの一塁コーチを務めることが発表された[28]2020年シーズンからは三塁コーチに転任となる[29]

2020年11月、ボストン・レッドソックスのベンチコーチに就任することが発表された[30]

2022年11月、ブルース・ボウチー監督の補佐として、翌シーズンからテキサス・レンジャーズのスタッフに就任することが発表された[31]

2024年10月31日、グレイディ・サイズモア暫定監督の後任として、シーズンで121敗を喫したシカゴ・ホワイトソックスの監督に就任した[32]

詳細情報

年度別打撃成績

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O
P
S
2008 SD 281241101629422431011011310211.264.339.391.730
2009 953242933875142121293861202524896.256.323.440.763
2010 131445392609611713160512970545831283.245.324.408.732
2011 1214113704991147914644263143145922.246.310.395.704
2012 14847041762110268917945246524125942.264.335.429.765
2013 1515154816412922822233532262129421186.268.312.484.796
2014 14644840647911328132331163233241076.224.288.325.613
2015 983082833473103610730111002510738.258.318.378.696
TEX 37826661230015350201222210.182.325.227.552
'15計 1353903494085133612233161203732948.244.320.350.669
2016 LAD 1219182110020000000150.056.105.111.216
MLB:9年 9673146283637870711839811146307135311515254262674834.249.315.404.719
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年度別守備成績

一塁守備
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一塁(1B)












2010 SD 110001.000
MLB 110001.000
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外野守備
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左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)




































2008 SD -27841001.000-
2009 65010.83316301001.00068123210.992
2010 23410001.0002556010.98289144131.980
2011 770001.00014221001.00091147222.987
2012 1010010.90921280001.000114171160.966
2013 -80132010.99297139321.986
2014 640001.000761462001.000751041001.000
2015 11160001.00057117210.9921671001.000
TEX 28251001.000660001.00050000----
'15計 39411001.00063123210.9922171001.000
2016 LAD 110001.000-450001.000
MLB 92109120.982322621730.99555984011144.984
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年度別監督成績

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年度球団地区年齢試合勝利敗戦勝率順位/
チーム数
備考ポストシーズン
勝敗
2025 CHWAL 中 42歳16260102.3705 / 5-
MLB:1年 16260102.370 0勝0敗
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  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はプレイオフ進出(ワイルドカードを含む)。
  • WS…ワールドシリーズ、LCS…リーグチャンピオンシップシリーズ、DS…ディビジョンシリーズ、WC…ワイルドカードゲーム(ワイルドカードシリーズ)。

表彰

背番号

  • 25(2008年 - 2015年途中、2016年、2018年 - 2019年8月7日、2020年)
  • 30(2015年途中 - 同年終了)
  • 99(2019年8月8日 - 同年終了)
  • 86(2021年 - )

脚注

関連項目

外部リンク

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