エスカル御殿

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本名 傳 政春
通称 プチリアルプロレスラー
The Legendary man
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1970-03-31) 1970年3月31日(56歳)
エスカル御殿
基本情報
本名 傳 政春
通称 プチリアルプロレスラー
The Legendary man
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1970-03-31) 1970年3月31日(56歳)
出身地 秋田県秋田市
所属 闘龍門
秋大プロレス研究会
秋霜会
→サイトー會館。
身長 173cm
体重 65.6kg
リーチ 178cm
階級 ウェルター級
ライト級
フェザー級
バックボーン サンボ学生プロレス
テーマ曲スカイ・ハイ
ジグソー
「AOcorner」
青西高嗣
「PANDORA」
「Knock You Out!」
私立恵比寿中学
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秋霜會1999
YouTube
チャンネル
活動期間 2022年6月22日 -
ジャンル スポーツ
登録者数 2,029人
総再生回数 602,453 回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2026年4月4日時点。
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エスカル御殿(エスカルごでん、1970年3月31日 - )は、日本男性総合格闘家秋田県秋田市出身。サイトー會館代表会員(會聖)。ブラジリアン柔術青帯。アマチュアキックボクシング 第2代BRAVE OVER50 ミドルエイジ中量級王者。

1998年、秋田県内の格闘技愛好家たちと、柔術寝技などの練習同好会『秋霜会[1]』(のちのサイトー會館)を設立。まだアマチュア格闘技が一般的でなかった時代、地方都市において格闘技の火を灯すべく活動を本格化させた。

2000年3月20日、30歳を目前にアマチュア修斗公式戦へ初出場を果たす[2]。以来、年齢的な不利をものともせず、東北各地の競技会へ精力的に参戦を続け、秋田県におけるアマチュア格闘技の草創期を支えた選手の一人と目される。

46歳を過ぎてもなお『アマチュア修斗東北選手権』を3度制覇。ついには国内最高峰である全日本選手権の舞台にも立った。

アマチュア修斗の規定により、50歳を超える者の試合出場は認められないため [3]2020年度をもって定年を迎え引退する予定だった。しかしアマチュア修斗委員会の特別措置により、プロ昇格を懸けたトライアウトマッチの機会を得る。そして2021年3月28日、佐藤ルミナが代表を務める修斗オフィシャルジム「ROOTS」にて、この一戦に挑んだ。勝てばプロライセンスを取得し、現役を続行できる唯一の道であったが、キャリア初のKO負けを喫し、51歳の誕生日の3日前に、21年にわたるアマチュア修斗の活動に終止符を打った。

それでも格闘技への情熱は消えることなく、2023年11月、青森県で開催するプロ格闘技興行『GFG』からの出場オファーを受諾。53歳にしてプロデビューを果たすこととなった。試合は、肘打ちありのMMAユニファイドルール[4] (5分2R)で行われ、対戦相手は2階級上で、かつ日本人で唯一金原正徳から一本勝ちを収めた実績を持つ佐東伸哉であった。体格・実績ともに上回る強豪を相手に苦しい展開を強いられたが、フルラウンドを戦い抜いた末、判定で敗北。しかし、50歳を超えてなお過酷なリングに身を投じたその挑戦と健闘は、関係者から深い敬意とともに称賛された。

2024年11月3日、『GFG』に2年連続で出場。前回のウェルター級から適正に近いフェザー級へと下げて臨んだ。試合は2ラウンド2分22秒パウンド連打によるTKO勝ち。54歳目前にして、総合格闘技公式戦では約4年ぶりとなる勝利を手にし、一度は幕を閉じたはずのキャリアを自らの拳で再び切り拓く劇的な白星となった。

アマチュアキックボクシングにおいては、『BRAVE』が認定する 『OVER50 ミドルエイジ中量級王者』として君臨。52歳で王座を獲得して以来、5度の防衛に成功した。 この防衛回数は、同大会が認定する全階級の王者の中でも最多の記録であり、約3年7ヶ月(1316日)にわたって王座を守り抜くという実績を残した。

現在も「生涯現役」を掲げ、総合格闘家として競技を続ける一方、地域で行われる試合ではレフリーとしても活躍をしている。

人物・エピソード

地下鉄サリン事件の奇跡的回避

  • 1995年3月20日、地下鉄サリン事件発生当時、営団地下鉄日比谷線を通勤で利用していたが、事件当日は寝坊により乗車が遅れ、被害を免れた。通常通り出勤していれば、茅場町駅からサリンが散布された車両に乗っていた可能性が高く、実際に同じ経路を利用していた通勤者が被害に遭い命を落とした[5] 。そのわずか10日後、警察庁長官狙撃事件が発生。続発する重大事件の速報に触れ、「東京でテロが進行している」という危機感を強く抱くこととなった。また、オウム真理教事件の関係者逮捕時には、勤務先近くの築地署[6]に捜査関係者や報道陣が殺到。職場のテレビ画面に映し出される連行劇の生中継と、窓越しに広がる騒然とした築地署の光景がリアルタイムで重なり合い、まさに今、目の前で社会を揺るがす重大事件が進行しているという、緊迫した空間に身を置くこととなった。 これらの経験が、以後もオウム事件に関心を持ち続ける契機となった。

北朝鮮訪問

猪木イズムへの私淑

  • 座右の銘はアントニオ猪木の『いつ何時、誰の挑戦でも受ける』という言葉である。
  • 大学編入学で上京後、産経新聞の配達アルバイトをしていた。1990年の湾岸危機で邦人多数がイラク政府に拘束されると、参院議員だったアントニオ猪木は単身バグダッドに乗り込み人質解放に尽力する。日本人の解放が決まった直後、新聞各紙は、日本人家族が猪木と共に「1、2、3、ダァー!」を叫び喜び合う写真を夕刊一面に大きく掲載した。一方、産経新聞はその写真の掲載を控え[8]、猪木の行動を「日本の自国中心的行動が国際社会の不信を招く」と批判的に論じた。産経の論調には理解を示すものの、猪木の行動力を他の国会議員のパフォーマンスと同列に論じる見解に反発を覚えた。さらには、人質解放前にも猪木VSアリ戦を揶揄する文章が、産経の紙上コラムに掲載されていた。猪木を心の支柱とするほど敬愛していたエスカルは、産経に対して「この野郎...」と憤りを噛み締めながらも、その記事を自らの手で配達していることに激しく葛藤した。

プロレス信仰と格闘技の実践

  • 1988年7月27日、秋田県立体育館で行われたIWGPヘビー級王座挑戦者決定リーグ戦・アントニオ猪木vsマサ斎藤戦の試合後、興奮冷めやらぬエスカルは、激闘を演じたマサ斎藤を称えようと至近距離まで接近した。その際、セコンドのビッグバン・ベイダーが立ちはだかり、エスカルを制止すべく押し戻した。実際は手加減を伴う接触であったが、プロレスラーに絡んでもらった事に感激したエスカルは咄嗟にプロレス的「忖度」を発揮。派手なリアクションで応えるべく勢いよくパイプ椅子席へと倒れ込んだ。この予想外の反応には、暴君として恐れられたベイダーも一瞬驚きの表情を見せたという。
  • 自身初のメディア露出は『週刊プロレス』誌上であった。1989年7月25日号(No.329)の読者投稿コーナー「爆笑連載 ほとんどジョーク」において、プロレス時事ネタを扱った投稿作品が見事優秀作に選出[9]。この作品は作家・更科四郎の手により1ページ全面を使ったイラスト付きの構成で掲載され、若き日のエスカルによるプロレス的感性が、専門誌の紙面を通じて全国の読者の目に触れた記念すべき一幕となった [10]
  • 学生時代、プロレスサークル『闘龍門』に所属。同サークルは、のちにウルティモ・ドラゴンが1997年に設立したプロレスラー養成所と同名であるが、1988年時点で既にこの名称を冠して活動しており、先んじて使用していた自負を持つ。当時は秋田大学のプロレス同好会が主催する学生プロレス興行にも積極的に参戦し、この活動を通じて、のちに空道(大道塾)世界王者となる高田久嗣[11]と邂逅した。その後、アマチュア格闘家として活動する傍らで、学生時代の経験を背景に『みちのくプロレス』の前座や地元のプロレス団体でも試合を重ね、のちにはタイトルマッチに出場するまでの足跡を残している[12]
  • 1991年11月9日、新宿区百人町のスポーツ会館サンボスクールに入門[13]。日本アマチュアサンボ連盟常任理事、古川精美に師事しサンボの技術を習得する。プロレスラーの船木勝一は同門にあたり、総合格闘技の黎明期にあって、寝技関節技の技術体系を求め出稽古に訪れていた平直行ら後の格闘技界を牽引する面々とも練習を共にした。翌1992年3月、第5回古川杯に出場し4試合を勝ち抜いて優勝する。同年10月、第18回全日本サンボ選手権への出場を果たす[14]
  • 2011年、地下格闘技団体[15]が開催したトーナメントに出場し、決勝で団体がエースとして擁立した選手を破り、見事優勝を果たす。この『番狂わせ』は主催者や観客を大いに困惑させ、その直後、奇しくも同団体は活動を停止(事実上の消滅)している。
  • 身体作りにおいては、ウエイトトレーニング等の器具に頼らず、腕立て伏せスクワットといったプロレス式の自重トレーニングを長年継続している。食生活はスーパーの弁当や総菜が中心で、特段の栄養管理や節制とは無縁な生活を送る。にもかかわらず、年齢を重ねた現在も、体力・持久力・集中力を極めて高い水準で維持している。練習では、ミット打ちとスパーリングを組み合わせた3分5ラウンドを、インターバルをほぼ挟まずに完遂する。こうした過酷な反復に耐え得る地道な鍛錬の積み重ねもさることながら、その強靭な心肺機能や回復力は、本人が生まれ持つ天賦の資質による部分も大きいと目されている。

多彩な趣味と関心領域

  • ライブパフォーマンスへの関心領域は広く、音楽、歌舞伎落語など、ジャンルを問わず『生の表現』に触れることを活力としており、地元の劇場で開催される公演には精力的に足を運ぶ。プロレス観戦を通じて培われた『会場の熱気』を尊ぶ感性は、舞台芸術や伝統芸能の鑑賞においても一貫しており、常にライブならではの臨場感から新たな刺激を受け続けている。
  • サザンオールスターズのファン歴は40年以上に及ぶ。特に強い思い入れを持つ決定的な契機となったのは、1988年8月8日に行われた藤波辰爾対アントニオ猪木戦の特番『'88ワールドプロレスリング・8.8横浜決戦 藤波vs猪木[16]』のエンディングシーンである[17]。同番組の掉尾を飾った新日本プロレスの地方巡業回想シーンに合わせて流れた楽曲『旅姿六人衆』に深く心打たれ、以後プロレス観とサザンの音楽性が不可分なものとなった。2022年、アントニオ猪木の没後間もなく行われた桑田佳祐のライブツアー[18]では、猪木への追悼パフォーマンスを期して秋田から仙台公演へと赴いた。現在も、ライブ演出に桑田の『プロレス愛』が反映されることを切望し、昭和プロレスの郷愁と音楽が交錯する瞬間を求め [19]、全国各地のツアー会場に足を運び続けている。
  • 格闘技の世界で活動を続けながらも、RIZINUFCといった国内外のメジャー大会の動向にはさほど関心を示さない。一方でプロ野球への造詣が深く、とりわけ読売ジャイアンツ原辰徳に対しては並々ならぬ思い入れを抱いている。かつては原の現役時代の不振に対し、『愛憎半ばし、ボロクソに罵倒する時期もあった』と回顧しているが、1989年の日本シリーズ第5戦で放った満塁ホームラン、さらには第2回WBC優勝監督としての手腕を通じ「原辰徳は自分の中で神のような存在になった」と崇めている。2015年11月9日には、当時の勤務先に原が表敬訪問に訪れ、念願の対面を果たした。この際、原を送迎した車のナンバープレートが、監督時代の背番号にちなんだ『8888』であったことも、ファンとしてのエスカルの心を揺さぶる一幕となった。
  • 巡りも趣味としており、心身の練磨と癒やしを目的として、近隣県のみならず遠方の名店へも精力的かつ丹念に訪ね歩くことを常としている。

リングネーム命名の由来

  • リングネームの源流は、学生プロレスのデビュー戦に遡る。参戦した大学のプロレス研究会会長の女性が、本名の「傳(でん)」から「でんでん虫」を連想。そこからフランス語の「エスカルゴ」へと飛躍し、『エスカルゴ伝』と命名したとされる。末尾に「伝」の字を充てた点については、プロレスファンのバイブルであった漫画『プロレススーパースター列伝』の字面を意識した、プロレスファン特有のパロディ精神や、古舘伊知郎の実況に代表される「日常を重厚な語彙で装飾する」様式美が投影されたものと推察される。
  • 現在のリングネーム『エスカル御殿』の元々の読み方は「エスカルごてん」だった。しかしラジオ番組[20]にリクエスト投稿した際、パーソナリティ古舘伊知郎に「ごでん」と読み間違えられた。古舘のプロレス実況とともに青春時代を過ごしたエスカルにとって、その誤読はむしろ光栄な出来事であり、「古舘がそう読んだのであれば、それが正解である」として、以降自らリングネームの読みを「エスカルごでん」へと改めた。結果としてこの誤読は、図らずも名称のルーツである「エスカルゴ伝」の響きへと回帰させるものとなり、現在はその名称が完全に定着している。

戦績

プロ総合格闘技

総合格闘技 戦績
8 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
5 2 0 3 0 0
3 1 0 2
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×和田来2R 1:53 TKO (グラウンドパンチGlobal Fightingsport Game 52025年11月30日
武田光信2R 2:22 TKO (グラウンドパンチ)Global Fightingsport Game 4[21]2024年11月3日
×佐東伸哉5分2R終了 判定0-3Global Fightingsport Game 3[22]2023年11月19日
ぴーすけ3分2R終了 判定3-0クレイジー☆サーカス プレミアム4
【-73kgトーナメント決勝戦】
2011年11月13日
松井幸宏3分2R終了 判定3-0クレイジー☆サーカス プレミアム4
【-73kgトーナメント準決勝】
2011年11月13日
柴田司[23]3分2R終了 判定3-0クレイジー☆サーカス プレミアム3
【-73kgトーナメント1回戦】
2011年7月17日
佐藤生樹1R 2:17 TKOクレイジー☆サーカス プレミアム22011年4月10日
×佐藤建彦3分2R終了 判定0-3クレイジー☆サーカス プレミアム12010年10月10日

アマチュア総合格闘技

総合格闘技 戦績
38 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
17 0 6 11 0 0
21 1 3 17
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×田中龍矢2R 1:28 TKO[24]アマチュア修斗公式戦トライアウトマッチ[25]2021年3月28日
2020年度北日本アマチュア修斗選手権大会 ライト級 3位
×網恭佑1R 3:31 チョークスリーパー2020年度北日本アマチュア修斗選手権大会[26]2020年11月23日
津野凌平4分1R終了 判定2-12020年度北日本アマチュア修斗選手権大会2020年11月23日
×川幡昌弘4分1R終了 判定0-3第26回全日本アマチュア修斗選手権大会2019年9月29日
第13回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝
奈良龍世3分2R終了 判定3-0第13回東北アマチュア修斗選手権大会[27]2019年6月23日
×平澤克明[28]4分1R終了 判定0-3第25回全日本アマチュア修斗選手権大会2018年10月14日
第12回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝
櫻庭泰裕[29]3分2R終了 判定3-0第12回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝[30]2018年7月29日
佐藤永遠4分1R終了 判定3-0第12回東北アマチュア修斗選手権大会2018年7月29日
×水野怜[31]4分1R終了 判定0-3第8回北信越アマチュア修斗選手権大会2018年6月10日
酒井章1R チョークスリーパー第8回北信越アマチュア修斗選手権大会2018年6月10日
×早川智也[32]4分1R終了 判定0-3第24回全日本アマチュア修斗選手権大会2017年9月23日
第11回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 準優勝
×工藤尚3分2R終了 判定0-3第11回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝[33]2017年7月2日
松本龍馬4分1R終了 判定3-0第11回東北アマチュア修斗選手権大会2017年7月2日
×伊集守道[34]4分1R終了 判定0-3第23回全日本アマチュア修斗選手権大会[35]2016年10月9日
第10回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 優勝
竹下登[36]3分2R終了 判定2-0第10回東北アマチュア修斗選手権大会[37]2016年6月19日
第5回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 準優勝
×吉田真也[38]3分2R終了 39-44第5回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝2011年8月28日
井上裕介4分1R終了 23-16第5回東北アマチュア修斗選手権大会2011年8月28日
×小野寺裕也[39]チョークスリーパーみちのくプロレス みちのく秋祭りイベントプロレスシリーズ2009年9月22日
第3回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 3位
×吉田真也4分1R終了 20-24第3回東北アマチュア修斗選手権大会2009年7月5日
太田隆幸4分1R終了 26-23第3回東北アマチュア修斗選手権大会2009年7月5日
×佐々木大輔4分1R終了 18-20第2回東北アマチュア修斗選手権大会2008年7月6日
×佐々木大輔5分1R終了 判定0-3club DEEP in Zepp sendai
【フューチャーキングトーナメント70kg級1回戦】
2007年10月28日
×藤田博晃[40]4分1R終了 17-23第1回東北アマチュア修斗選手権大会2007年7月1日
×岡元飛竜4分1R終了 18-21第5回東北アマチュア修斗オープントーナメント1回戦2006年7月16日
第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント ウェルター級 3位
×田口公一4分1R終了 20-25第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント準決勝2005年7月24日
横田庸介1R 1:41 チョークスリーパー第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント2回戦2005年7月24日
佐々木大輔1R 1:17 片逆エビ式アキレス腱固め第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント1回戦2005年7月24日
×今野章4分1R終了 判定第3回東北アマチュア修斗オープントーナメント 2回戦2004年8月8日
佐々木正次4分1R終了 判定第3回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦2004年8月8日
×西岡裕4分1R終了 17-23第2回東北アマチュア修斗オープントーナメント 2回戦2003年8月3日
会田昭4分1R終了 26-21第2回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦2003年8月3日
第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント ウェルター級 準優勝
×及川希フロントチョーク第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 決勝2002年7月14日
成田貴由樹4分1R終了 31-20第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 準決勝2002年7月14日
中村和也ネックロック第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦2002年7月14日
×橋爪巨樹3分2R終了 43-46山形フリーファイト WITH YAMAGATA BJJ JAM2001年6月3日
×今野章[41]3分2R終了 39-44アマチュア修斗 郡山大会2001年3月4日
海老名尚幸腕ひしぎ十字固めアマチュア修斗 仙台大会2000年10月29日
加藤喜行腕ひしぎ十字固めパレストラ仙台主催アマチュア大会2000年3月20日

アマチュアキックボクシング

キックボクシング 戦績
27 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
12 2 10 0 4 0
10 1 10 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×佐々木寿正2分2R終了 判定0-3BRAVE-56
【OVER50ミドルエイジ中量級王座陥落】
2026年3月29日
佐々木寿正2分2R終了 判定2-0 [42]BRAVE-55
【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛5】
2025年12月14日
佐々木寿正2分2R終了 判定3-0BRAVE-54
【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛4】
2025年8月24日
×猿田陽平2分2R終了 判定0-3MAC Rumble V
【73kg以下キックルールトーナメント決勝】
2025年6月8日
戸村元紀2分2R終了 判定3-0MAC Rumble V
【73kg以下キックルールトーナメント】
2025年6月8日
山本拓志2分2R終了 判定3-0BRAVE-52
【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛3】
2024年12月15日
×今野龍季[43]2R 1:29 TKOBRAVE-50
ミドル級トーナメント決勝
2024年3月31日
館花ヤ二ス2分1R終了 判定3-0BRAVE-50
ミドル級トーナメント準決勝
2024年3月31日
戸澤秋斗2分1R終了 判定3-0BRAVE-50
ミドル級トーナメント1回戦
2024年3月31日
国竹正樹2分2R終了 判定0-1[44]BRAVE-49
【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛2】
2023年12月24日
平塚宏2分2R終了 判定3-0[45]BRAVE-48
【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛1】
2023年8月27日
三上卓也2分2R終了 判定3-0BRAVE-47
ミドル級トーナメント
2023年3月26日
×村井大輔2分2R終了 判定0-3[46]BRAVE-46
【ミドルエイジU35中量級タイトルマッチ】
2022年12月11日
岑英二90秒2R終了 判定3-0[47]BRAVE-45
【OVER50ミドルエイジ中量級暫定王座決定トーナメント決勝】
2022年8月21日
×藤好浩之90秒2R終了 判定0-3BRAVE-44
【OVER50ミドルエイジ中量級トーナメント決勝】
2022年4月24日
中村啓介1R TKOBRAVE-442022年4月24日
×中村友哉2分2R終了 判定0-3BRAVE-412020年8月2日
庄司利明2R1:15 TKONO NAME HEROES[48]2019年12月15日
中川巧介2分2R終了 引き分けBRAVE-352018年4月8日
×佐々木雄哉2分2R終了 判定0-2BRAVE-322017年4月9日
本庄都志90秒3R終了 判定2-0NO NAME HEROES 12[49]2016年11月27日
山口千博2分2R終了 判定1-1BRAVE-302016年8月7日
渡部翔龍2分2R終了 ドローみちのくプロレス ゴールデンウイークツアー20122012年5月3日
×金直孝2分2R終了 判定0-3BRAVE-122010年4月18日
×渡辺雄貴2分2R終了 判定0-3BRAVE-92009年4月5日
×阿部雅俊[50]2分2R終了 判定0-3BRAVE-72008年8月10日
×田中信一2分2R終了 判定0-3BRAVE-62008年4月20日

グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×菊池寛太4:02 裸締め[51]おぎちゃんフリーファイト2024年8月25日
小向将太判定3-0BRAVE-62008年4月20日
小向隆市引き分けBRAVE-42007年8月19日
原田智生一本BRAVE-12006年8月27日
×鈴木一志4分1R終了 判定第1回修斗グラップリング東北オープントーナメント with B.J.J JAM32003年11月16日
×早坂俊明[52]アキレス腱固め修斗グラップリングみちのく2003年3月16日
×藤澤陽輔判定5-6修斗グラップリングみちのく2003年3月16日
佐々木正次25:00 レフリーストップにより引き分けSUBMISSION FIGHTING COMPETITION MATCH2002年2月3日

ブラジリアン柔術

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×平岩宏亮判定0-10おぎちゃんフリーファイト2024年8月25日
×西野大樹判定0-0コパ・パラエストラ東北2006 BJJオープントーナメント
アダルト紫帯レーヴィ級 1回戦
2006年9月17日
田坂和也襟締め第2回ブラジリアン柔術東北新人大会
青帯レーヴィ級
2006年5月21日
×入野樹美判定第2回ブラジリアン柔術東北新人大会
青帯アブソリュート級
2006年5月21日
田子俊也判定コパ・パラエストラ東北BJJオープントーナメント
【マスター白帯レーヴィ級 決勝】
2002年9月15日
長澤幸司判定コパ・パラエストラ東北BJJオープントーナメント
【マスター白帯レーヴィ級 準決勝】
2002年9月15日
×山田勝功判定2-4COPA-TOUHOKU2
【中量級トーナメント(61~72.9kg)】
2001年9月15日
三上敏也腕ひしぎ十字固めCOPA-TOUHOKU2
【中量級トーナメント(61~72.9kg)】
2001年9月15日
松崎栄判定15-0山形フリーファイト WITH YAMAGATA BJJ JAM
アダルト・レーヴィ級
2001年6月3日

獲得タイトル

  • 第2代 BRAVE OVER50ミドルエイジ中量級王者(2022年8月21日~)
  • クレイジーサーカス -73kgトーナメント優勝(2011年11月13日)

表彰

  • 週刊プロレス「爆笑連載 ほとんどジョーク」優秀作品(今週のイチバンおもしろかった作品とその作者)(1989年8月1日号)
  • 第5回古川杯サンボトーナメント 優勝(1992年3月28日)
  • 東北BJJオープントーナメント マスター白帯レーヴィ級 優勝(2002年9月15日)
  • 第10回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 優勝(2016年6月19日)
  • 第12回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝(2018年7月29日)
  • 第13回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝(2019年6月23日)

メディア出演

外部リンク

脚注

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