エスカル御殿
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 傳 政春 |
| 通称 |
プチリアルプロレスラー The Legendary man |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1970年3月31日(56歳) |
| 出身地 | 秋田県秋田市 |
| 所属 |
闘龍門 →秋大プロレス研究会 → 秋霜会 →サイトー會館。 |
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 65.6kg |
| リーチ | 178cm |
| 階級 |
ウェルター級 →ライト級 →フェザー級 |
| バックボーン | サンボ、学生プロレス |
| テーマ曲 |
「スカイ・ハイ」 (ジグソー) 「AOcorner」 (青西高嗣) 「PANDORA」 「Knock You Out!」 (私立恵比寿中学) |
| 秋霜會1999 | |
|---|---|
| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2022年6月22日 - |
| ジャンル | スポーツ |
| 登録者数 | 2,029人 |
| 総再生回数 | 602,453 回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2026年4月4日時点。 | |
エスカル御殿(エスカルごでん、1970年3月31日 - )は、日本の男性総合格闘家。秋田県秋田市出身。サイトー會館代表会員(會聖)。ブラジリアン柔術青帯。アマチュアキックボクシング 第2代BRAVE OVER50 ミドルエイジ中量級王者。
1998年、秋田県内の格闘技愛好家たちと、柔術・寝技などの練習同好会『秋霜会[1]』(のちのサイトー會館)を設立。まだアマチュア格闘技が一般的でなかった時代、地方都市において格闘技の火を灯すべく活動を本格化させた。
2000年3月20日、30歳を目前にアマチュア修斗公式戦へ初出場を果たす[2]。以来、年齢的な不利をものともせず、東北各地の競技会へ精力的に参戦を続け、秋田県におけるアマチュア格闘技の草創期を支えた選手の一人と目される。
46歳を過ぎてもなお『アマチュア修斗東北選手権』を3度制覇。ついには国内最高峰である全日本選手権の舞台にも立った。
アマチュア修斗の規定により、50歳を超える者の試合出場は認められないため [3]、2020年度をもって定年を迎え引退する予定だった。しかしアマチュア修斗委員会の特別措置により、プロ昇格を懸けたトライアウトマッチの機会を得る。そして2021年3月28日、佐藤ルミナが代表を務める修斗オフィシャルジム「ROOTS」にて、この一戦に挑んだ。勝てばプロライセンスを取得し、現役を続行できる唯一の道であったが、キャリア初のKO負けを喫し、51歳の誕生日の3日前に、21年にわたるアマチュア修斗の活動に終止符を打った。
それでも格闘技への情熱は消えることなく、2023年11月、青森県で開催するプロ格闘技興行『GFG』からの出場オファーを受諾。53歳にしてプロデビューを果たすこととなった。試合は、肘打ちありのMMAユニファイドルール[4] (5分2R)で行われ、対戦相手は2階級上で、かつ日本人で唯一金原正徳から一本勝ちを収めた実績を持つ佐東伸哉であった。体格・実績ともに上回る強豪を相手に苦しい展開を強いられたが、フルラウンドを戦い抜いた末、判定で敗北。しかし、50歳を超えてなお過酷なリングに身を投じたその挑戦と健闘は、関係者から深い敬意とともに称賛された。
翌2024年11月3日、『GFG』に2年連続で出場。前回のウェルター級から適正に近いフェザー級へと下げて臨んだ。試合は2ラウンド2分22秒パウンド連打によるTKO勝ち。54歳目前にして、総合格闘技公式戦では約4年ぶりとなる勝利を手にし、一度は幕を閉じたはずのキャリアを自らの拳で再び切り拓く劇的な白星となった。
アマチュアキックボクシングにおいては、『BRAVE』が認定する 『OVER50 ミドルエイジ中量級王者』として君臨。52歳で王座を獲得して以来、5度の防衛に成功した。 この防衛回数は、同大会が認定する全階級の王者の中でも最多の記録であり、約3年7ヶ月(1316日)にわたって王座を守り抜くという実績を残した。
人物・エピソード
地下鉄サリン事件の奇跡的回避
- 1995年3月20日、地下鉄サリン事件発生当時、営団地下鉄日比谷線を通勤で利用していたが、事件当日は寝坊により乗車が遅れ、被害を免れた。通常通り出勤していれば、茅場町駅からサリンが散布された車両に乗っていた可能性が高く、実際に同じ経路を利用していた通勤者が被害に遭い命を落とした[5] 。そのわずか10日後、警察庁長官狙撃事件が発生。続発する重大事件の速報に触れ、「東京でテロが進行している」という危機感を強く抱くこととなった。また、オウム真理教事件の関係者逮捕時には、勤務先近くの築地署[6]に捜査関係者や報道陣が殺到。職場のテレビ画面に映し出される連行劇の生中継と、窓越しに広がる騒然とした築地署の光景がリアルタイムで重なり合い、まさに今、目の前で社会を揺るがす重大事件が進行しているという、緊迫した空間に身を置くこととなった。 これらの経験が、以後もオウム事件に関心を持ち続ける契機となった。
北朝鮮訪問
- 1995年4月28日から29日にかけて北朝鮮の平壌で開催された大規模なプロレスイベント『平和のための平壌国際体育・文化祝典』に朝鮮総連系の旅行代理店が企画したツアーで参加[7]。会場には19万人もの観衆が集まり、アントニオ猪木とリック・フレアーの対戦をはじめとする数々の歴史的な試合を、二日間にわたって観戦した。19万人という未曾有の群衆が渦巻くスタジアムの光景は、その一人として立ち会ったエスカルの想像を絶するものであり、日常を逸脱した規模に圧倒され、強い衝撃を受けたという。同じツアーには、『紙のプロレス』の編集長であった山口日昇も参加しており、彼との交流も印象深い経験となった。
猪木イズムへの私淑
- 座右の銘はアントニオ猪木の『いつ何時、誰の挑戦でも受ける』という言葉である。
- 大学編入学で上京後、産経新聞の配達アルバイトをしていた。1990年の湾岸危機で邦人多数がイラク政府に拘束されると、参院議員だったアントニオ猪木は単身バグダッドに乗り込み人質解放に尽力する。日本人の解放が決まった直後、新聞各紙は、日本人家族が猪木と共に「1、2、3、ダァー!」を叫び喜び合う写真を夕刊一面に大きく掲載した。一方、産経新聞はその写真の掲載を控え[8]、猪木の行動を「日本の自国中心的行動が国際社会の不信を招く」と批判的に論じた。産経の論調には理解を示すものの、猪木の行動力を他の国会議員のパフォーマンスと同列に論じる見解に反発を覚えた。さらには、人質解放前にも猪木VSアリ戦を揶揄する文章が、産経の紙上コラムに掲載されていた。猪木を心の支柱とするほど敬愛していたエスカルは、産経に対して「この野郎...」と憤りを噛み締めながらも、その記事を自らの手で配達していることに激しく葛藤した。
プロレス信仰と格闘技の実践
- 1988年7月27日、秋田県立体育館で行われたIWGPヘビー級王座挑戦者決定リーグ戦・アントニオ猪木vsマサ斎藤戦の試合後、興奮冷めやらぬエスカルは、激闘を演じたマサ斎藤を称えようと至近距離まで接近した。その際、セコンドのビッグバン・ベイダーが立ちはだかり、エスカルを制止すべく押し戻した。実際は手加減を伴う接触であったが、プロレスラーに絡んでもらった事に感激したエスカルは咄嗟にプロレス的「忖度」を発揮。派手なリアクションで応えるべく勢いよくパイプ椅子席へと倒れ込んだ。この予想外の反応には、暴君として恐れられたベイダーも一瞬驚きの表情を見せたという。
- 自身初のメディア露出は『週刊プロレス』誌上であった。1989年7月25日号(No.329)の読者投稿コーナー「爆笑連載 ほとんどジョーク」において、プロレス時事ネタを扱った投稿作品が見事優秀作に選出[9]。この作品は作家・更科四郎の手により1ページ全面を使ったイラスト付きの構成で掲載され、若き日のエスカルによるプロレス的感性が、専門誌の紙面を通じて全国の読者の目に触れた記念すべき一幕となった [10] 。
- 学生時代、プロレスサークル『闘龍門』に所属。同サークルは、のちにウルティモ・ドラゴンが1997年に設立したプロレスラー養成所と同名であるが、1988年時点で既にこの名称を冠して活動しており、先んじて使用していた自負を持つ。当時は秋田大学のプロレス同好会が主催する学生プロレス興行にも積極的に参戦し、この活動を通じて、のちに空道(大道塾)世界王者となる高田久嗣[11]と邂逅した。その後、アマチュア格闘家として活動する傍らで、学生時代の経験を背景に『みちのくプロレス』の前座や地元のプロレス団体でも試合を重ね、のちにはタイトルマッチに出場するまでの足跡を残している[12]。
- 1991年11月9日、新宿区百人町のスポーツ会館サンボスクールに入門[13]。日本アマチュアサンボ連盟常任理事、古川精美に師事しサンボの技術を習得する。プロレスラーの船木勝一は同門にあたり、総合格闘技の黎明期にあって、寝技や関節技の技術体系を求め出稽古に訪れていた平直行ら後の格闘技界を牽引する面々とも練習を共にした。翌1992年3月、第5回古川杯に出場し4試合を勝ち抜いて優勝する。同年10月、第18回全日本サンボ選手権への出場を果たす[14]。
- 2011年、地下格闘技団体[15]が開催したトーナメントに出場し、決勝で団体がエースとして擁立した選手を破り、見事優勝を果たす。この『番狂わせ』は主催者や観客を大いに困惑させ、その直後、奇しくも同団体は活動を停止(事実上の消滅)している。
- 身体作りにおいては、ウエイトトレーニング等の器具に頼らず、腕立て伏せやスクワットといったプロレス式の自重トレーニングを長年継続している。食生活はスーパーの弁当や総菜が中心で、特段の栄養管理や節制とは無縁な生活を送る。にもかかわらず、年齢を重ねた現在も、体力・持久力・集中力を極めて高い水準で維持している。練習では、ミット打ちとスパーリングを組み合わせた3分5ラウンドを、インターバルをほぼ挟まずに完遂する。こうした過酷な反復に耐え得る地道な鍛錬の積み重ねもさることながら、その強靭な心肺機能や回復力は、本人が生まれ持つ天賦の資質による部分も大きいと目されている。
多彩な趣味と関心領域
- ライブパフォーマンスへの関心領域は広く、音楽、歌舞伎、落語など、ジャンルを問わず『生の表現』に触れることを活力としており、地元の劇場で開催される公演には精力的に足を運ぶ。プロレス観戦を通じて培われた『会場の熱気』を尊ぶ感性は、舞台芸術や伝統芸能の鑑賞においても一貫しており、常にライブならではの臨場感から新たな刺激を受け続けている。
- サザンオールスターズのファン歴は40年以上に及ぶ。特に強い思い入れを持つ決定的な契機となったのは、1988年8月8日に行われた藤波辰爾対アントニオ猪木戦の特番『'88ワールドプロレスリング・8.8横浜決戦 藤波vs猪木[16]』のエンディングシーンである[17]。同番組の掉尾を飾った新日本プロレスの地方巡業回想シーンに合わせて流れた楽曲『旅姿六人衆』に深く心打たれ、以後プロレス観とサザンの音楽性が不可分なものとなった。2022年、アントニオ猪木の没後間もなく行われた桑田佳祐のライブツアー[18]では、猪木への追悼パフォーマンスを期して秋田から仙台公演へと赴いた。現在も、ライブ演出に桑田の『プロレス愛』が反映されることを切望し、昭和プロレスの郷愁と音楽が交錯する瞬間を求め [19]、全国各地のツアー会場に足を運び続けている。
- 格闘技の世界で活動を続けながらも、RIZINやUFCといった国内外のメジャー大会の動向にはさほど関心を示さない。一方でプロ野球への造詣が深く、とりわけ読売ジャイアンツと原辰徳に対しては並々ならぬ思い入れを抱いている。かつては原の現役時代の不振に対し、『愛憎半ばし、ボロクソに罵倒する時期もあった』と回顧しているが、1989年の日本シリーズ第5戦で放った満塁ホームラン、さらには第2回WBC優勝監督としての手腕を通じ「原辰徳は自分の中で神のような存在になった」と崇めている。2015年11月9日には、当時の勤務先に原が表敬訪問に訪れ、念願の対面を果たした。この際、原を送迎した車のナンバープレートが、監督時代の背番号にちなんだ『8888』であったことも、ファンとしてのエスカルの心を揺さぶる一幕となった。
- 秘湯巡りも趣味としており、心身の練磨と癒やしを目的として、近隣県のみならず遠方の名店へも精力的かつ丹念に訪ね歩くことを常としている。
リングネーム命名の由来
- リングネームの源流は、学生プロレスのデビュー戦に遡る。参戦した大学のプロレス研究会会長の女性が、本名の「傳(でん)」から「でんでん虫」を連想。そこからフランス語の「エスカルゴ」へと飛躍し、『エスカルゴ伝』と命名したとされる。末尾に「伝」の字を充てた点については、プロレスファンのバイブルであった漫画『プロレススーパースター列伝』の字面を意識した、プロレスファン特有のパロディ精神や、古舘伊知郎の実況に代表される「日常を重厚な語彙で装飾する」様式美が投影されたものと推察される。
戦績
プロ総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 8 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 5 勝 | 2 | 0 | 3 | 0 | 0 | |
| 3 敗 | 1 | 0 | 2 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| × | 和田来 | 2R 1:53 TKO (グラウンドパンチ) | Global Fightingsport Game 5 | 2025年11月30日 |
| ○ | 武田光信 | 2R 2:22 TKO (グラウンドパンチ) | Global Fightingsport Game 4[21] | 2024年11月3日 |
| × | 佐東伸哉 | 5分2R終了 判定0-3 | Global Fightingsport Game 3[22] | 2023年11月19日 |
| ○ | ぴーすけ | 3分2R終了 判定3-0 | クレイジー☆サーカス プレミアム4 【-73kgトーナメント決勝戦】 | 2011年11月13日 |
| ○ | 松井幸宏 | 3分2R終了 判定3-0 | クレイジー☆サーカス プレミアム4 【-73kgトーナメント準決勝】 | 2011年11月13日 |
| ○ | 柴田司[23] | 3分2R終了 判定3-0 | クレイジー☆サーカス プレミアム3 【-73kgトーナメント1回戦】 | 2011年7月17日 |
| ○ | 佐藤生樹 | 1R 2:17 TKO | クレイジー☆サーカス プレミアム2 | 2011年4月10日 |
| × | 佐藤建彦 | 3分2R終了 判定0-3 | クレイジー☆サーカス プレミアム1 | 2010年10月10日 |
アマチュア総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 38 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 17 勝 | 0 | 6 | 11 | 0 | 0 | |
| 21 敗 | 1 | 3 | 17 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 | ||||
| × | 田中龍矢 | 2R 1:28 TKO[24] | アマチュア修斗公式戦トライアウトマッチ[25] | 2021年3月28日 | ||||
| 2020年度北日本アマチュア修斗選手権大会 ライト級 3位 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| × | 網恭佑 | 1R 3:31 チョークスリーパー | 2020年度北日本アマチュア修斗選手権大会[26] | 2020年11月23日 | ||||
| ○ | 津野凌平 | 4分1R終了 判定2-1 | 2020年度北日本アマチュア修斗選手権大会 | 2020年11月23日 | ||||
| × | 川幡昌弘 | 4分1R終了 判定0-3 | 第26回全日本アマチュア修斗選手権大会 | 2019年9月29日 | ||||
| 第13回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝 | ||||||||
| ○ | 奈良龍世 | 3分2R終了 判定3-0 | 第13回東北アマチュア修斗選手権大会[27] | 2019年6月23日 | ||||
| × | 平澤克明[28] | 4分1R終了 判定0-3 | 第25回全日本アマチュア修斗選手権大会 | 2018年10月14日 | ||||
| 第12回東北アマチュア修斗選手権大会 ライト級 優勝 | ||||||||
| ○ | 櫻庭泰裕[29] | 3分2R終了 判定3-0 | 第12回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝[30] | 2018年7月29日 | ||||
| ○ | 佐藤永遠 | 4分1R終了 判定3-0 | 第12回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2018年7月29日 | ||||
| × | 水野怜[31] | 4分1R終了 判定0-3 | 第8回北信越アマチュア修斗選手権大会 | 2018年6月10日 | ||||
| ○ | 酒井章 | 1R チョークスリーパー | 第8回北信越アマチュア修斗選手権大会 | 2018年6月10日 | ||||
| × | 早川智也[32] | 4分1R終了 判定0-3 | 第24回全日本アマチュア修斗選手権大会 | 2017年9月23日 | ||||
| 第11回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 準優勝 | ||||||||
| × | 工藤尚 | 3分2R終了 判定0-3 | 第11回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝[33] | 2017年7月2日 | ||||
| ○ | 松本龍馬 | 4分1R終了 判定3-0 | 第11回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2017年7月2日 | ||||
| × | 伊集守道[34] | 4分1R終了 判定0-3 | 第23回全日本アマチュア修斗選手権大会[35] | 2016年10月9日 | ||||
| 第10回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 優勝 | ||||||||
| ○ | 竹下登[36] | 3分2R終了 判定2-0 | 第10回東北アマチュア修斗選手権大会[37] | 2016年6月19日 | ||||
| 第5回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 準優勝 | ||||||||
| × | 吉田真也[38] | 3分2R終了 39-44 | 第5回東北アマチュア修斗選手権大会 決勝 | 2011年8月28日 | ||||
| ○ | 井上裕介 | 4分1R終了 23-16 | 第5回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2011年8月28日 | ||||
| × | 小野寺裕也[39] | チョークスリーパー | みちのくプロレス みちのく秋祭りイベントプロレスシリーズ | 2009年9月22日 | ||||
| 第3回東北アマチュア修斗選手権大会 ウェルター級 3位 | ||||||||
| × | 吉田真也 | 4分1R終了 20-24 | 第3回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2009年7月5日 | ||||
| ○ | 太田隆幸 | 4分1R終了 26-23 | 第3回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2009年7月5日 | ||||
| × | 佐々木大輔 | 4分1R終了 18-20 | 第2回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2008年7月6日 | ||||
| × | 佐々木大輔 | 5分1R終了 判定0-3 | club DEEP in Zepp sendai 【フューチャーキングトーナメント70kg級1回戦】 | 2007年10月28日 | ||||
| × | 藤田博晃[40] | 4分1R終了 17-23 | 第1回東北アマチュア修斗選手権大会 | 2007年7月1日 | ||||
| × | 岡元飛竜 | 4分1R終了 18-21 | 第5回東北アマチュア修斗オープントーナメント1回戦 | 2006年7月16日 | ||||
| 第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント ウェルター級 3位 | ||||||||
| × | 田口公一 | 4分1R終了 20-25 | 第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント準決勝 | 2005年7月24日 | ||||
| ○ | 横田庸介 | 1R 1:41 チョークスリーパー | 第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント2回戦 | 2005年7月24日 | ||||
| ○ | 佐々木大輔 | 1R 1:17 片逆エビ式アキレス腱固め | 第4回東北アマチュア修斗オープントーナメント1回戦 | 2005年7月24日 | ||||
| × | 今野章 | 4分1R終了 判定 | 第3回東北アマチュア修斗オープントーナメント 2回戦 | 2004年8月8日 | ||||
| ○ | 佐々木正次 | 4分1R終了 判定 | 第3回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦 | 2004年8月8日 | ||||
| × | 西岡裕 | 4分1R終了 17-23 | 第2回東北アマチュア修斗オープントーナメント 2回戦 | 2003年8月3日 | ||||
| ○ | 会田昭 | 4分1R終了 26-21 | 第2回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦 | 2003年8月3日 | ||||
| 第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント ウェルター級 準優勝 | ||||||||
| × | 及川希 | フロントチョーク | 第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 決勝 | 2002年7月14日 | ||||
| ○ | 成田貴由樹 | 4分1R終了 31-20 | 第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 準決勝 | 2002年7月14日 | ||||
| ○ | 中村和也 | ネックロック | 第1回東北アマチュア修斗オープントーナメント 1回戦 | 2002年7月14日 | ||||
| × | 橋爪巨樹 | 3分2R終了 43-46 | 山形フリーファイト WITH YAMAGATA BJJ JAM | 2001年6月3日 | ||||
| × | 今野章[41] | 3分2R終了 39-44 | アマチュア修斗 郡山大会 | 2001年3月4日 | ||||
| ○ | 海老名尚幸 | 腕ひしぎ十字固め | アマチュア修斗 仙台大会 | 2000年10月29日 | ||||
| ○ | 加藤喜行 | 腕ひしぎ十字固め | パレストラ仙台主催アマチュア大会 | 2000年3月20日 | ||||
アマチュアキックボクシング
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 27 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 12 勝 | 2 | 10 | 0 | 4 | 0 | |
| 10 敗 | 1 | 10 | 0 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| × | 佐々木寿正 | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-56 【OVER50ミドルエイジ中量級王座陥落】 | 2026年3月29日 |
| ○ | 佐々木寿正 | 2分2R終了 判定2-0 [42] | BRAVE-55 【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛5】 | 2025年12月14日 |
| ○ | 佐々木寿正 | 2分2R終了 判定3-0 | BRAVE-54 【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛4】 | 2025年8月24日 |
| × | 猿田陽平 | 2分2R終了 判定0-3 | MAC Rumble V 【73kg以下キックルールトーナメント決勝】 | 2025年6月8日 |
| ○ | 戸村元紀 | 2分2R終了 判定3-0 | MAC Rumble V 【73kg以下キックルールトーナメント】 | 2025年6月8日 |
| ○ | 山本拓志 | 2分2R終了 判定3-0 | BRAVE-52 【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛3】 | 2024年12月15日 |
| × | 今野龍季[43] | 2R 1:29 TKO | BRAVE-50 ミドル級トーナメント決勝 | 2024年3月31日 |
| ○ | 館花ヤ二ス | 2分1R終了 判定3-0 | BRAVE-50 ミドル級トーナメント準決勝 | 2024年3月31日 |
| ○ | 戸澤秋斗 | 2分1R終了 判定3-0 | BRAVE-50 ミドル級トーナメント1回戦 | 2024年3月31日 |
| △ | 国竹正樹 | 2分2R終了 判定0-1[44] | BRAVE-49 【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛2】 | 2023年12月24日 |
| ○ | 平塚宏 | 2分2R終了 判定3-0[45] | BRAVE-48 【OVER50ミドルエイジ中量級王座防衛1】 | 2023年8月27日 |
| ○ | 三上卓也 | 2分2R終了 判定3-0 | BRAVE-47 ミドル級トーナメント | 2023年3月26日 |
| × | 村井大輔 | 2分2R終了 判定0-3[46] | BRAVE-46 【ミドルエイジU35中量級タイトルマッチ】 | 2022年12月11日 |
| ○ | 岑英二 | 90秒2R終了 判定3-0[47] | BRAVE-45 【OVER50ミドルエイジ中量級暫定王座決定トーナメント決勝】 | 2022年8月21日 |
| × | 藤好浩之 | 90秒2R終了 判定0-3 | BRAVE-44 【OVER50ミドルエイジ中量級トーナメント決勝】 | 2022年4月24日 |
| ○ | 中村啓介 | 1R TKO | BRAVE-44 | 2022年4月24日 |
| × | 中村友哉 | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-41 | 2020年8月2日 |
| ○ | 庄司利明 | 2R1:15 TKO | NO NAME HEROES[48] | 2019年12月15日 |
| △ | 中川巧介 | 2分2R終了 引き分け | BRAVE-35 | 2018年4月8日 |
| × | 佐々木雄哉 | 2分2R終了 判定0-2 | BRAVE-32 | 2017年4月9日 |
| ○ | 本庄都志 | 90秒3R終了 判定2-0 | NO NAME HEROES 12[49] | 2016年11月27日 |
| △ | 山口千博 | 2分2R終了 判定1-1 | BRAVE-30 | 2016年8月7日 |
| △ | 渡部翔龍 | 2分2R終了 ドロー | みちのくプロレス ゴールデンウイークツアー2012 | 2012年5月3日 |
| × | 金直孝 | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-12 | 2010年4月18日 |
| × | 渡辺雄貴 | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-9 | 2009年4月5日 |
| × | 阿部雅俊[50] | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-7 | 2008年8月10日 |
| × | 田中信一 | 2分2R終了 判定0-3 | BRAVE-6 | 2008年4月20日 |
グラップリング
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| × | 菊池寛太 | 4:02 裸締め[51] | おぎちゃんフリーファイト | 2024年8月25日 |
| ○ | 小向将太 | 判定3-0 | BRAVE-6 | 2008年4月20日 |
| △ | 小向隆市 | 引き分け | BRAVE-4 | 2007年8月19日 |
| ○ | 原田智生 | 一本 | BRAVE-1 | 2006年8月27日 |
| × | 鈴木一志 | 4分1R終了 判定 | 第1回修斗グラップリング東北オープントーナメント with B.J.J JAM3 | 2003年11月16日 |
| × | 早坂俊明[52] | アキレス腱固め | 修斗グラップリングみちのく | 2003年3月16日 |
| × | 藤澤陽輔 | 判定5-6 | 修斗グラップリングみちのく | 2003年3月16日 |
| △ | 佐々木正次 | 25:00 レフリーストップにより引き分け | SUBMISSION FIGHTING COMPETITION MATCH | 2002年2月3日 |
ブラジリアン柔術
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| × | 平岩宏亮 | 判定0-10 | おぎちゃんフリーファイト | 2024年8月25日 |
| × | 西野大樹 | 判定0-0 | コパ・パラエストラ東北2006 BJJオープントーナメント アダルト紫帯レーヴィ級 1回戦 | 2006年9月17日 |
| ○ | 田坂和也 | 襟締め | 第2回ブラジリアン柔術東北新人大会 青帯レーヴィ級 | 2006年5月21日 |
| × | 入野樹美 | 判定 | 第2回ブラジリアン柔術東北新人大会 青帯アブソリュート級 | 2006年5月21日 |
| ○ | 田子俊也 | 判定 | コパ・パラエストラ東北BJJオープントーナメント 【マスター白帯レーヴィ級 決勝】 | 2002年9月15日 |
| ○ | 長澤幸司 | 判定 | コパ・パラエストラ東北BJJオープントーナメント 【マスター白帯レーヴィ級 準決勝】 | 2002年9月15日 |
| × | 山田勝功 | 判定2-4 | COPA-TOUHOKU2 【中量級トーナメント(61~72.9kg)】 | 2001年9月15日 |
| ○ | 三上敏也 | 腕ひしぎ十字固め | COPA-TOUHOKU2 【中量級トーナメント(61~72.9kg)】 | 2001年9月15日 |
| ○ | 松崎栄 | 判定15-0 | 山形フリーファイト WITH YAMAGATA BJJ JAM アダルト・レーヴィ級 | 2001年6月3日 |
獲得タイトル
- 第2代 BRAVE OVER50ミドルエイジ中量級王者(2022年8月21日~)
- クレイジーサーカス -73kgトーナメント優勝(2011年11月13日)