オホキミ
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「おほきみ」と 訓じられた最古の天皇は垂仁天皇で「伊久牟尼利比古大王[3](いくむにりひこのおほきみ)[4]」と書かれている。つぎは応神天皇で同じく『上宮記』に「凡牟都和希王(ほむつわけのおほきみ)[5]」と記されている。そして『上宮記』の中心人物である継体天皇は「乎富等大公王[6](ほほどのおほきみ)」と書かれている。日本書紀では「男大迹王[7]」と書いて「ほほどのおほきみ」と訓じている[8]。推古天皇は「小治田大宮治天下大王天皇」[9]と書かれ、「おほきみ」と「すめらみこと」が合わさっている。ここから推測できることは、天皇の呼び名では「おほきみ」の名称が先にあって、後から「すめらみこと」の名称が来たことである。
天皇に「大王」がつく場合は「おほきみ」と読ませるのが通例なので、埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘文(471年)の「獲加多支鹵大王(雄略天皇)」は「わかたけるのおほきみ」と呼ばれた可能性が高い。
隋書倭人伝では600年ごろの日本の君主を「阿輩雞彌」と書いており、「おほきみ」の音訳と考えられる。
→詳細は「大王 (ヤマト王権)」を参照