キリストの埋葬 (エル・グレコ)
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| ギリシャ語: Η ταφή του Χριστού 英語: The Entombment of Christ | |
| 作者 | エル・グレコ |
|---|---|
| 製作年 | 1568-1570年ごろ |
| 種類 | 板上にテンペラ |
| 寸法 | 51.5 cm × 42.9 cm (20.3 in × 16.9 in) |
| 所蔵 | アレクサンドロス・ソウトゾス美術館、アテネ |
『キリストの埋葬』(キリストのまいそう、希: Η ταφή του Χριστού、英: The Entombment of Christ) は、ギリシア・クレタ島出身で主にマニエリスム期のスペインで活動した画家エル・グレコが1568-1570年ごろに制作した板上に卵テンペラ (油と混ぜられている) で制作した絵画である。現在、アテネのアレクサンドロス・ソウトゾス美術館に所蔵されている[1][2]。
本作は、エル・グレコがヴェネツィア時代に制作した絵画である[1][2]。当時、彼はルネサンス美術の様式を採り入れようとしていた。遠近法を用いた合理的な空間が、斜めに配置された石棺、立っている人物像、そしてキアロスクーロと地面に投げられた影を用いた量感のある人物造形によって強調されている[1]。

古典的なプロポーションを持つイエス・キリストの身体は、ほとんど古代彫刻のように表現されている[1]。豊かな色彩と卒倒する聖母マリアにおいて極まる劇的な表現は、ヴェネツィア派ルネサンス絵画の特徴である。エル・グレコはヴェネツィア派以外のルネサンスの画家たちからも多くの要素を借用しているが、そうした要素を非常に巧みに配置しているため、ほとんど目立たない[1]。本作に関して、エル・グレコのビザンチン美術的な要素は板上に描かれていることだけである。一方で、卵テンペラ (油と混ぜられている) の使用は、イタリア、とりわけ初期のヴェネツィア派に特徴的なものである[1]。
場面は洞窟の前に設定されており、人物たちはごつごつした岩のある暗い背景の中でシルエットとなっている。背を向けている人物が鑑賞者を画面に導いているが、これはマニエリスムの手法である。ミケランジェロの強い影響がキリストの顔や使徒たちの姿に見える。3人のマリアの姿はパルミジャニーノによる『キリストの埋葬』の版画に由来しており[2]、エル・グレコは聖女たちの悲嘆の感情を伝えるのに成功している。肖像画家としてのエル・グレコの能力は、赤褐色と青色の色調の使用により示されている。