クリス・ジョンソン (投手)

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1984-10-14) 1984年10月14日(41歳)
身長
体重
193 cm
93 kg
クリス・ジョンソン
Kris Johnson
マツダスタジアム
(2019年3月12日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ウェストコビーナ
生年月日 (1984-10-14) 1984年10月14日(41歳)
身長
体重
193 cm
93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト1巡目追補(全体40位)でボストン・レッドソックスから指名
初出場 MLB / 2013年8月18日 アリゾナ・ダイヤモンドバックス
NPB / 2015年3月28日 東京ヤクルトスワローズ
最終出場 MLB / 2014年7月21日 クリーブランド・インディアンス
NPB / 2020年9月3日 中日ドラゴンズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

クリストファー・マイケル・ジョンソンKristofer Michael Johnson, 1984年10月14日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ウェストコビーナ出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

海外出身選手としては1964年のジーン・バッキー(当時:阪神)以来52年ぶり史上2人目の沢村栄治賞を受賞している。

プロ入り前

2003年MLBドラフト50巡目(全体1475位)でアナハイム・エンゼルスから指名されたが、ウィチタ州立大学英語版に進学した。

レッドソックス傘下時代

2006年MLBドラフト1巡目追補(全体40位)でボストン・レッドソックスから指名され、6月7日に契約。「MLB最高の編成担当」と称されるゼネラルマネジャーセオ・エプスタインと、腹心とされるスカウト部長のジェーソン・マクロードが指名に携わった[1]。契約後は、傘下のA-級ローウェル・スピナーズ英語版で公式戦14試合に登板。0勝2敗ながら、防御率0.88という好成績を残した。

2007年はA+級ランカスター・ジェットホークスで27試合に登板し、9勝7敗・防御率5.56だった。

2008年はAA級ポートランド・シードッグスで27試合に登板し、8勝9敗・防御率3.63だった。

2009年はAAA級ポータケット・レッドソックスで22試合に登板し、3勝13敗・防御率6.35と結果を残せず、8月にAA級ポートランドへ降格。3試合に登板し、0勝3敗・防御率6.35だった。

2010年はAAA級ポータケットで28試合に登板し、6勝13敗・防御率4.88だった。

2011年はAAA級ポータケットで8試合に登板し、2勝2敗・防御率12.63と結果を残せず、5月16日に放出された。

独立リーグ時代

2011年6月11日に独立リーグ・アメリカン・アソシエーションカンザスシティ・ティーボーンズと契約[2]。16試合に登板し、6勝3敗、防御率3.23だった。

パイレーツ時代

2011年12月14日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ。

2012年はAA級アルトゥーナ・カーブとAAA級インディアナポリス・インディアンスでプレー。AAA級インディアナポリスでは20試合に登板し、5勝2敗・防御率4.53だった。オフの11月9日にパイレーツとマイナー契約で再契約した[3]

2013年はAAA級インディアナポリスで開幕を迎え、8月18日にパイレーツとメジャー契約を結んだ[4]。同日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でメジャーデビュー。同点の延長11回表から登板し、15回表終了まで3安打無失点1四球に抑えていたが、16回表二死二・三塁の場面でアダム・イートンから勝ち越しの2点適時二塁打を打たれ、メジャー初黒星を喫した[5]。翌19日にAAA級インディアナポリスへ降格[6]の後、9月1日にメジャーへ再昇格した[7]。この年は4試合に登板し、0勝2敗・防御率6.10だった。

ツインズ時代

2013年11月19日にデューク・ウェルカーとのトレードで、ミネソタ・ツインズへ移籍した[8]

2014年2月28日にツインズと1年契約に合意[9]。3月16日にAAA級ロチェスター・レッドウイングスへ異動し[10]、そのまま開幕を迎えた。5月1日にメジャーへ昇格[11]。同日のロサンゼルス・ドジャース戦に先発として移籍後初登板。4.1回を投げ、4安打6四球、無失点に抑えたが、翌2日にAAA級ロチェスターへ降格した。オフの10月22日に40人枠から外され、FAとなった。

広島時代

2014年10月29日に、広島東洋カープと1年契約で合意したことが球団から発表された[12]。背番号は42

2015年は、3月28日の東京ヤクルトスワローズ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で、先発投手として来日初の公式戦登板。6回まで無四球無安打に抑えた後に、7回表に先頭打者・山田哲人に唯一の安打を許しただけで、無四球完封勝利(準完全試合)を記録した。NPBの一軍公式戦に初めて登板した投手が、準完全試合を記録した事例はこの時が初めてである[13]。その後も、先発陣の一角を担いながら安定した投球を続けた結果、シーズン通算で14勝7敗、防御率1.85を記録。来日1年目でセントラル・リーグ(セ・リーグ)最優秀防御率のタイトルを獲得した。11月10日には、1年契約で2016年シーズンも残留することが球団から発表された[14]

2016年は、横浜DeNAベイスターズとのシーズン開幕戦(3月25日・マツダ)で、自身初の開幕投手を任された(8回2失点で敗戦投手)。5月には、自身初の2試合連続完封勝利と23イニング連続無失点を記録[15]。6月4日には、球団の外国人選手歴代最高年俸(推定300万ドル)に出来高を加えた条件で、2017年シーズンからの3年契約を新たに結んだことが球団から発表された[16][17]。8月2日の対ヤクルト戦(神宮球場)でシーズン10勝目に到達。広島の外国人投手ではコルビー・ルイス以来2人目の2年連続シーズン2桁勝利を達成した[18]。レギュラーシーズン全体では、左のエースとして、チームの25年ぶりリーグ優勝に大きく貢献。セ・リーグ最多勝利のタイトルをチームメイトの野村祐輔と最後まで争った[19]。投手主要部門でのタイトル獲得に至らなかったものの、10月25日には、沢村栄治賞を受賞することが選考委員会から発表された。レギュラーシーズンの公式戦通算成績が選考基準7項目中4項目(15勝以上、25試合以上登板、防御率2.50以下、勝率6割以上)を満たしたことによるもので、リーグの投手主要部門のタイトルを獲得していない投手の受賞は、1981年西本聖(巨人)以来35年ぶり。広島の投手からは前年の前田健太に次ぐ受賞で、外国人投手の受賞は、1964年ジーン・バッキー(阪神)以来52年ぶり史上2人目の快挙であった[20]ポストシーズンでは、レギュラーシーズン3位から勝ち上がったDeNAとのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第1戦(10月12日)に先発。DeNA打線を105球、3安打に抑える完封によって、チームに史上初の同シリーズ勝利をもたらした[21]。NPBポストシーズンの試合に初登板・初先発の外国人投手が完封勝利を挙げた事例は、日本シリーズを含めてもジョンソンが史上初めて[22]。チームのファイナルステージ突破を経て臨んだ北海道日本ハムファイターズとの日本シリーズでも、10月22日(いずれもマツダ)第1戦に先発すると、6回2/3を1失点に抑える好投で勝利投手になった。広島の外国人投手が日本シリーズの第1戦に先発した事例および、広島で(日本人を含む)同シリーズ第1戦の先発投手が白星を挙げた事例は、いずれも初めてである[23]。シーズン終了後には、広島球団との間で翌2017年シーズンからの3年契約を結んだ。

2017年は、広島の外国人投手では初めて、2年連続で一軍公式戦の開幕投手を任された[24]。3月31日の阪神との開幕戦(マツダ)で、前年まで得意にしていた阪神打線(詳細後述)に味方の失策も絡み7失点し、4回表で降板[25]。咽頭炎の発症で4月5日に出場選手登録を抹消された後も、発熱などによる体調不良が続いたこと[26]から、一軍公式戦でのシーズン初勝利は6月9日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天Koboスタジアム宮城)まで持ち越された[27]。さらに、7月22日の練習中に左ハムストリング筋を損傷[28]。チームはセ・リーグ2連覇でCS進出を果たしたものの、ジョンソンは以上の事情で2度にわたる戦線離脱を余儀なくされたため、レギュラーシーズンの一軍公式戦では13試合の登板で6勝3敗、防御率4.01という成績にとどまった。DeNAとのCSファイナルステージでは、10月20日の第3戦(マツダ)に先発。しかし、5回1失点ながら敗戦投手になり、チームも同月24日の第5戦でステージ敗退を喫した。

2018年は、レギュラーシーズンの開幕投手を野村祐輔へ譲る格好で、中日との開幕カード第2戦(3月31日)から一軍公式戦で先発[29]。5月11日の対阪神戦でシーズン4勝目を挙げてからは、妻の出産へ立ち会う目的によるアメリカへの一時帰国期間[30]をはさんで、9月11日の対中日戦(いずれもマツダ)で3敗目を喫するまで8連勝を記録した。この記録は、広島の外国人投手による同一シーズンでの一軍公式戦連勝記録に当たる[31]。また、7月11日の対中日戦(ナゴヤドーム)でシーズン6勝目を挙げたことで、広島入団後の一軍公式戦における通算勝利数が41に到達した。広島の外国人投手としての歴代最多勝利記録を達成し[32]、以降の試合で白星を挙げるたびに、この記録を更新した。レギュラーシーズン全体では、2年ぶりの最終規定投球回到達で11勝(5敗)を記録するとともに、チームのセ・リーグ3連覇へ貢献した。ポストシーズンでは、巨人とのCSファイナルステージ第2戦(10月19日)に先発で8回を2被安打1失点と好投したことによって、チームの逆転勝利につなげた[33]。翌20日の第3戦勝利(ステージ突破)を経て進出した福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、10月28日の第2戦と11月2日の第6戦(いずれもマツダ)に先発。第2戦を7回1失点という内容で勝利した[34]ものの、チームが2勝3敗で迎えた第6戦では、6回2失点と好投しながら敗戦し、チームも34年ぶりのシリーズ制覇とはならなかった[35]

2019年は、春季キャンプ開始前日の1月31日に、広島球団との間で翌2020年の1年契約に合意したことが発表された。2017年からの3年契約が2019年シーズンで満了することによるものだが、NPBの球団に所属する選手が、春季キャンプ前に翌シーズンの契約更新を済ませたことは異例である[36]。シーズンでは大瀬良と並ぶチームトップタイの11勝を挙げ防御率は3年ぶりに2点台の好成績だったが年俸は6950万円ダウンの2億7250万円となった。

2020年は、同じ苗字の投手であるD.J.ジョンソンの入団に伴い、登録名を「K.ジョンソン」に変更した。しかし開幕から絶不調で、9月3日の対中日ドラゴンズ15回戦(ナゴヤドーム)で7連敗を喫し、外国人投手による開幕からの連敗数がセ・リーグ新記録となり[37]、同時にデニス・サファテらが持つ日本タイ記録に並んだ[37]。この試合が自身の最後の登板となった。11月12日に同年限りで退団することが発表された[38]

2021年に開催された東京オリンピック野球競技において、アメリカ代表としてオファーを受けたが辞退した。その理由は「カープの一員だったことをファンの皆さんに覚えておいて欲しい」ということであった[39]。そして同年8月18日、現役引退が発表された[40]

選手としての特徴

2019年の投球データ[42]
球種配分
%
平均球速
km/h
フォーシーム 33146
カットボール 21139
ツーシーム 17145
カーブ 12120
チェンジアップ 11134
スライダー 6132

スリークォーターの長身サウスポーで、持ち球は平均球速約140キロ台中盤・最速152km/h[43]フォーシームツーシームと、カットボールカーブチェンジアップ[41]

マツダスタジアムにて
(2019年3月17日)

いわゆる「グラウンドボールピッチャー[41]で、被本塁打や被長打が比較的少ない。広島への入団後は、登板した試合でフェアゾーンへ飛んだ打球に対するゴロの比率が高く、2015年は64%、2016年は60%に達した。ジョンソン自身も、「自分はゴロを打たせて取るタイプの投手」と語っている[44]

レッドソックスのゼネラルマネジャーだったエプスタインは、「3つの球種を高い制球力で操れることから、メジャーでも先発ローテーションの一角を担える」という評価でジョンソンを指名。ジョンソン自身は、入団後にAAA級まで順調に昇格したものの、MLBの公式戦で1勝も挙げられないまま広島への入団に至った。レッドソックスのスカウト部長時代に、エプスタインの部下としてジョンソンの指名に携わったマクロードによれば、AAA級へ昇格してから広島へ入団するまでのジョンソンは「打者に向かって攻め切れずに、コーナーを狙いすぎてカウントを悪くしたあげく、ストライクを取りに行った球を打たれるというパターンを繰り返していた」とされる[1]

広島への入団後は、阪神タイガース打線との相性が特に良い。阪神戦では、2016年のレギュラーシーズン最終登板であった9月22日の対戦(マツダ)で初黒星を喫するまで、一軍公式戦通算9試合の登板で6連勝を記録していた[45]

人物

父方の祖母が日本人であり本人はクォーターである[46]

広島では石原慶幸とバッテリーを組むことが多い。ジョンソン自身は、石原と揃って臨んだヒーローインタビューで石原のことを「イシ」と呼ぶほど、石原のリードやキャッチングに「メジャー級」の信頼を置いていた[47]

広島2年目の2016年に沢村栄治賞を受賞。アメリカへ帰国していた同年11月に、沢村賞のトロフィーが入った箱を地元の郵便局で受け取ったところ、郵送中の事故でトロフィーや展示用のガラスケースが壊れていることが判明した。判明の直後にはトロフィーを修復したうえでジョンソン宛てに再送することが検討されたが、事故の責任の所在をめぐって、郵便局側と送り主側が対立。この対立のあおりを受けて、ジョンソンには200ドル相当の保険金が支払われるだけにとどまった。そこで、ジョンソンの義父が、本人に内緒でトロフィーを修復することを決意。腕利きの修復職人を自分で探して修復を依頼したところ、保険金をはるかに上回る金額を費やしながらも、トロフィーは完璧な姿に蘇った。修復されたトロフィーは、翌2017年のシーズン終了後に義父の自宅で開かれたジョンソンのバースデーパーティーで、義父からの「バースデープレゼント」として本人に渡された[48]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2013 PIT 410000200.0004610.1120411920776.101.55
2014 MIN 330000100.0006413.11729001210774.731.95
2015 広島 282811114700.667773194.1146567021503143401.851.10
2016 262632015700.682736180.11541149231413050432.131.13
2017 13130006300.66732876.17942502532040344.011.36
2018 242400011500.688609144.2137948451133055503.111.28
2019 272711011800.579650156.21321258241323050452.591.21
2020 10100000700.00023751.26032501355038356.101.65
MLB:2年 740000300.00011023.22921311213014145.321.78
NPB:6年 128128541573700.6063333804.0708442728176241912762472.761.22
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

NPB

表彰

NPB

記録

MLB

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2013年8月18日、対アリゾナ・ダイヤモンドバックス6回戦(PNCパーク)、12回裏にジョシュ・コルメンターから投犠打

NPB

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2015年3月28日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、3回裏に石川雅規から空振り三振
  • 初安打:同上、7回裏に石川雅規から左前安打
  • 初打点:2015年6月20日、対横浜DeNAベイスターズ11回戦(横浜スタジアム)、2回表に山口俊から左前適時打
その他の記録


背番号

  • 60(2013年)
  • 53(2014年)
  • 42(2015年 - 2020年)

出演

CM

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI