クリフ・ペニントン (野球)

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1984-06-15) 1984年6月15日(41歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
195 lb =約88.5 kg
クリフ・ペニントン
Cliff Pennington
テキサスA&M大学野球部 コーチ
ロサンゼルス・エンゼルスでの現役時代
(2016年8月11日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州コーパスクリスティ
生年月日 (1984-06-15) 1984年6月15日(41歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手二塁手
プロ入り 2005年 MLBドラフト1巡目
初出場 2008年8月12日
最終出場 2018年4月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

クリフトン・ランドルフ・ペニントンClifton Randoulph Pennington, 1984年6月15日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州コーパスクリスティ出身の元プロ野球選手内野手)。右投両打。愛称はペニーPenny[1]。現在は、テキサスA&M大学野球部のアシスタントコーチを務める。

プロ入りとアスレチックス時代

2005年MLBドラフト1巡目(全体21位)でオークランド・アスレチックスから指名され、6月17日に契約を結んだ。契約後、傘下のA級ケーンカウンティ・クーガーズでプロデビュー。69試合に出場して打率.276、3本塁打、29打点、25盗塁を記録した。

2006年はA+級ストックトン・ポーツでプレーし、46試合に出場して打率.203、2本塁打、21打点、7盗塁を記録した。6月25日に右ハムストリングの故障で離脱した。8月にルーキー級アリゾナリーグ・アスレチックスで復帰し、9試合に出場した。

2007年はまずA+級ストックトンでプレーし、68試合に出場して打率.255、6本塁打、36打点、9盗塁を記録した。6月にAA級ミッドランド・ロックハウンズへ昇格した。同球団では70試合に出場して打率.251、2本塁打、21打点、8盗塁を記録した。

2008年はAA級ミッドランドで開幕を迎え、50試合に出場して打率.260、18打点、20盗塁を記録した。5月30日にAAA級サクラメント・リバーキャッツへ昇格した。同球団では65試合に出場して打率.297、2本塁打、16打点、20盗塁を記録した。8月12日にアスレチックスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[2]、同日のタンパベイ・レイズ戦でメジャーデビュー。「9番・三塁手」として先発起用されたが、3打数無安打に終わった[3]。昇格後は内野のバックアップとして起用されていたが、9月からは先発起用が増え、この年メジャーでは36試合に出場して打率.242、9打点、4盗塁を記録した。

2009年2月21日にアスレチックスと1年契約に合意した。4月4日にAAA級サクラメントへ異動し[4]、開幕を迎えた。AAA級サクラメントでは99試合に出場して打率.264、3本塁打、40打点、27盗塁を記録した。7月31日にメジャーへ昇格すると[5]、同日に正遊撃手オーランド・カブレラが移籍したため、昇格後は遊撃のポジションを奪取し、60試合に出場して打率.279、4本塁打、21打点、7盗塁を記録した。

2010年3月8日にアスレチックスと1年契約に合意[6]。この年は正遊撃手として開幕を迎え、156試合に出場して打率.250、6本塁打、46打点、29盗塁を記録した。

2011年2月27日にアスレチックスと1年契約に合意[7]。この年は148試合に出場して打率.264、8本塁打、58打点、14盗塁を記録した。

2012年2月12日にアスレチックスと1年契約に合意した。開幕後は例年通り正遊撃手として起用されていたが、7月20日に左肘の故障で15日間の故障者リスト入りした[8]。その後、8月7日に復帰した[9]。この年は125試合に出場して打率.215、6本塁打、28打点、15盗塁を記録した。シーズン終了時点で当時のアスレチックスのロースターの中では一番の古株であった。

ダイヤモンドバックス時代

2012年10月20日にマイアミ・マーリンズも絡んだ三角トレードで、アリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した[10]

2013年1月30日にダイヤモンドバックスと総額500万ドルの2年契約[11]を結んだ[12][13]。ダイヤモンドバックスは前年遊撃手を固定することができず、ウィリー・ブルームクイストらと正遊撃手の座を争うこととなったが、開幕から先発起用された。しかし、開幕後は打率2割を切るなど不調が続き、5月からは先発から外れ、メジャー2年目のディディ・グレゴリウスに遊撃のポジションを奪われるなど苦悩の1年となった。この年は96試合の出場にとどまり、打率.242、1本塁打、18打点、2盗塁を記録した。

2014年は前年AAA級でMVPと新人王を獲得した有望株のクリス・オーウィングスが正遊撃手となったため、厳しい状況に置かれた。6月3日に左手親指の故障で15日間の故障者リスト入りした[14]。8月6日に復帰した[15]後は、今度はオーウィングスが右肩痛で約2ヶ月の戦線離脱をしていたため、グレゴリウスが遊撃のポジションを務めており、遊撃・二塁のバックアップとして起用され、2009年以来の三塁守備にも就いた。この年は68試合に出場して打率.254、2本塁打、10打点、6盗塁と不本意なシーズンとなった。オフの12月28日にダイヤモンドバックスと327万5000ドルの1年契約に合意した[16]2015年シーズンも控えに甘んじる事が多く、自身の誕生日でもある6月15日の試合ではマイナー以来、メジャーでは初めて左翼手の守備に就き、補殺も1記録した。

ブルージェイズ時代

2015年8月8日にウェイバー公示を経てダウェル・ルーゴ英語版とのトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した[17]。ブルージェイズでは内野のユーティリティとして33試合に出場したが、打撃面では打率.160、2本塁打と結果を残せなかった。シーズン全体では3年ぶりに100超となる105試合でプレーし、打率.210、3本塁打、21打点、3盗塁という打撃成績だった。そして、リーグチャンピオンシップ(対カンザスシティ・ロイヤルズ)で、ポストシーズンではMLB史上初となる野手登録の選手が登板するという珍記録を樹立した[18]。オフの11月2日FAとなった[19]

エンゼルス時代

2015年11月17日にロサンゼルス・エンゼルスと2年375万ドルの契約を結んだ[20]

2016年は控え内野手として二塁、遊撃をメインに起用された。74試合に出場して打率.209、3本塁打、10打点、1盗塁を記録した。守備面では、二塁の58試合が多く、1失策守備率.994、DRS + 3、UZR + 0.8、遊撃(17試合)では、1失策、守備率.983、DRS + 1、UZR + 0.9を記録した。

2017年オフの11月2日にFAとなった[21]

レッズ時代

2018年2月15日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[22]。開幕はメジャーで迎えるも[23]、4月26日に傘下のAAA級ルイビル・バッツへ降格[24]、さらに28日にはマイナー契約となった[25]。その後、5月18日に自ら契約解除を申し出て自由契約となった[26]

レンジャーズ傘下時代

レッズを自由契約となった同日の2018年5月18日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結び[27]、翌19日に傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスへ配属された。オフの11月2日にFAとなった[25]

アスレチックス傘下時代

2019年2月15日にプロ入り時の古巣であるアスレチックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加した[28]。 3月14日には、東京ドームで行われるシアトル・マリナーズとの開幕シリーズに参加するメンバー30人に選ばれ[29]、来日した。17日と18日に行われた北海道日本ハムファイターズとのプレシーズンマッチではいずれも途中出場した。開幕直前の3月31日に自由契約となった。

ヤンキース傘下時代

その後、4月4日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[30]。開幕から傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースでプレーしていたが、6月4日に自由契約となった[25]

引退後

2019年6月17日に母校のテキサスA&M大学のアシスタントコーチ就任が発表され[31]、2年間務めた。

2021年からはダラス・バプティスト大学英語版のアシスタントコーチ兼リクルーティング・コーディネイターとなり、4年間務めた。

2025年6月からは再びテキサスA&M大学のアシスタントコーチを務める[32]

プレースタイル

俊足を生かした広大な守備範囲と強肩を持つも、メジャーではよくあるジャンピングスローをあまりしない堅実な守備で知られている[要出典]。2010年にはゴールドグラブ賞フィールディング・バイブル・アワードの候補にも名を連ねた。打撃は苦手で、狙い球を絞るゲスヒッタータイプ。規定打席以上では2011年の.264が自己最高となっている。本職は遊撃だが、二塁の方が守備成績が良く、後年には、三塁や左翼の守備機会も増えている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2008 OAK 3611799142450029941211302181.242.339.293.632
2009 6022920827581134872175101901465.279.342.418.760
2010 156576508641272686187462951235003967.250.319.368.687
2011 148570515571362628190581498442111045.264.319.369.687
2012 1254624185090182613028156523502901.215.278.311.589
2013 ARI 9629926925651332621820212651547.242.310.309.618
2014 682011772145511831061102003361.254.340.350.690
2015 721571351532011381030421620294.237.314.281.595
TOR 339275912302211100321101202.160.270.280.550
'15計 1052492102444313592130742721496.210.298.281.578
2016 LAA 741881721836423531010301300554.209.265.308.573
2017 872171942349603642131151601582.253.306.330.635
2018 CIN 16342914000400000500131.138.265.138.403
MLB:11年 9713142279932467812021369482428428422026681561940.242.309.339.648

記録

MiLB

背番号

  • 56(2008年 - 2009年途中)
  • 26(2009年途中 - 同年終了)
  • 2(2010年 - 2012年)
  • 4(2013年 - 2015年途中、2018年)
  • 9(2015年途中 - 同年終了)
  • 7(2016年 - 2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI