ケイムホーム

From Wikipedia, the free encyclopedia

欧字表記 Came Home
性別
ケイムホーム
欧字表記 Came Home
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1999年3月29日
死没 2021年7月8日(22歳没)
Gone West
Nice Assay
母の父 Clever Trick
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(ケンタッキー)
生産者 John A. Toffan
& Trudy McCaffery
馬主 レーンズエンドファーム
John Toffan、
Trudy McCaffrey
調教師 J. Paco Gonzalez(アメリカ)
競走成績
生涯成績 12戦9勝[1][2][3]
獲得賞金 183万5940ドル
勝ち鞍
G1ホープフルステークス2001年
G1サンタアニタダービー2002年
G1パシフィッククラシック2002年
G2サンヴィセンテS2002年
G2サンラファエルS2002年
G2スワップスステークス2002年
G3ハリウッドJCSS2001年
G3アファームドH2002年
テンプレートを表示

ケイムホームCame Home1999年3月29日 - 2021年7月8日)はアメリカ合衆国競走馬[1][2]。2002年のパシフィッククラシックステークスなど、重賞8勝(内G1競走3勝)を挙げた[1][2]

引退後はレーンズエンドファームで種牡馬となり、2007年には日本に輸出され、翌年から日本軽種馬協会(JBBA)の種馬場で供用された。日本での産駒には、インティフェブラリーステークス)、タガノトネール武蔵野ステークス)、サウンドリアーナファンタジーステークス)がいる[4]

競走馬時代

2001年2歳)、6月にハリウッドパーク競馬場でデビューし、デビュー戦で初勝利を挙げた。続くハリウッドジュヴェナイルチャンピオンステークス (G3) を制し、重賞初勝利を挙げる。そしてホープフルステークスを制し[1][2]G1初勝利を挙げたが、ブリーダーズカップジュヴェナイルでは、ヨハネスブルグらに敗れ7着だった。

2002年(3歳)、この年初戦のサンヴィセンテステークス (G2) とサンラファエルステークス (G2) を連勝し、サンタアニタダービー (G1) も制した[1][2]が、ケンタッキーダービーではウォーエンブレムらに敗れ7着だった。その後はアファームドハンデキャップ (G3) 、スワップスステークス (G2) を連勝した。そしてパシフィッククラシックステークスを制し[1][2][3]G1 3勝目を挙げたが、続くブリーダーズカップクラシックは10着と大敗し、このレースを最後に競走馬を引退することになった。

種牡馬時代

2003年(4歳)から[1][2][3]レーンズエンドファームで[1]種牡馬となった。

2007年(8歳)、10月31日日本中央競馬会 (JRA) と購買契約が交わされたことが発表された[5]。11月下旬に輸出され、日本到着後は輸入検疫を受けたあと、12月中旬に社団法人日本軽種馬協会に寄贈され、JBBA静内種馬場で繋養される[2]2008年種付け頭数は当年の日高地区の種牡馬としては最多の175頭であった[6]が、その後は下降している。

2017年10月、JBBA静内種馬場からJBBA九州種馬場へ移動。2018年よりJBBA九州種馬場にて種牡馬生活を送ることになった[7]。2021年7月8日、繋養先のJBBA九州種馬場で8日夜、急性腹症のため死亡した[4]

日本国内で生産されたファーストクロップ馬の初出走および初勝利は、2011年5月29日佐賀競馬場で行われた新馬戦「ルーキーステージ」で、ガルホームにより記録された[2]。同年7月2日には函館競馬場で行われた2歳新馬戦をクールユリアが制し、JRA初勝利となった[8]。2012年のファンタジーステークスサウンドリアーナが優勝し、産駒のJRA重賞初制覇[9]

おもな産駒

母の父としての主な産駒

GI級競走は太字で示す

グレード制重賞優勝馬

地方重賞優勝馬

血統表

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI