タムレット
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| タムレット | |
|---|---|
| 欧字表記 | Tamerett |
| 品種 | サラブレッド[1] |
| 性別 | 牝[1] |
| 毛色 | 黒鹿毛[1] |
| 生誕 | 1962年2月17日[2] |
| 死没 | 1995年9月15日(33歳没)[2] |
| 父 | Tim Tam[1] |
| 母 | Mixed Marriage[1] |
| 母の父 | Tudor Minstrel[1] |
| 生国 |
|
| 生産者 | Bertram Linder[2] |
| 馬主 | James P. Mills[2] |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 35戦4勝[1] |
| 獲得賞金 | 25,415USD[2] |
タムレットまたはタメレット(欧字名: Tamerett、1962年2月17日 – 1995年9月15日) は、アメリカ合衆国の競走馬、繁殖牝馬。
競走馬としては条件馬で終わったが、繁殖牝馬としてはテンタムとノウンファクトのGI馬2頭を出すなど大きな成功を収めた。牝系は世界的な広がりを見せており、孫のゴーンウェストやそのほかの牝系子孫を通じて血統に大きな影響を与え続けている[2]。
1962年、ケンタッキー州のバートラム・リンダーによって生産された[2]。1963年、ファシグ・ティプトンのサラトガ1歳馬セールでジェームス P. ミルズ夫人によって1万ドルで購入されたが、2歳時に出走したクレーミング競走を経て7500ドルで別の馬主に引き取られた[2]。タムレットは最終的にゲドニー・ファーム・ブリーディング社に買収され、最初の4頭の仔馬を生産した[2]。ノウンファクトが誕生する前に、タムレットはウィリアム・O・リード博士によって個人的に引き取られ、1985年まで繁殖生活をつづけた[2]。1995年、レキシントン近くのリードズ・メア・ヘブン・ファームで死亡。享年33歳の記録的な長寿だった[2]。
繁殖成績
- タムテント / Tamtent(牡 1968年生、父Intentionally):1970年トレモントステークス優勝。現役中に死亡。
- テンタム / Tentam(牡 1969年生、父Intentionally):1973年ユナイテッドネイションズハンデキャップ、ガヴァナーステークス、メトロポリタンハンデキャップ(いずれも米GI)優勝。種牡馬としても成功したが、12歳で早逝。
- テリート / Terete(牡 1972年生、父Boldnesian) :1975年シネマハンデキャップ(米GII)優勝、1975年ハリウッドダービー(米GI)2着。種牡馬としては失敗に終わる。
- タミネット / Taminette(牝 1973年生、父In Reality):9戦2勝。繁殖牝馬としてGI馬のタピアノ、ステークスウィナーのマイアール、日本の京成杯を勝ったエーピージェットを輩出。
- ノウンファクト / Known Fact(牡 1977年生、父In Reality):1980年2000ギニーステークス(英G1)、ミドルパークステークス(米GI)優勝。種牡馬としても英米で複数のGI馬を輩出する大成功を収めた。
- セクレタム / Secrettame(牝 1978年生、父Secretariat)1982年シャーリージョーンズハンデキャップ(米GII)優勝。繁殖牝馬としてGI馬のゴーンウェスト、GIIを勝ったライオンキャヴァーン、日本のオープン馬ロードアルティマを輩出。
- カインドホープ / Kind Hope(牝 1980年生、父Chieftain):不出走。繁殖牝馬としてステークスウィナーのエクスプローシヴカウントを生産。
- バッジオブカレッジ / Badge of Courage(牝 1983年生、父Well Decorated):不出走。繁殖牝馬としてタイキフォーチュン・タイキダイヤ・タイキリオンの母パテントリークリア、英G3を勝ったトゥルーヒーローを生産。
主なファミリーライン
牝系図の主要な部分(G1級競走優勝馬、および日本の重賞馬)は以下の通り。*は日本に輸入された馬。
- Tamerett 1962
- Tentam 1969(ユナイテッドネイションズH、ガヴァナーS、米メトロポリタンH)
- Taminette 1973
- Known Fact 1977(英2000ギニー、ミドルパークS)
- Secrettame 1978
- Badge of Courage 1983
牝系図の出典:牝系検索α