サウロロフス
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| 地質時代 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 後期白亜紀カンパニアン - マーストリヒチアン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 分類 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| Saurolophus Brown, 1912 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 種 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サウロロフス(学名:Saurolophus、「鶏冠のあるトカゲ」の意[2])は、ハドロサウルス科のうちハドロサウルス亜科あるいはサウロロフス亜科に属する、鳥脚類の恐竜の属[3]。Saurolophus osborniとS. angustirostrisの2種が知られる[2]。S. osborniはカナダのアルバータ州、S. angustirostrisはモンゴル国で化石が発見されており、属全体は後期白亜紀においてユーラシア大陸と北アメリカ大陸にまたがって生息した[2]。
推定全長はS. osborniで8.2[4] - 9.8[2]メートル、S. angustirostrisで12[2] - 13[3]メートル。推定体重は3 - 11トン[3]。頭骨は後者においてより長い[5]。また他のハドロサウルス科の恐竜と同様に吻部が平坦である[1]。上下の顎の先端では歯の代わりに嘴が存在し、口腔の奥では1つの歯槽に3層以上の歯が備わるデンタルバッテリー構造が発達した[1]。また頬部にはくびれがあり、頬袋が存在したことが考えられている[6]。スパイク状の鶏冠が吻部先端から眼窩や頭頂部の上まで伸びており[2][7]、生時は鶏冠全体を被覆した皮膚に空気を送り込んで膨張させることができたと推測されている[7]。鶏冠は個体成長につれて伸長した[5]。
S. osborniは中部マーストリヒチアン階にあたるホースシューキャニオン層中部、S. angustirostrisは上部カンパニアン階あるいは下部マーストリヒチアン階にあたるネメグト層で化石が産出している[3]。前者はヒパクロサウルス、後者はタルボサウルスのような他の恐竜と共存した[3]。湿潤な森林やそれを伴う氾濫原のような環境に生息し[3]、群れをなして生活をしていたと考えられている[5]。
種

サウロロフスの化石のうち最初に記載された標本AMNH 5220は、1911年にバーナム・ブラウンが発見したものであり、ほぼ完全な骨格からなる。現在アメリカ自然史博物館で展示されているこの標本は、カナダから産出したほぼ完全な恐竜の骨格として最初の例であった。産出層準は上部白亜系マーストリヒチアン階のホースシューキャニオン層(当時はエドモントン層として知られた)で、産地はアルバータ州のレッドディア川沿いに位置するTolman Ferry付近であった。ブラウンはあまり時間を要することなくこの標本を記載し[8][9]、独自の亜科を設立した[10]。
アジアでは豊富な化石がより多くの情報を提供している。中華人民共和国の黒竜江省からは断片的な坐骨が産出し、S. kryschtofoviciと命名された[11]。より保存の良い化石はモンゴルの下部マーストリヒチアン階にあたるネメグト層から産出しており、後にS. angustirostrisと命名される大型の骨格が1946年から1949年にかけてのソ連-モンゴル合同発掘調査により発見されている[12]。この他に様々な個体成長段階の骨格が発見されており、S. angustirostrisはアジアのハドロサウルス科恐竜において最も化石記録が豊富な種となっている[13]。

サウロロフス属は今日において2種が有効な種とみなされている。タイプ種であるS. osborniともう1種のS. angustirostrisである。S. osborni (Brown, 1912)は1個の頭骨と骨格、そして他の完全な2個の頭骨や頭骨断片から知られている。S. angustirostris (Rozhdestvensky, 1952)は少なくとも15標本から知られる[14]。本種は頭骨の細部がS. osborniと異なるほか、皮膚の印象化石に見られる鱗のパターンも異なる。モンゴル産の種は頭骨が北米の種よりも20%長く、前上顎骨がより上側に向いている[15]。S. angustirostrisは目立つ長方形の鱗の列を尾と背部の正中線に沿って1列有しており、これらはS. osborniにおいて保存されていない。S. angustirostrisは尾の側面の鱗が垂直方向のパターンで配列しており、生時における体表の縞模様に対応していた可能性がある。S. osborniにおいてこの部位の鱗は放射状に配列しており、生時はまだら模様あるいは斑点模様であった可能性がある[16]。

S. kryschtofovici (Riabinin, 1930)は有効名と見なされておらず、疑問名[17][14]あるいはS. angustirostrisのシノニムとされる[13]。ただし、命名自体はS. angustirostrisよりも先である[18]。2011年に再評価が行われるまでS. angustirostrisが記載が十分でなく、S. osborniと区別する固有派生形質が確立されていなかった。Bell (2011)はS. angustirostrisに関する2件の先行研究Rozhdestvensky (1952)とMaryanska and Osmolska (1981)が十分な記載を提供していないと指摘した[15]。
1939年から1940年にかけてカリフォルニア州のモレノ層からも2体の部分的な骨格が産出した。これらの標本はサウロロフス属未定種として分類され、その後2010年に1体がエドモントサウルスに再分類された[19]。2013年の研究でこれらの2標本はサウロロフス属の新種S. morrisiとされ[18]、翌2014年に新属アウグスティノロフスに再分類された[20]。サウロロフス属の第三の種である可能性がある化石は、1937年にブラウンがワイオミング州のアルモンド層で発見したものがある[21]。また2016年にテキサス州のジャヴェリナ層で発見された化石も、サウロロフスやアウグスティノロフスの近縁属あるいはサウロロフス属の種の可能性がある[22]。
特徴

サウロロフス属はほぼ完全な骨格を含むマテリアルが知られており、その骨解剖学的構造が明確に把握できている。S. osborniはより希少なアルバータ州の種であり、全長はRichard Swann Lullによる推定で8.2メートルに達する[4]。グレゴリー・ポールによる推定値は全長8.5メートルである[3]。同じくポールにより体重は約3トンと推定される[3]。より大型のモンゴルの種であるS. angustirostrisは、ポールによる推定で全長13メートル、体重11トンに達する[3]。既知の範囲内で最大のS.angustirostrisの頭骨は長さ1.22メートルに達する[15]。体サイズの以外の点で2種の明確な差異は見出されていない[17]。
頭骨

サウロロフスの最も目立つ特徴は頭部の鶏冠であり、幼若個体には小型の鶏冠が存在する。鶏冠はスパイク状をなし、約45°の角度で目の上から上向きかつ後ろ向きに突出する。鶏冠は呼吸あるいは体温調節の機能を有した可能性のある内部チャンバーを持つ[23]。成体の標本は鶏冠の断面が丸みを帯びた三角形状をなす。鶏冠は頭骨の縁を超えて後方に突出する。前頭骨と前前頭骨の薄い突起が鶏冠の下側に沿って伸びており、おそらく鶏冠を補強していた。鶏冠の先端部は鼻骨が膨らんでいる[15]。
S. angustirostrisのホロタイプ標本は頭骨と体骨格であり、Bell (2011)は頭骨を再記載した。本種の頭骨はハドロサウルス亜科(あるいはサウロロフス亜科)において一般的なものであり、S. osborniのものよりも遥かに大型である。頭蓋天井から後方に突出した鶏冠はランベオサウルス亜科のものと異なり完全に鼻骨で形成されている。前上顎骨は頭骨長全体のほぼ50%を占め、両側面は小型の孔が多数開いていた。前上顎骨の接触部の前部は成体のみ癒合している。鼻骨は前上顎骨よりも長く、癒合した状態では保存されていない[15]。
体骨格
前肢の末節骨が蹄状をなしており、四足歩行性の傾向が強かったことが示唆されている[6]。これはサウロロフスに限った話でなく、ハドロサウルス科のような大型鳥脚類は祖先の小型鳥脚類から大型化するにつれ、祖先的な二足歩行性から四足歩行性に移行したことが考えられている[6]。尾椎は背側の神経棘と腹側の血道弓が上下に高く発達しており、薄く高い尾を有していた[6]。
系統

最初の標本の記載者であるバーナム・ブラウンは、サウロロフスをトラコドン科サウロロフス亜科に分類した。当時のサウロロフス亜科は後にランベオサウルス亜科に分類されるコリトサウルスやヒパクロサウルスを下位分類に含んでいた[10]。ブラウンは現在ランベオサウルスとして認識されている恐竜がそうであったようにサウロロフスの坐骨前端が拡大していると考えていたが、これは誤って関連付けられたランベオサウルス亜科の坐骨に基づくものであった。加えて、ブラウンはサウロロフスの鶏冠の構成要素が後のランベオサウルス亜科と同様であると誤った解釈をしていた[24]。
2010年以前の出版物の大半では、サウロロフスはハドロサウルス亜科の属として分類されていた。2010年に入り、ハドロサウルスが他のハドロサウルス亜科とランベオサウルス亜科の枝分かれ以前に分岐したことが考えられ、代わりにサウロロフス亜科という分類群名が再び用いられるようになった。サウロロフス亜科という名称は、かつてのハドロサウルス亜科の分岐群に用いることのできる最も古い名称であった[25]。
以下のクラドグラムはPrieto-Márquez et al. (2013)に基づく[26]。
| サウロロフス亜科 |
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古生物学
食餌
他のハドロサウルス科の恐竜と同様に、サウロロフスは四足歩行性あるいは二足歩行性の植物食恐竜であった。顎は咀嚼に類する動作が可能であり、歯は何百もの歯を収容してそのうちの一部を常時利用可能とするデンタルバッテリー構造をなした。植物物質は幅広な嘴で採集され、頬のような器官によって顎の中に保持された。食餌可能な範囲は地表から高さ4メートルまで達したとされる[14]。
鶏冠の機能

サウロロフスの目立つスパイク状の鶏冠は様々な解釈がされており、複数の機能を有していた可能性がある。ブラウンはサウロロフスの鶏冠をカメレオンの鶏冠と比較し、筋肉の付着面を提供し、またバシリスク属に見られるようなフリルの接続点を提供した可能性があると提唱した。ピーター・ドッドソンは他のハドロサウルス類に見られる同様の特徴について、性別の同定に用いられた可能性があると解釈した[27]。Maryańska and Osmólska (1981)は中空の基部に注目し、鶏冠が呼吸腔の表面積を増加させ、体温調節に寄与することを示唆した[23]。Hopson (1975)は視覚的シグナルとしての機能を支持し、さらに鼻孔の上に位置する膨張可能な皮膚が共鳴器および追加の視覚的シグナルとして機能した可能性に言及した[28]。この考えは外鼻孔の周囲に存在する浅く広い窩を根拠としたものである[6]。数多くの恐竜研究社に取り上げられており、Norman (1985)はハドロサウルス科のディスプレイについて議論し、そのような適応をした復元を公開した[29]。
ただし、パラサウロロフスのように内部の中空構造が発達したランベオサウルス亜科と異なり、サウロロフスの鶏冠は密実である[7][6]。外鼻孔から吸引した空気が鶏冠全体を通ることがなかったことから、鶏冠全体を使った音響装置としての役割は否定されている[6]。
個体成長

Dewaele et al. (2015)はS. angustirostrisの複数匹の幼体を収容した部分的な小型の巣を記載した。当該の標本MPC-D 100/764はネメグト層のDragon's Tomb群集から発見されたものであり、3匹あるいは4匹の幼体が確認され、また2個の断片的な卵殻が発見された。発見された幼体は頭骨長が成体の5%未満であり、死亡時点で個体成長の最初期段階にあったことが示唆される。これらの幼体に基づき、Dewaele et al. (2015)はS. angustirostrisの成体に見られる明瞭な鶏冠が幼体において未発達であること、成長につれて吻部が相対的に長くなること、眼窩がより楕円形に変化すること、前頭骨のドームが発達しなくなること、下顎骨の筋突起が高くなることを指摘した[30]。
社会行動
Bell et al. (2018)はネメグト層のアルタン・ウルII産地のDragon's Tomb群集を記載した。これにはS. angustirostrisが1種で優占する大規模なボーンベッドが含まれており、幼体・亜成体・成体の少なくとも3つの体サイズクラスが認められた。Dragon's Tombで行われた調査の結果少なくとも21個体のサウロロフスが確認されたことが示唆されており、また研究チームはボーンベッド全体で100個体以上のサウロロフスの死体が堆積イベントに関わったことを提唱した。ただし同時に、この集団死に関する正確な条件と原因は特定できないという議論もされた。またこの群集化石はS. angustirostrisにおける社会行動の証拠とされる一方、S. osborniにおいてそのような証拠はいまだ発見されていない[31]。
古病理

Hone and Watabe (2011)は、ネメグト層のブギン・ツァフ産地から産出したほぼ完全なS. angustirostrisの骨格標本MPC-D 100/764の左上腕骨について、同所的に分布したタルボサウルスによる噛み跡があることを報告した[32]。骨格の残りの部分に損傷が見られないことから、当該のティラノサウルス類は既に死亡して地面にほぼ埋没したS. angustirostrisの死骸を漁っていた可能性がある[6]。上腕骨からは深く食い込むような痕跡と引っ掻いたような痕跡が見られており、骨の近位端や遠位端に目立つ前者は軟骨あるいは骨自体を引き剝がそうとした際に、三角胸筋稜付近に目立つ後者は筋肉を引き剥がそうとした際に形成されたと推測されている[6]。これらから、タルボサウルスが骨を漁るためにどのスタイルの噛み方を採用するか積極的に選択していたことが示唆されている[6][32]。
1日の行動
サウロロフスはその強膜輪を現生鳥類や現生爬虫類と比較することにより、活動が24時間サイクル全体に分散して短いインターバルを挟む多相睡眠型の動物であったことが示唆されている[33]。
