サラ・ワンジル
ケニアの陸上競技選手
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経歴
帝京長岡高等学校卒業にあたり、日本の実業団入りを希望していたが、どのチームからも声はかからなかった。2023年3月、ケニアへの帰国を迫られる中、大東文化大学女子陸上競技部長距離ブロック監督(当時)の外園隆から声がかかったという経緯で大東文化大に入学した。
鈴木優花、吉村玲美、山賀瑞穂といった直近まで活躍したエース選手の卒業によりできた穴がそのまま埋まるがごとくチームの大黒柱としての活躍を見せる。全日本大学女子駅伝、富士山女子駅伝ではすべて最長区間の5区を走り、すべて区間賞を獲得。2年次には区間記録保持者の不破聖衣来との対決が実現するが、不破が故障明けで本来の力を発揮できなかったこともあり、不破を退け区間賞を獲得している。3年次には初めて自分自身の走りでトップに立つ。しかし全日本大学女子駅伝では故障明けの野田真理耶、富士山女子駅伝ではルーキーの秋竹凛音には荷が重かったか、どちらも最終区間で城西大学に逆転を許している。
トラック種目では5000mで学生記録を更新。2025年のワールドユニバーシティゲームズではケニア代表として10000mに出走し2位。このレースで日本代表で4位だった細見芽生からはライバル視されている[1]。
影響
ワンジルが大東文化大に入学した同年、大学男子駅伝界では5000m、10000m、20km、ハーフマラソンの学生記録を更新し、ケニア選手権でも9位に入るリチャード・エティーリと世界室内マドリード大会の3000mで優勝経験のあるアモス・ベットが東京国際大に入学したほか、シャドラック・キップケメイ、ブライアン・キピエゴ、スティーブン・ムチーニといった強力なケニアからの留学生も参入し、多くの大会で活躍している。そして彼らの活躍に呼応するかのように前田和摩、野中恒亨、本間颯、柴田侑らが日本トップクラスの選手に成長している。
留学生が日本選手の強化に貢献している例は多く、近年では田澤廉に対するイェゴン・ヴィンセント、三浦龍司に対するフィレモン・キプラガット、落合晃に対するフェリックス・ムティアニの例がある。女子も例外ではなく、ヘレン・エカラレ(仙台育英高→豊田自動織機)ら留学生が、田中希実、高松智美ムセンビ、鈴木優花らと高校時代に相対し、彼女らを日本トップクラスの選手や世界に通用する選手へ成長させることに一役買っている。これまで大学女子駅伝界ではケニア人留学生の参入が少なく、名城大学女子駅伝部(加世田梨花、高松、山本有真など)、鈴木、不破聖衣来ら突出した力のある日本人選手が牽引してきた。2026年現在、ワンジルに肉薄する活躍を見せた日本人選手はいないが、ワールドユニバーシティゲームズで争った細見芽生のようにライバル意識を持つ選手はおり、大学女子駅伝界でもケニア人留学生と追いつけ追い越せの関係になることで日本人選手のレベルアップに繋がると考えられる。そのような点でもワンジルはエティーリらと同じように、大学駅伝界に新しい風を吹かせた選手であると言える。