リチャード・エティーリ

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ラテン文字 Richard Etir
国籍  ケニア
リチャード・エティーリ
RICHARD ETIR
選手情報
ラテン文字 Richard Etir
国籍  ケニア
競技 陸上競技
種目 長距離走
大学 東京国際大学人間社会学部
生年月日 (2003-12-12) 2003年12月12日(22歳)
出身地 ケニアの旗ケニアニャフルル
身長 170cm
体重 58kg
自己ベスト
3000m 7分46秒73(2022年7月2日)
5000m 13分00秒17(2023年5月4日)
10000m 27分06秒88(2023年4月22日)
3000mSC 8分46秒4(2022年3月5日)
10km 27分47秒(2024年4月27日)
ハーフマラソン 59分07秒(2026年2月1日)
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リチャード・エティーリ(Richard Etir Lodung、2003年12月12日 - )はケニア陸上競技選手。 東京国際大学駅伝部所属。専門種目は長距離走5000m10000mハーフマラソンの日本学生記録保持者。

趣味はランニングである[1]。 キャリアハイは東京国際大学駅伝部に入部できたこと[2]。好きな食べ物はチャーハン[3]

経歴

ケニアニャフルル出身[4]。シル高校を卒業するまではサッカーに取り組んでいたが、「サッカーではプロになれないが、走ることでならお金を稼げるかもしれない」と考え、高校卒業とともにサッカーを引退した。高校卒業後、CHIMA JAPAN ACに所属して陸上競技を本格化させ、その後、のちに東京国際大学でチームメイトになるアモス・ベットともう1人のケニア人選手とともに来日し日本を中心に活動を始める[5]

2022年

3月にはナイロビで行われた3rd AK Track And Field Weekend Meetingに出場し、初の公式レースにおいて5000mで14分17秒33、3000mSCで8分46秒84を記録する。

来日後の6月の日体大長距離記録会10000mに出走し、初めての10000mであったが27分35秒07の好タイムを記録し組3位・総合3位に入る。

翌7月の伊勢崎市ナイター陸上競技記録会ではこちらも初めてとなる3000mに出走。気温32度以上の厳しいコンディションにも関わらず7分46秒73の好タイムで組1位・総合1位を獲得。2週間後の東海大学長距離競技会でも2度目となる5000mで自己ベストを1分以上更新する13分15秒93を記録するなど目覚ましい成長を遂げていく。

その後少し期間を開けて11月の日体大長距離記録会10000mに出走し、ここでも自己ベストを更新する27分27秒51で組1位・総合1位を獲得。その2週間後の日体大長距離記録会5000mで13分16秒20を出すと、8日後の東海大学長距離競技会50000mでもわずかながらも自己ベストを更新する13分15秒87を記録するなどトップクラスの留学生・実業団ランナーとも渡り合う快走を連発する。

2023年

3月には東京国際大学入学前の調整といった形でADIDAS TOKYO CITY RUNの10kmロードをイエゴン・ヴィンセントとのマッチレースで走り28分26秒の同タイムながらも1位となる。

大学入学後の翌4月には金栗記念大会5000mの最終6組に出場。最初の1周を66秒とスローペースで入りその後もペースが安定せずレースが進んでいく。そのような展開の中でも先頭を引っ張る積極性を見せていき、ラスト1周まで9人残った先頭集団でのスパート勝負で勝ち切ることはできなかったが13分25秒13の組3位・総合5位でデビュー戦を飾る。

2週間後の日体大長距離記録会10000mで自己ベストを更新する27分06秒88を記録。これは武蔵野学院大学ワンジク・チャールズ・カマウが保有していた学生記録を約12秒更新すると同時にブダペスト世界陸上参加標準記録(27分10秒00)を突破するタイムであった[6]

続く5月のゴールデンゲームズinのべおか5000mでブダペスト世界陸上参加標準記録(13分07秒00)を超える設定タイムとしたB組に出場。九電工ベナード・コエチと交互に引っ張り合うような形で進み、ハイペースを維持したまま1000m:2分36秒39・2000m:5分13秒79・3000m:7分50秒56・4000m:10分28秒14と通過していき12分台も狙えるレースとなっていく。ラスト200mを切った辺りのコーナーで先頭に立ち、そのまま競り合いを制して組1位・総合1位を獲得する。フィニッシュタイムの13分00秒17は自己記録・大会記録・日本学生記録・参加標準記録突破に相当する好タイムであった[7][8]。2カ月後の4月に初の代表を入りを目指して世界陸上ケニア代表選考会5000mに出場するものの13分26秒76の6位に終わり代表の座を逃す。

9月には初の学生大会となる日本インカレ10000mに出場。日の落ちた19時スタートでも気温30度以上という酷暑の中でレースとなる。1200mを過ぎたあたりからペースを上げていくものの5000m通過が14分10秒とスローペースとなっていくが、この時点で日本大学シャドラック・キップケメイ以外は遅れており[注 1]一騎打ちの展開となる。終始余裕をもって走り切ったエティーリは28分15秒75のタイムで初の学生タイトルを獲得する。

10月には初めてのハーフマラソンとなる第100回箱根駅伝予選会に出走。序盤は順調に走り、5km地点では14分15秒のトップで通過するものの8km過ぎで転倒、その後は転倒の影響のためか徐々に先頭集団から離れていく。最後まで粘りの走りを見せて1時間02分11秒でチームトップの個人総合12位でまとめるが東京国際大学は13位と3秒差の14位で箱根駅伝の出場権を逃すこととなった[9][10][11][12]

11月には八王子ロングディスタンスで最速のペーシングライトがパリオリンピック参加標準記録(27分00秒00)に設定された10000mの最終7組に出走。序盤はまとまった集団でレースが進むものの2600m付近で集団が崩れ始める。その中で中電工のアモス・クルガトだけが27分のペースで走り、エティーリはその少し後ろを三菱重工のキプラガット・エマヌエル・コリルと共に追いかける形となってレースを展開する。 6200m付近でペーシングライトから遅れたクルガトを捉えて一時は3人での先頭集団となるものの自身のペースが落ちて再度引き離される。それでも粘りの走りを続けて最終的には組3位・総合3位ながらも27分15秒53の好記録でフィニッシュする。この年最後のレースとなった1週間後の日体大記録会5000mでも13分21秒44と予選会転倒からの復調を感じさせるレースが続いた。

なお、この年の5000m及び10000mの記録によって日本学連より日本学生新記録章を受章している[13][14]

2024年

2024年最初のレースとして2月の香川丸亀国際ハーフマラソンに出走。各地点通過タイムが5km:14分22秒・10km:28分24秒とスローペースであったため折り返し地点でも先頭集団に9人が残る展開となる。しかし徐々にペースを上げていって昨年大会記録で優勝者したNDソフトアレクサンダー・ムティソとのマッチレースとなる。終盤まで並走を続けていたがスタジアム手前でスパートしたエティーリがムティソを引き離し59分32秒のタイムで優勝。大会記録には及ばなかったが山梨学院大学メクボ・ジョブ・モグスが2007年に記録した日本学生記録を17年ぶりに更新する好記録であった[15][16][17][18][19]。この記録により20kmの通過タイムである56分36秒も合わせてエティーリは5000m・10000m・20km・ハーフマラソンの4種目で日本学生記録保持者となった[20]。(20kmについてはIUAUJにおいては公認されているが、WA公認タイムではない)

約3週間後には2度目のADIDAS TOKYO CITY RUNで初の5kmロードを13分58秒(2位)で走るなどロードの出走経験を積んでいく。

4月には世田谷陸上競技会10000mでペースメーカーとして出走した後にドイツへと渡り、ヘルツォーゲンアウラハにあるアディダス本社にて行われたADIZERO: ROAD TO RECORDSの10kmの種目に出場。 27分切りを目指していた中で1kmごとのラップが2分40秒・2分45秒・2分42秒・2分48秒・2分45秒で進んでいき5km通過が13分40秒の先頭集団を形成する。エティーリもそれについていくものの6km過ぎたあたりから徐々に後退していき、優勝したニコラス・キプコリルのタイム(27分05秒)から42秒差をつけられる27分47秒の13位と自己ベストを更新したものの悔いの残る結果となった[21]

6月にはパリオリンピックケニア代表選考会の5000mに出走して13分36秒81の9位と2度目となる代表挑戦も敗れる形となった。その2週間後には伊勢崎市ナイター記録会で3000mを同日に2本走り8分02秒71と8分05秒42のタイムを記録する。

その後は箱根駅伝予選会までに記録会で2本トラック競技に出走する。7月6日には日体大記録会5000mにて気温28.0度・湿度82%のレース環境ながらも13分27秒48(組1位・総合1位)、気温24.1度・湿度71%と少し気温の下がった9月28日の日体大記録会10000mでは27分22秒32(組2位・総合2位)を記録するなど徐々に調子を上げていった。

10月19日には自身2度目となる箱根駅伝予選会に出走。10km地点までは順調に先頭集団でレースを進めるが腹痛を起こして徐々に後退し、15km地点で先頭と38秒差の8位と大きく後れる形となる。最終的にはさらに3つ順位を落として個人総合11位、トップでゴールした日本大学のシャドラック・キップケメイから2分36秒差の1時間03分35秒と前回と同じくチームトップではあるがタイムを稼げない走りとなった。チーム自体は主将の楠木悠人が途中棄権するなどのアクシデントに遭いながらも総合8位で本戦出場権を獲得する[22][23]。その後は前年に引き続き全日本大学駅伝には出走せずこれが2024年最後のレースとなった。

この年のハーフマラソンの記録によってエティーリは日本学連より3種目目の日本学生新記録章を受章している[24]

2025年

1月2日には自身初の駅伝となる第101回箱根駅伝の2区に出走。先頭から1分48秒差の14位でタスキを受け取ると1.5kmで5人を抜いて9位[注 2]、2.7km付近で10人を抜いて4位に浮上と快調に飛ばしていく。7.6kmで駒澤大学篠原倖太朗を捉えると並走する形で前を追っていき、横浜駅前の8.2km地点を区間記録から1秒遅れの22分43秒で通過、この時点で先頭との差を1分18秒まで詰める。11.7kmで早稲田大学山口智規を抜くと16km付近で並走していた篠原も徐々に引き離していく。15.2km地点通過が42分53秒と区間記録から6秒差と若干遅れ始めるが、最後の坂で持ち直し最終的にはヴィンセントの記録を18秒更新する1時間05分31秒の区間賞・区間新記録でタスキリレー。12人を抜いて順位を2位まで押し上げ先頭との差を40秒まで詰める快走で[25][26][27]、チームの3年ぶりのシード権獲得に貢献した[28][29][30]

3月のニューヨークシティハーフマラソンに出走登録していたがこれを回避して4月のベルリンハーフマラソンに出走。レースは序盤からペースメーカーを置き去りにして飛び出したGemechu Didaが独走する展開となり、エティーリはそれを追うようにレースを進めていく。しかしながら5km地点で6秒、10km地点で19秒と徐々に離されてしまい優勝争いから脱落して2位争いとなる。最終的には優勝したGemechu Didaからは47秒差をつけられたが秒差の争いを制して自己ベストを更新する59分30秒の好タイムで2位に入る[31][32]

翌5月には2年ぶりとなるゴールデンゲームズinのべおかで5000mのペースメーカーとして出走。13分10秒のペーシングライトに合わせて先導していき、1000m:2分37秒26・2000m:5分14秒99・3000m:7分54秒54と順調に走るが以降は少しライトから遅れる。最後はペースメーカーながらも走り切って自己記録に次ぐ13分11秒90(組4位・総合4位)の好タイムを記録する。2週間後の5月18日、セイコーゴールデングランプリ3000mでもペースメーカーを務めて2000m:5分08秒の通過まで先導して途中棄権[33]

次週の5月24日に行われた全日本大学駅伝選考会10000mにて最終4組に出走。序盤から先頭を積極的に引っ張り5000mを13分43秒で通過し、この時点で先頭集団はエティーリ、日本大学のシャドラック・キップケメイ、山梨学院大学のジェームス・ムトゥクの3人に絞られる。そのまま3人での独走は終盤まで続いていき、残り1周手前でムトゥクが遅れたためキップケメイとの一騎打ちとなる。ラストスパートでキップケメイを振り切ったエティーリはイエゴン・ヴィンセントの残した予選会最速記録の27分50秒65を約23秒更新する27分27秒55の好タイムで組1位・総合1位を獲得する。しかしながら他の日本人選手が総合60位・72位・90位・102位・126位・143位・150位と全体的に低調に終わりチームは15位と本戦出場を逃すこととなった。

7月5日のプリフォンテーン・クラシック10000mにエントリーしていたが直前にスタートリストから名前が消えて不出場となる。

その2週間後の7月19日にはホクレン・ディスタンスチャレンジ網走大会の10000mに出走。途中までは27分45秒設定のペーシングライトと並走するペースメーカーの後ろについていたが、4000m過ぎに先頭に出て独走態勢に入る。5000m:13分44秒と比較的順調に走っていたが気温24.0度・湿度100%という環境からかペースが上がらずにレースは進んでいく。後続もペーシングライトから遅れていったためペースは上がらずとも最後まで独走状態のままフィニッシュし27分37秒85のタイムで組1位・総合1位を獲得する。

10月13日には自身初めての出雲駅伝で3区・8.5kmの区間に出走。先頭の早稲田大学から41秒差の8位でタスキを受け取ると4.5km地点で22秒差まで距離を詰める。しかしそこからペースが上がらず、区間賞を取って首位に浮上した城西大学ヴィクター・キムタイらの後塵を拝して区間3位となるが順位を3つ上げての先頭から27秒差にとどめる。

出雲駅伝から6日後の10月19日には東京レガシーハーフマラソンに出走。入りの5kmが14分52秒とかなりのスローペース展開となり、以降も10km:29分18秒・15km:43分53秒とペースが上がらない先頭集団の中でレースを進める。20km地点を過ぎてから4人にまで絞られた先頭集団の中からセレモン・バレガが抜け出し、エティーリはそのすぐ後ろを富士通ベナード・キメリと共に追いすがっていく形に。キメリを振り切ってバレガとの国立競技場内でのトラック勝負にまでもつれ込み、ラストは1時間01分22秒の同タイムながら着差で負けて2位で終える[34]

1カ月程後の11月16日に日体大長距離記録会で10000mに出走。序盤から先頭を走り1000m:2分46秒で入ると、以降も2000m:5分29秒・3000m:8分14秒・4000m:11分01秒・5000m:13分48秒と1000mあたり2分45秒前後のペースを維持する先頭集団を形成する形でレースが展開していく。イーブンペースのまま進んでいく中で6000m手前あたりからエティーリ、小森コーポレーションのアンティパス・キベット、札幌山の手学校のボイ・ビリスの3人に絞られたトップ争いはラスト1周の勝負に。ラスト1周に入ってから猛然とスパートをかけたエティーリが他2人を引き離していき27分25秒49のシーズンベストのタイムで組1位・総合1位を獲得する。

記録

戦績

日付大会名区分距離種別タイム順位備考
2022年3月4日3rd AK Track And Field Weekend Meeting5000mトラック14分17秒33組4位
2022年3月5日3rd AK Track And Field Weekend Meeting3000mトラックSC8分46秒843位
2022年6月4日第296回 日体大長距離記録会7組10000mトラック27分35秒07組3位総合3位 [35]
2022年7月2日伊勢崎市ナイター陸上競技記録会10組3000mトラック7分46秒73組1位総合1位 [36]
2022年7月16日第213回 東海大学長距離競技会5組5000mトラック13分15秒93組1位総合1位 [37]
2022年11月12日第300回 日体大長距離記録会5組10000mトラック27分27秒51組1位総合1位 [38]
2022年11月26日第301回 日体大長距離記録会26組5000mトラック13分16秒20組1位総合1位 [39]
2022年12月4日第215回 東海大学長距離競技会14組5000mトラック13分15秒87組1位総合1位 [40]
2023年3月26日ADIDAS TOKYO CITY RUN 202310kmロード28分26秒1位 [41]
2023年4月8日第31回 金栗記念大会6組5000mトラック13分25秒13組3位総合5位 [42]
2023年4月22日第304回 日体大長距離記録会NCG1組10000mトラック27分06秒88組1位総合1位・UR・QES(B [43]
2023年5月4日第34回 ゴールデンゲームズinのべおかB組5000mトラック13分00秒17組1位総合1位・GR・UR・QES(B [44]
2023年7月8日ブダペスト世界陸上ケニア代表選考会5000mトラック13分26秒766位 [45]
2023年9月14日第92回 日本インカレ10000mトラック28分15秒751位 [46]
2023年10月14日第100回 箱根駅伝予選会21.0975kmハーフマラソン1時間02分11秒12位 [47]
2023年11月25日八王子ロングディスタンス7組10000mトラック27分15秒53組3位総合3位 [48]
2023年12月2日第311回 日体大長距離記録会NCG1組5000mトラック13分21秒44組2位総合2位 [49]
2024年2月4日第76回 香川丸亀国際ハーフマラソン21.0975kmハーフマラソン59分32秒1位UR [50]
2024年2月23日ADIDAS TOKYO CITY RUN 20245kmロード13分58秒2位 [51]
2024年4月6日令和6年度 第1回 世田谷陸上競技会2組10000mトラック28分02秒26組4位総合4位・PM [52]
2024年4月27日ADIZERO: ROAD TO RECORDS 202410kmロード27分47秒13位 [53]
2024年6月15日パリオリンピックケニア代表選考会5000mトラック13分36秒819位 [54]
2024年6月29日トライアルin伊勢崎市ナイター記録会12組3000mトラック8分02秒71組1位総合1位 [55]
2024年6月29日トライアルin伊勢崎市ナイター記録会14組3000mトラック8分05秒42組1位総合7位 [55]
2024年7月6日第315回 日体大長距離記録会NCG1組5000mトラック13分27秒48組1位総合1位 [56]
2024年9月28日第316回 日体大長距離記録会NCG1組10000mトラック27分22秒32組2位総合2位 [57]
2024年10月19日第101回 箱根駅伝予選会21.0975kmハーフマラソン1時間03分35秒11位 [58]
2025年1月2日第101回 箱根駅伝2区23.1km駅伝1時間05分31秒区間賞区間新記録 [59]
2025年4月6日ベルリンハーフマラソン21.0975kmハーフマラソン59分30秒2位UR [60]
2025年5月4日第36回 ゴールデンゲームズinのべおかB組5000mトラック13分11秒90組4位総合4位・PM [61]
2025年5月24日第57回 全日本大学駅伝選考会4組10000mトラック27分27秒55組1位総合1位・(GR) [62]
2025年7月19日ホクレンDC 網走大会A組10000mトラック27分37秒85組1位総合1位 [63]
2025年8月16日Bingwa Fest10000mトラック28分19秒51位 [64]
2025年10月13日第37回 出雲駅伝3区8.5km駅伝23分54秒区間3位 [65]
2025年10月19日東京レガシーハーフマラソン21.0975kmハーフマラソン1時間01分22秒2位 [66]
2025年11月15日第324回 日体大長距離記録会NCG1組10000mトラック27分25秒49組1位総合1位 [67]
2026年1月2日第102回 箱根駅伝2区23.1km駅伝1時間06分14秒区間7位
2026年2月1日第78回 香川丸亀国際ハーフマラソン21.0975kmハーフマラソン59分07秒1位UR

〇 基本の出典:[68]

〇 タイムはWAJAAFJITAIUAUJ等の共通公式表記。

〇 PM:Pacemaker。ペースメーカー。途中棄権(DNF)したレースは記載せず。

〇 GR:Game Record。大会記録。順位が2位以下の場合は記載せず。

〇 UR:University Record。学生記録。本項では日本学生陸上競技連合が承認した日本学生記録。

〇 QES:Qualified by Entry Standard。世界陸上及びオリンピックの参加標準記録切りのタイム。

大学三大駅伝戦績

学年(年度)出雲駅伝全日本大学駅伝箱根駅伝
1年生
(2023年度)
第35回
― - ―
不出場
第55回
― - ―
出走なし
第100回
― - ―
不出場
2年生
(2024年度)
第36回
― - ―
不出場
第56回
― - ―
出走なし
第101回
2区-区間賞
1時間05分31秒
区間新記録
3年生
(2025年度)
第37回
3区-区間3位
22分54秒
第57回
― - ―
不出場
第102回
2区-区間7位
1時間06分14秒
4年生
(2026年度)
第38回
― - ―
不出場
第58回第103回

自己ベスト

種目タイムスコア日付大会名
3000mSC8分46秒8410492022年3月5日3rd AK Track And Field Weekend Meeting
3000m7分46秒7311352022年7月2日伊勢崎市ナイター陸上競技記録会
5000m13分00秒1712092023年5月4日第34回 ゴールデンゲームズinのべおか
10000m27分06秒8812152023年4月22日第304回 日体大長距離記録会
5km ロード13分58秒10062024年2月23日ADIDAS TOKYO CITY RUN 2024
10km ロード27分47秒11522024年4月27日ADIZERO: ROAD TO RECORDS 2024
ハーフマラソン59分07秒2026年2月1日香川丸亀国際ハーフマラソン

〇 "3000m"の記録はWAの選手ページに記載無し。

脚注

関連項目

外部リンク

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