ザ・ワンダース
日本のコーラスグループ
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メンバー
- 栗敏夫(本名:小栗俊雄) 1943年8月18日[2] - 、ボーカル/ギター/ドラム(リーダー)
- 朝紘一(朝コータロー) 1942年3月15日 - 、ボーカル/ギター/ベース
- 尾崎紀世彦 1943年1月1日 - 2012年5月30日[3]、ボーカル/ギター
『スイングジャーナル』誌への所属事務所の広告[4]から、1968年の夏以降、ピアノとドラムスを加えた5人のバンド編成となっている。広告にワンダースの名があるのは1969年1月号掲載分が最後だが、この時の写真には尾崎がおらず、別のメンバーに入れ替わっている。経緯については不明。
- 参考資料(ワンダース掲載の広告)
- “1967年8月号”. スイングジャーナル. Vol. 21, no. 8. スイングジャーナル社. 1967年8月1日. p. 192. NDLJP:2300056/98. (プロフィール写真の掲載元)
- “1968年1月号”. スイングジャーナル. Vol. 22, no. 1. スイングジャーナル社. 1968年1月1日. p. 207. NDLJP:2300062/110.
- “1968年8月号”. スイングジャーナル. Vol. 22, no. 8. スイングジャーナル社. 1968年8月1日. p. 159. NDLJP:2300069/82.
- “1969年1月号”. スイングジャーナル. Vol. 23, no. 1. スイングジャーナル社. 1969年1月1日. p. 269. NDLJP:2299739/137.
来歴
1966年頃、四国で行われたジョイントライブで「ジミー時田とマウンテンプレイボーイズ」の尾崎と、「ザ・タドポールズ[5]」の朝と栗が知り合う。同年代ということで打ち解け、音楽で意気投合した三人は1967年1月10日グループを結成、ジャズ喫茶や米軍キャンプでの演奏を中心に音楽活動をスタートさせた。ウォーカー・ブラザーズやザ・ビートルズのカバー曲を歌っていたが、日音のプロデューサー・村上司にスカウトされ、1967年8月にシングル「明日への道」とアルバム『ニューカマー・ザ・ワンダース』の同時リリースでデビューする[6]。
『ウルトラセブン』の音楽制作担当プロデューサーの木山貢吉(日音)が、主題歌と挿入歌をテイチク(現・テイチクエンタテインメント)からデビュー直後のザ・ワンダースにキャスティングした。だが、この曲は日音が原盤製作し、各レコード会社へ音源貸出方式を採っていたため、テイチクレコードとの契約上「ザ・ワンダース」という名称を使用できなかった。そこでプロデューサーの村上と木山が「ジ・エコーズ」と名付け、発売に至った[7]。
ザ・ワンダースとしてライブ活動し、テレビ主題歌等をジ・エコーズ名義で歌っていたが、グループ・サウンズブームに翳りが見えた1969年秋、村上が三人に、思うような結果が出ないのでグループを解散し、栗は音楽制作のスタッフに、朝は作詞家に、そして尾崎はソロボーカリストになってはどうかと提案した。将来を考え三人はグループ解散を受け入れた[6]。
解散後
- 栗敏夫
- 歌手を引退し、日音の音楽制作スタッフとなる。
- 朝紘一
- ヒデ夕樹の「ソウルフル・ブラッズ」に参加。1973年、「ヒデとコータロー」を結成する。ソロでは「朝紘太郎」「朝コータロー」「朝礼志」名義がある、日立グループ「日立の樹」(CMソング)、『スーパーロボット レッドバロン』主題歌、映画『GOEMON』やテレビ番組のナレーション、声優、ボイストレーナーなど、活動の幅を広げた。
- 尾崎紀世彦
- ナイトクラブで弾き語りを始め、ソロデビューを薦める村上がその店に日参。ソロデビューから半年後、「また逢う日まで」が大ヒットすることとなる。ソロとなっても、栗とは歌手とプロデューサーとして、朝とは同じステージで活動することも多かった。
再結成
ディスコグラフィ
シングル
- 「明日への道」(1967年8月1日、2014年[9])作詞・作曲:和田昭治
- B面:「遠い思い出」作詞・作曲・編曲:和田昭治
- 「霧と恋」(1967年10月1日、2014年[9])作詞:橋本淳、作曲・編曲:すぎやまこういち
- B面:「悲しくて」作詞:和田昭治、作曲:和田昭治
- 「赤い花びら」(1968年3月、2014年[9])作詞:橋本淳、作曲・編曲:筒美京平
- 「マサチューセッツ」(1968年4月、2014年[9])作詞:なかにし礼、作曲:Barry, Robin&Maurice Gibb (ビー・ジーズの日本語カバー)
- B面:「ロック天国」作詞:朝紘一、作曲:Stooky, Mason, Dixon (ピーター・ポール&マリーの日本語カバー)
- 「キャプテン・スカーレット」(1968年5月、2014年[9])作詞:見尾田瑞穂、作曲:バリー・グレイ(『キャプテン・スカーレット』イメージソング)
- 「僕のマリア」(1968年7月、2014年[9])作詞:奥成達、作曲・編曲:和田昭治(奥成達の作詞家デビュー作)
- B面:「ワン・モアー・チャンス」作詞:朝紘一、作曲・編曲:和田昭治
- 「グリーン・ベレー」(1968年8月、2014年[9])作詞:漣健児・なかはらひろと、作曲:バリー・サドラー
- B面:「ハトの来ない朝」作詞:みおたみずほ、作曲・編曲: 和田昭治
- 「孤独の夕陽」(1968年12月20日)作詞:みおたみずほ、作曲:渡辺岳夫、編曲:松山茂(テレビ時代劇『黒い編笠』主題歌)
- 「ばくはつ五郎」(1970年)作詞:橋本淳、作曲・編曲:和田昭治(テレビアニメ『ばくはつ五郎』オープニングテーマ)[10]
- 「涙はともだち」 作詞:橋本淳、作曲・編曲:和田昭治(テレビアニメ『ばくはつ五郎』エンディングテーマ)
- 青空学園校歌「さくらが光る時計台」 作詞:山上路夫、作曲・編曲:司一郎(テレビアニメ『ばくはつ五郎』挿入歌)
- 青空学園応援歌「燃えろ青春」 作詞:山上路夫、作曲・編曲:司一郎(テレビアニメ『ばくはつ五郎』挿入歌)
- 「誠之介武芸帳」(1969年6月)作詞:伊上勝、作曲:冬木透、作曲・編曲:林一(テレビ時代劇『妖術武芸帳』主題歌)
コーラスでの参加作品
アルバム
- ニューカマー・ザ・ワンダース(1967年8月1日、2014年[9])12曲
- ロック天国(1968年)EPV-1044/12曲:8トラック・カートリッジ・テープ、10曲:4トラック・カートリッジ
- 太陽の仲間たち(1968年4月、2014年[9])4曲 17センチLP 全曲英語歌詞 シングル版と別テイク
- ザ・ワンダース・コンプリート・シングルズ&モア(2000年3月23日)26曲
- GSウルトラ・レア・トラックス(2000年5月24日)オムニバス20曲中4曲 ※アルバム「ロック天国」収録曲[11]
- GSウルトラ・レア・トラックス 2(2000年12月20日)オムニバス21曲中4曲(未発表の「白いブランコ」「風」を収録)