ムーティエ (競走馬)
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フランスで競走生活を送り7戦3勝。オカール賞に勝ち、イギリスダービー、パリ大賞などにも出走したが、14着、15着といずれも大敗した。引退後は同地で種牡馬入りしたが活躍馬に恵まれず、1966年、活躍種牡馬となりながら前年に死亡した兄モンタヴァルの後継として日本に輸入された。なお、この年に生まれた牝駒Wenduyneがのちにアイリッシュ1000ギニーに優勝している。日本では初年度産駒から二冠馬タニノムーティエを送り出すと、2年目の産駒からも菊花賞馬ニホンピロムーテーが出て、2年で中央競馬クラシック三冠をすべて制した。1970年には2歳リーディングサイアーも獲得している。その後もぽつぽつと活躍馬を送り出し、母の父としてもミホシンザン、テンモンなどに影響を与えた。1976年死亡。
兄のモンタヴァルと同様に非常に気性が荒かったことで知られ、産駒にもそれが強く遺伝し[1]、かつては気性難種牡馬の代名詞的存在であった。種馬場でのムーティエの担当者は常に生傷が絶えなかったという。
主な産駒
- Wenduyne(1966年産-アイリッシュ1000ギニー)
- タニノムーティエ(1967年産-皐月賞、東京優駿、阪神3歳ステークス、デイリー杯3歳ステークス、弥生賞、きさらぎ賞)
- ※1970年啓衆社賞最優秀4歳牡馬
- ニューペガサス(1967年産-神戸杯)
- ゼットアロー(1967年産-中京記念)
- カーチス(1967年産-小倉記念)
- ニホンピロムーテー(1968年産-菊花賞、神戸杯、京都新聞杯、大阪杯、毎日杯、中日新聞杯)
- ムーテイイチ(1968年産-京都大障害(秋)、阪神障害ステークス(秋))
- ※1972年啓衆社賞最優秀障害馬