ムーティエ (競走馬)

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欧字表記 Moutier
性別
ムーティエ
欧字表記 Moutier
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1958年3月16日
死没 1976年8月2日
(18歳・旧19歳没)
Sicambre
Ballynash
母の父 Nasrullah
生国 フランスの旗 フランス
馬主 ラルフ・B・ストラスバーガー夫人
調教師 ジョルジュ・ブリッジラン
競走成績
生涯成績 7戦3勝
獲得賞金 24万2635フラン
勝ち鞍 オカール賞 (1961)
ダリュー賞 (1961)
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ムーティエ (Moutiers) はフランス競走馬。1966年に種牡馬として日本へ輸出され、二冠馬タニノムーティエなどを出した。半兄モンタヴァルも日本に輸出されている。

フランスで競走生活を送り7戦3勝。オカール賞に勝ち、イギリスダービーパリ大賞などにも出走したが、14着、15着といずれも大敗した。引退後は同地で種牡馬入りしたが活躍馬に恵まれず、1966年、活躍種牡馬となりながら前年に死亡した兄モンタヴァルの後継として日本に輸入された。なお、この年に生まれた牝駒Wenduyneがのちにアイリッシュ1000ギニーに優勝している。日本では初年度産駒から二冠馬タニノムーティエを送り出すと、2年目の産駒からも菊花賞ニホンピロムーテーが出て、2年で中央競馬クラシック三冠をすべて制した。1970年には2歳リーディングサイアーも獲得している。その後もぽつぽつと活躍馬を送り出し、母の父としてもミホシンザンテンモンなどに影響を与えた。1976年死亡。

兄のモンタヴァルと同様に非常に気性が荒かったことで知られ、産駒にもそれが強く遺伝し[1]、かつては気性難種牡馬の代名詞的存在であった。種馬場でのムーティエの担当者は常に生傷が絶えなかったという。

主な産駒

※1970年啓衆社賞最優秀4歳牡馬
※1972年啓衆社賞最優秀障害馬

血統表

脚注

外部リンク

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