ダイアリー・オブ・ア・マッドマン

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リリース
録音 1981年
時間
『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』
オジー・オズボーンスタジオ・アルバム
リリース
録音 1981年
ジャンル ヘヴィメタル
時間
レーベル ジェット・レコード
プロデュース マックス・ノーマン、オジー・オズボーン、ランディ・ローズ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 14位(イギリス[1]
  • 16位(アメリカ[2]
  • 42位(ニュージーランド[3]
オジー・オズボーン アルバム 年表
ブリザード・オブ・オズ〜血塗られた英雄伝説
(1980年)
ダイアリー・オブ・ア・マッドマン
(1981年)
悪魔の囁き
(1982年)
ミュージックビデオ
「Flying High Again」 - YouTube
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ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』(Diary of a Madman)は、オジー・オズボーン1981年に発表した2作目のスタジオ・アルバム

本作のレコーディング終了後、ボブ・デイズリーリー・カースレイクがオズボーンのバンドを脱退。アルバムのインナー・スリーヴのグループ・ショットは、後任として加入したルディ・サーゾトミー・アルドリッジを含む写真が掲載されたが、彼らは実際には本作で演奏していない[4]。なお、脱退したデイズリーとカースレイクは、カースレイクがかつて在籍していたユーライア・ヒープに、2人揃って加入した。

本作からの第1弾シングル「フライング・ハイ・アゲイン」はビルボード誌のメインストリーム・ロック・チャートで2位に達した[2]。その後、「オーヴァー・ザ・マウンテン」も同チャートで38位[2]、「ユー・キャント・キル・ロックン・ロール」も41位に達した[2]

本作発表後のツアーの途中の1982年3月19日、ランディ・ローズが飛行機事故で死去したため、本作はローズ在籍時としては最後のスタジオ・アルバムとなった。

2002年に発売されたリマスター盤では、ボーナス・トラックとして前作収録曲「アイ・ドント・ノウ」のライヴ・ヴァージョンが追加収録され、ベースドラムスのパートが、当時オズボーンのバンドに在籍していたロバート・トゥルージロマイク・ボーディンの演奏に差し替えられた。しかし、2011年発売の「レガシー・エディション」では、オリジナル通りデイズリーとカースレイクの演奏に戻された[5]。また、2011年発売の「ライヴ・エディション」は、未発表ライヴ音源を収録したボーナス・ディスクが付属しており、このライヴ音源にはサーゾとアルドリッジが参加している[6]

収録曲

参加ミュージシャン

脚注

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