ダヴィ・ジョゼ・シルバ・ド・ナシメント

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本名 ダヴィ・ジョゼ・シウヴァ・ド・ナシメント
Davi José Silva do Nascimento
愛称 カバーロ(馬)[1]
ラテン文字 DAVI
ダヴィ
名前
本名 ダヴィ・ジョゼ・シウヴァ・ド・ナシメント
Davi José Silva do Nascimento
愛称 カバーロ(馬)[1]
ラテン文字 DAVI
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1984-03-10) 1984年3月10日(42歳)
出身地 フォルタレザ
身長 183cm
体重 85kg
選手情報
ポジション FW
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2004 ブラジルの旗 イパチンガFC
2005-2006 ブラジルの旗 ECヴィトーリア
2006-2007 ブラジルの旗 CSA (loan)
2007 日本の旗 コンサドーレ札幌 (loan) 39 (17)
2008 日本の旗 コンサドーレ札幌 26 (16)
2009 日本の旗 名古屋グランパス 17 (10)
2009-2012 カタールの旗 ウム・サラルSC
2011 中華人民共和国の旗 北京国安 (loan) 0 (0)
2011-2012 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 (loan) 48 (32)
2013-2015 日本の旗 鹿島アントラーズ 61 (20)
2016 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 10 (1)
2017 日本の旗 松本山雅FC 3 (0)
2018 日本の旗 ギラヴァンツ北九州 18 (4)
通算 222 (100)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダヴィ・ジョゼ・シウヴァ・ド・ナシメント(Davi José Silva do Nascimento, 1984年3月10日 - )は、ブラジル出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード

2007年ブラジルECヴィトーリアからJ2コンサドーレ札幌に加入。当初の契約は2007年7月31日までの期限付き移籍契約であった[2]カウエと共にシーズン終了までの期限付き移籍契約を延長され、[3] 同年最終節対水戸戦では2得点を挙げ、J1昇格を経験した。

2008年度から札幌への完全移籍となった[4]。シーズン途中の9月にはカタールアル・サッドへの移籍話が持ち上がったが、契約が成立せず札幌に残留[5]。札幌はJ2に降格したものの、チーム総得点の4割にあたる16得点を挙げ、鹿島のマルキーニョスに次いでJ1得点ランク2位となった。

2009年から、J1の名古屋グランパスへ移籍金約3億円で完全移籍[6][7]。1月にはギリシャのメディアによって同国リーグの強豪オリンピアコスへの移籍に関する報道もされた[8][9] が、同年7月9日、カタールリーグウム・サラルSCへの移籍がクラブ間で合意[10]。そして、同年7月22日に名古屋からウム・サラルへの完全移籍が正式に決定した[11]。移籍金は500万ドル(当時のレートで4億8千万円)[12]。しかし給料未払いの問題や妻のホームシック、ストーカー被害などもあり、Jリーグ復帰を熱望しているとインタビューで述べた。[12]

2011年3月、中国サッカー・スーパーリーグ北京国安に期限付き移籍していたが、怪我を理由に1ヶ月で契約を解除された[13]

2011年7月から、ヴァンフォーレ甲府へ期限付き移籍[14]。2年ぶりにJリーグでプレーすることになった。移籍金に関しては、佐久間悟GMが「(ダヴィと金珍圭の2人で)本来なら3億円かかるが、かなり安く獲得できた」としている[15]。この年は長く試合から遠ざかっていたことによる調整不足もあり、10試合で無得点と結果を残せなかったが、翌2012年は復調。38試合で32得点を挙げ、2位を大きく引き離してのJ2得点王に輝き、甲府の1年でのJ1復帰に大きく貢献した。

ダヴィは結果を残したことで、甲府からの慰留も含め争奪となったが、2013年より200万ドルの移籍金と100万ドルの年俸を提示した[16]鹿島アントラーズへの完全移籍が決まった。

10月19日に行われた第29節浦和戦で、試合直後から森脇良太と小競り合いを繰り返し、後半15分に森脇とダヴィが怒り繰り返しの違反でイエローカード、その判定に納得の行かないダヴィが直後に森脇を小突き倒した為、両者にイエローカードが提示され退場処分を受けた。

2014年シーズンは、大迫が移籍したこともあり、センターFWでレギュラーに復帰。19節名古屋戦、22節FC東京戦で献身的な守備からゴールを奪う活躍を見せていた[17][18] が、28節柏レイソル戦で、接触のないプレーで膝を故障し、左膝前十字靭帯損傷および左膝外側半月板損傷で全治8か月と診断され、2014年シーズンは残り試合を全て欠場[19]。2015年シーズンもこの負傷の影響で1stステージは欠場したが、2ndステージ1節アルビレックス新潟戦で266日ぶりに復帰[20]。10試合に出場したが、コンディションが戻らず、シーズン後契約満了で退団が発表された[21]

2016年8月3日、4年ぶりにヴァンフォーレ甲府に復帰した[22] が、復帰初戦で退場処分を受けるなどふるわず、同年12月12日、契約満了に伴い退団した。

2017年7月、松本山雅FCに加入[23]。同年12月、契約満了により退団した[24]

2018年4月、ギラヴァンツ北九州への加入が発表された[25]。シーズン終了後、契約満了により退団[26]

人物

日本食では「札幌在籍中に好きになった」という味噌ラーメンが大好物。甲府に在籍していた2012年当時も「週に2回は食べていた」という[27]。それ以外には味噌汁ブドウなども好んでいる[28]

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2003イパチンガセリエC
2004
2005ヴィトーリアセリエB
2006セリエC-
CSA-
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007札幌10J23917-003917
2008J1261650103216
2009名古屋9171010-1810
カタール リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2009-10ウム・サラル30QSL1部7
2010-11
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2011北京国安10CSL
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011甲府11J11001020130
2012J23832-003832
2013鹿島J1261085213616
2014251052113113
20151002010130
2016甲府9101-10111
2017松本39J230-0030
2018北九州9J3184--184
通算ブラジルセリエB
ブラジルセリエC
日本J1 124472278215456
日本J2 8049-008049
日本J3 184--184
カタールQSL1部
中国CSL
総通算
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2009名古屋962
ウム・サラル3040
2015鹿島1100
通算AFC 102
出場歴

タイトル

クラブ

ECヴィトーリア
コンサドーレ札幌
ヴァンフォーレ甲府
  • Jリーグ ディビジョン2:1回(2012年)
鹿島アントラーズ

個人

  • J2リーグ得点王:1回(2012)

脚注

関連項目

外部リンク

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