デイヴ・スコット
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1980年、ドニントンパークフォーミュラ・フォード1600に参戦し4輪レースデビュー。
1981年からイギリスF3にステップアップ、2度のポールポジション獲得と1勝を挙げランキング6位。1982年のイギリスF3選手権では3勝を挙げランキング3位に入る。チーム・ロータスが評価しF1テストドライブ契約を結ぶ。
1983年のヨーロッパF2選手権に参戦。
1984年、生沢徹のチーム・イクザワにジェフ・リースの後任として抜擢され、全日本F2選手権にJPSカラーのマーチ・ホンダで参戦。しかし成績が上向かず、シーズン途中でティフ・ニーデルと交代となってしまった。以後ヨーロッパF3選手権に挑戦し、秋に再度来日して全日本F2最終戦に復帰参戦した。ランキング10位。同年11月のマカオF3にミント・エンジニアリングのラルト・RT3 VWで参戦し10位で完走。
1985年はイギリスに戻り、イギリスF3で2勝、2PPを獲得しランキング4位。F1モナコグランプリ併催のF3で4位と上位の成績を残した。秋のマカオF3GPでは19位であった。
1986年のWEC-JAPANでは背中を痛めた高橋健二のリザーブとして急遽アドバンアルファノバの依頼を受け来日、高橋国光とのコンビで予選をポルシェ・962Cで走ったが、グループCマシンで富士を走るのはこのときがほぼ初めてのぶっつけ本番となった[1]。決勝では高橋健二が回復したためスコットは走らなかった。
1987年、全日本F3選手権に参戦し1勝、1PPを獲得しランキング4位。同年のマカオF3にはチーム・ルマンから参戦し11位で完走した。
1988年は全日本F3と全日本F3000選手権に参戦、F3000ではムーンクラフトのオリジナルマシンMC031をドライブ。同年を最後にレース活動から引退状態となった。