ドーラン・タイジ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ドーラン・タイジ(モンゴル語: Doγolang Tayiǰi中国語: 多郭朗台吉、? - 1476年)とは、15世紀後半におけるモンゴルジン=トゥメト部の統治者である。チンギス・カンの弟カチウンの後裔であり、ボライ・タイシと組んでマルコルギス・ハーンを弑逆するなど活躍したが、最後にはマンドゥールン・ハーンに殺された。漢文史料では鄭王脱脱罕、瘸太子、瘸王子と表記され、この内「瘸太子(王子)」がDoγolang Tayiǰiの翻訳で、脱脱罕(トクトアハン)が本名であると見られる。また、史料によってはドガラン・タイジDoγalang Tayiǰi,ドガラン太子)とも表記される。

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI