ハンニバル (映画)

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ハンニバル』(原題:Hannibal)は、2001年に公開されたアメリカのサスペンス・ホラー映画。原作は1999年に刊行されたトマス・ハリスによる同名小説。アンソニー・ホプキンスがサイコパスの猟奇殺人鬼ハンニバル・レクターを演じた1991年の映画『羊たちの沈黙』の続編であり、引き続きホプキンスがレクター役を演じる。監督はリドリー・スコット、レクターを追う女性捜査官クラリス・スターリングジュリアン・ムーアが演じる。かつてのレクターの被害者である大富豪メイスン・ヴァージャーが彼への復讐を企む中で、共に危機に陥ったレクターとクラリスの歪な交流が描かれる。

1991年の映画『羊たちの沈黙』の高い評価を受けて続編が待望されていた中、原作者のハリスは映画化を前提として続編の小説『ハンニバル』を1999年に発表した。しかし、その内容は賛否両論であり、当初は乗り気であった前作監督のジョナサン・デミやクラリス役のジョディ・フォスターが降板する事態に見舞われた。映画化権を持つディノ・デ・ラウレンティスはホプキンスが続投するなら大丈夫だとして企画を続行し、監督に旧知のベテランであるスコットを選び、クラリスには新進気鋭の女優ムーアをオファーした。また、脚本も大きく改変され、原作が抱えていた本質的な問題点を減じた。

本作は9か月前より予告版の放映が行われ、各種雑誌の表紙を飾るなど、大きな期待感を受けた。公開中に3億5160万ドルの収益を上げ、2001年の興行収入第10位の映画となった。しかし、専門家による評価は賛否両論であり、演技と映像は称賛されるも、その暴力描写は否定的に見られた。また褒めるレビューであっても、前作『羊たちの沈黙』と比較され、劣った続編とみなされた。

2002年に続編としてシリーズの前日譚にあたる『レッド・ドラゴン』が公開され、引き続きレクター博士役をホプキンスが演じた。

前作から10年後。ボルティモアの大富豪メイスン・ヴァージャーは、若い頃にハンニバル・レクターの毒牙に掛かって四肢麻痺の車椅子生活の上に顔の皮を剥いだ醜い容貌となり、彼に対する復讐を企んでいた。脱獄後、完全に姿を消したレクターの行方を追う中で、彼と関係があるFBI特別捜査官クラリス・スターリングがとある事件の遺族から訴訟を起こされ危機に陥っていることを知る。そこでクラリスを利用してレクターを探し当てる策を立て、金と人脈を使って司法省の役人ポール・クレンドラーを籠絡し、彼にクラリスを現場に復帰させる。

一方、レクターはイタリアフィレンツェにてフェル博士と名乗って生活していた。博識な彼は地元名士らと交流し、安穏な生活を送っている。しかし、地元の刑事レナルド・パッツィは彼に怪しさを感じて独断捜査を行い、やがて正体を知る。ところが、同時にメイスンが掛けた莫大な懸賞金も知ったことで自力で密かに捕まえようと試みる。他方でレクターはクラリスの危機を知って彼女に励ましの手紙を送っていたが、使っていたハンドクリームから足が付き、クラリスもまたフィレンツェを来訪する。レクターは新生活を惜しみつつ、パッツィを惨殺し、再び姿を消す。

メイスンはレクターのクラリスに対する強い執着を知り、今度は彼女を餌に誘き出す策を立てる。そのためにクレンドラーに命じてクラリスをレクターと通じていたとして謹慎処分にさせる。彼女の危機を知ったレクターはワシントンD.C.で彼女と接触を図ろうとするも、待ち伏せていたメイスンの部下らに捕まり、拉致される。メイスンは特殊な訓練をした凶暴な大猪にレクターを襲わせ、生きながら食わせることで復讐心を満たそうとする。しかし、レクターは彼の主治医ドームリングの心理を読み取って裏切らせ、メイスンは大猪の餌になるという悲惨な最期を遂げる。同時にレクターは、屋敷に踏み込んできたクラリスに助け出されるものの、彼女は敵勢の銃弾が当たり、意識を失う。

クラリスが目を覚ますと、そこはクレンドラーの豪華な別荘であり、昏睡している間に傷の治療を受け、またカクテルドレスを着せられていた。ダイニングへ向かうとレクターに捕まり、薬物で意識が混濁状態のクレンドラーがいる。レクターは彼の頭蓋骨を切り開くと見事な手際で脳を取り出して調理し、彼に食わせ、クラリスへの落とし前をつけさせる。レクターはクラリスを懐柔しようとするも彼女は抵抗し、2人の手に手錠を掛けて逃げられないようにする。FBIの捜査チームが別荘に迫るなか、レクターは説得を試みるが彼女の意志が固いと見るや、腕に包丁を振り下ろす。間もなくしてFBIが駆けつけるが、レクターの姿はなかった。しかし、クラリスの腕には傷ひとつなかった。

ある国際線の旅客機内で、負傷した片腕を吊ったレクターが機内食を食べようとしていた。しかし、まずいと評し、自身が持ち込んだ料理を取り出す。これを隣の少年が不思議そうに見つめていることに気づいたレクターは「何事も初めての体験をすることが肝心」と、それを優しく分け与えてやる。

登場人物

ハンニバル・レクター
演 - アンソニー・ホプキンス
連続猟奇殺人鬼。脱獄犯。
クラリス・スターリング
演 - ジュリアン・ムーア
FBI特別捜査官。
メイスン・ヴァージャー
演 - ゲイリー・オールドマン(ノンクレジット)
ボルティモアの大富豪。かつてのレクター事件の被害者で生存者。その際に受けた大怪我の後遺症で麻痺となり、また顔の皮を剥いだため醜い相貌になっている。
ポール・クレンドラー
演 - レイ・リオッタ
司法省の役人。
バーニー
演 - フランキー・R・フェイソン
ボルチモア精神異常犯罪者州立病院の元看護師。レクターのことをよく知る。
レナルド・パッツィ
演 - ジャンカルロ・ジャンニーニ
イタリアの主任捜査官。
アレグラ・パッツィ
演 - フランチェスカ・ネリ
レナルドの妻。
コーデル・ドームリング
演 - ジェリコ・イヴァネク
メイスンの主治医。
イヴェルダ・ドラムゴ
演 - ヘイゼル・グッドマン英語版
麻薬密売人。
ピアソール
演 - デヴィッド・アンドリュース英語版
FBI捜査官。
ヌーナン
演 - フランシス・ガイナン英語版
FBI捜査官。
ニョッコ
演 - エンリコ・ロー・ヴェルソ英語版
フィレンツェのスリ。

企画

1988年の同名小説を原作とした1991年の映画『羊たちの沈黙』は批評的にも商業的にも成功を収め、アカデミー賞5部門達成の快挙を挙げた[3]。これを受けて原作者のトマス・ハリスは続編の執筆に取り掛かり、映画版の監督を努めたジョナサン・デミは小説が完成したら再び映画化したいと意気込んでいた[4]

もともとハンニバル・レクターというキャラクターの映画化権は、著名な映画プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスとその妻マーサが所有していた。これは1986年の映画『刑事グラハム/凍りついた欲望』を機に手に入れたものであったが、1991年の『羊たちの沈黙』の製作にあたっては無料で許可を与えていた。『羊たちの沈黙』が成功するとラウレンティス夫妻は、自分たちが関与できる新しい作品の執筆を熱望した。こうして1999年に続編『ハンニバル』が書き上がると、その電話を受けたラウレンティスは即座に破格の1,000万ドルで映画化の権利を購入した[5]

1999年4月にロサンゼルス・タイムズ紙は、続編映画の予算は1億ドルに達する可能性があると報じた。これはジョディ・フォスターアンソニー・ホプキンスがそれぞれ1500万ドルのオファーで続投し、また監督のデミは500万から1900万ドルの報酬を受け取ると推測したものであった。当時のハリスの代理人であったモート・ジャンクロウは、同紙の取材に対し、フォスター、ホプキンス、デミはまもなく小説の原稿を受け取り、信じられないほど素晴らしい映画ができることになるだろうと語っていた[6]。1999年に出版された続編は初版で160万部が完売し[7]、その後も数百万部を売り上げた[8]

ところが、デミはオファーを断った[4]。ある情報筋によれば、題材が生々しく[9]、残酷すぎるからだとした[10]。後にバイオグラフィー・チャンネルのドキュメンタリー『インサイド・ストーリー』(2010年)においてデミは「トム・ハリスは相変わらず予測不可能でクラリスとレクター博士の関係を私にはまったく理解できない方向に導いた。クラリスは薬漬けにされ、レクターといっしょに脳みそを食べるんだから。確信したね、"私にはムリだ"って」と語っている[11]。 このデミの辞退に対してラウレンティスは「教皇が死んだなら新しい教皇を立てるまでだ。グッドラック、ジョナサン・デミ。グッド・バイ」と述べている[5]。 さらに後には『羊たちの沈黙』ほどの続編をデミでは作れるとは思ってなかったとも語っている[12]

リドリー・スコットへの監督オファー

ラウレンティスは、監督としてリドリー・スコットに白羽の矢を立てた。彼は当時、古代ローマを舞台とした『グラディエーター』の主要撮影期間中であり、ラウレンティスはその撮影現場を訪れて『ハンニバル』の監督を依頼した[12]。 当初、スコットはカルタゴの将軍(ハンニバル・バルカ)について話していると勘違いし、「ディノ、俺は今ローマの大作(epic)を撮ってるんだぜ。次にアルプスを超えてくる象なんてやりたくないよ」と返答したという[4]

スコットは原稿を1週間で4回読み、「交響曲」と評してオファーを受けることを決めた[4]。 「こんなに早く読んだのは『ゴッドファーザー』以来だった。あらゆる意味でとても富んでいた」と語っている[7]。 ただ、スコットは「スターリングに代わって感情の飛躍的な変化を起こすことは私にはできなかった。確かにハンニバルは別だ―― 彼は何年も心の奥底で彼女を想っていた。しかし、スターリングは違うんだ。ハンニバルにとってスターリングの魅力の1つは彼女がいかに正直であるかという点にある」と述べ、レクターとスターリングが恋人関係になるという原作の結末には難色を示した[7]。 またオペラシーンの後は「吸血鬼映画の様に変わる」原作が信じられなかったとし、ハリスはスコットに結末を変更する許可を与えた[7]

脚本

前作『羊たちの沈黙』の製作におけるもう1人の主要人物であった脚本家テッド・タリーも参加を断った。デミと同様に彼も原作の「過剰さ」を気にした[9]。 本作の脚本の初期草稿は脚本家のデヴィッド・マメットが行うことになったが、スコットとプロデューサーによれば、この草稿は大幅な修正が必要な代物であったという[5]ユニバーサル・ピクチャーズの共同会長ステイシー・スナイダー英語版は「デヴィッドが私たちの15ページに渡るメモを読んで、毎日脚本に取り組むなんてできるわけがない」と評した[13]。 ScreenwritersUtopia.comの脚本批評では、マメットの草稿を「驚くほど酷い」と評し、対して後のザイリアンの修正版を「手に汗握るエンターテインメント」と評した程であった[14]。 スコットは脚本家としてのマメットを迅速かつ効率的だと称賛していたが、草稿には修正が必要であるのに対し、マメット自身が自作映画の監督でその時間を割けないであろうことを懸念し[5]、そのため彼の脚本を却下したと述べている[7]

脚本の修正者として選ばれたのが『シンドラーのリスト』の脚本で知られたスティーヴン・ザイリアンであった。彼は当初、多忙であることや「続編の脚本では成功しない」ことを理由に断ろうとした[5]。 しかし、「ディノに1度ノーと言うのは難しいが、2度言うのは不可能に近い」と考え、依頼を受けることを決めた[5]。 スコットは「スティーヴン・ザイリアンが来てからは書き直しはなかった。この業界で脚本家のベスト3は誰かと言ったら、間違いなくザイリアンはその1人だろう。俺たちは『ハンニバル』について延々と議論したよ」と語っている[7]。 ザイリアンの重要な目標の1つはマメットの脚本をすべての関係者が満足するまで修正し切ることにあった。それは「ラブストーリー」を「攻撃」(assault)ではなく提案によって話し合うことであった[15]。 スコットとザイリアンは28日かけて脚本を練り上げ、「一緒に汗を流し、隅々まで話し合った」という。25日後にはスコットはザイリアンの働きについて「彼は600ページもの本の悪魔祓い[注釈 1]をしていた(と気づいた)。最終的な着地点を話しながら絞り込んでいった(中略)おかげでぎりぎり間に合うことができたんだ」と述べている[4]

キャスティング

本作は前作『羊たちの沈黙』で主役を務め、またアカデミー賞(主演女優賞 / 主演男優賞)もそれぞれ受賞したジョディ・フォスタークラリス・スターリング役)とアンソニー・ホプキンスハンニバル・レクター役)が続投するかが注目され、実際に2人とも興味を示していた[6]。 一方でラウレンティスとスタジオはオリジナル・キャストの1人は別人でも問題ないと考え、代わりの役者を探した。もっとも、2人とも降板していた場合は話が異なり、ラウレンティスは、映画の完成後にホプキンスがいなければ映画は成立しなかったと語っている[12]

フォスターの降板

クラリス・スターリングを演じたジョディ・フォスターは、少なくとも以前は続編への出演に意欲的であった。 例えば1997年にラリー・キングに対して、「(続編に)絶対に参加する」と答えている[7]。また、同年のエンターテイメント・ウィークリー誌の取材にも「アンソニー・ホプキンスはいつもその話をするわ。つまりね、みんな出演したがってるの。彼はね、会うたびに「いつになる? いつになる?」って言ってくるわ」と述べている[16]。 しかし、ラウレンティスは、原作を読んだフォスターは出演を辞退すると予測し、その分、映画はより良くなるとも考えた[4]。 ホプキンスもまたフォスターの参加には懐疑的で、彼女は参加しない「予感」があると語っていた[4]

1999年12月、フォスターは出演を断ったことを認めた[17]。彼女は『ハンニバル』におけるスターリングのキャラクター設定は「負の属性」があり、もとのキャラクター造形を「裏切っている」と語った[17]。 フォスターの広報担当は別映画(『Flora Plum』)の出演のために辞退したと発表した[18]

エンターテインメント・ウィークリー誌はホプキンスが参加しているにもかかわらず、『ハンニバル』のプロジェクトは「才能も資金も流出し、血みどろの混乱状態にある」と評した[16]。 後の2005年に、フォスターはトータル・フィルム誌のインタビューにおいて、降板は『Flora Plum』への出演のためだったと語り、クラリス・スターリングという役は自身にとって大切な存在だと述べている[19]

ジュリアン・ムーアの抜擢

フォスターの降板が明らかになると、スタッフは代役を探し、これにはケイト・ブランシェットアンジェリーナ・ジョリージリアン・アンダーソンヒラリー・スワンクアシュレイ・ジャッドヘレン・ハントジュリアン・ムーアなどの名が挙がった[5]。 ホプキンスは代理人に対し、自身にキャスティングに口を挟める「力」があるかを確認した上で、ラウレンティスに1996年の映画『サバイビング・ピカソ』で共演したジュリアン・ムーアを「素晴らしい女優」だと提案した[4]。 代理人はホプキンスにはキャスティングに対する契約上の影響力はないと答えたものの、スコットは彼が「主演女優」について意見することは適切だと考えていた[4]。 なお、スコットは、ハリウッドのトップ女優5人が出演を希望している事に驚いたという[7]

最終的にクラリス役は、ムーアに決まった。スコットは「彼女は本当にカメレオン俳優だ。『マグノリア』では狂人を演じて、『理想の結婚』では浮気女に、『ブギーナイツ』ではポルノ女優、『ことの終わり』ではロマンチストになれた」[7]「ジュリアン・ムーアはジョディが降板を決めて以降、常に自分のリストのトップにあったよ」[20]と語っている。 一方、ムーアは、他の女優によって有名となった役を演じることに「新しいクラリスはまったく違うものになるかもしれない。もちろん、人々は私の解釈とジョディ・フォスターの解釈を比べるでしょう(中略)この映画はまったく違うものになると思う」と述べた[21]

アンソニー・ホプキンスの続投

ロンドン映画博物館英語版に展示されているホプキンスが実際に撮影で着用していたレクターのTシャツ

世間では、ホプキンスがアカデミー賞を受賞した役柄を続投することが期待されていた。1999年6月、彼は脚本が「真に良いもの」でなければ興味がないと述べていた[22][より良い情報源が必要]。 彼は「この『ハンニバル』にはちょっと驚いた。本当に滅茶苦茶で異様な物語だよ。だから、決めかねたんだ。興味をそそられたところもあれば、納得しかねるものもあったからね」と述べ、当初は出演の決心がつかないでいた[4]。 プロデューサーが映画化すると確認した時、ホプキンスは「イエス」と答えたが、「少し要約が必要だ」とも伝えていた[4]。 1999年12月下旬、ハリウッド・レポーター誌はホプキンスが最新の脚本を承認し、続投に同意したと報じた[23]

ホプキンスは「レクターの心理」に戻ることに苦労はなかったとし、「ただセリフを覚え、ハンニバル・レクターになりきって歩き回った。『同じ演技を繰り返すか、それとも変化をつけるか』と思案した。10年経っていたことを踏まえて、少し変えてみることにした」と語っている[5]。 原作ではレクターは、包帯で整形手術を受けた患者に化けるが、スコットとホプキンスは顔はそのままにしておくことで合意し、映画では描かれなかった[24]。 ホプキンスは「(顔を変えないのは)まるで『捕まえられるものなら捕まえてみろ』と主張しているようなものだ。大きな帽子を被っているから誰も彼がハンニバル・レクターだとは思わない。彼はとてもエレガントな男で、ルネサンス的な人物だと思っていた」と述べている[24]。 また、ホプキンスによれば、劇中でのレクターはまずフィレンツェにおいて「従来のレクターとして講義をしたり、腰が低い」人物として描き[25]、舞台がアメリカに移ると「邪魔者がいたら真っ二つにできるほど、体躯の良い、強い男になる」として、筋肉をつけ、髪を短く刈り上げた「傭兵のような」外見に変えたという[25]

ゲイリー・オールドマン

かつてのレクター事件の生存者の1人で、障害を負いながらも彼への復讐を誓う富豪メイスン・ヴァージャー役には、当初、1995年の映画『偽証』で車椅子の刑事を演じたクリストファー・リーヴにオファーがなされていた。原作を未読であったリーヴは興味を示したものの、メイスンというキャラクターが四肢麻痺した、容貌にも障害がある児童レイプ犯だと知り、辞退した[26][27]。 結局、この役は第2候補であったゲイリー・オールドマンが演じることになった。しかし、共同プロデューサーであったマーサ・デ・ラウレンティスによればクレジットの記載方法で揉めて1度、オールドマンは役を降りたという。彼女の説明によれば、オールドマンは特別に目立つクレジットを希望したが、メインのハンニバルとクラリスを差し置いてそのような演出は考えられなかった。 その後、オールドマンがクレジットなしで出演したいと申し出たという。彼はメイスンを演じるため、まったく誰かわからなくなるように希望し、特殊メイクで唇も頬も瞼もない不気味な容貌のキャラクターとなった。特殊メイクを担当したグレッグ・キャノムは「本当に気持ち悪かった(中略)(メイスンに扮した)オールドマンの写真を見せると、「オーマイゴッド」と言ってみんな逃げちゃった。私はとても満たされたけどね」と回想している[5]。 オールドマンは、宣伝やクレジットから自分の名前を完全に隠したことで、特殊メイクの下、「匿名で」演じきることができたと語っている[28]

その他のキャスティング

その他のキャストとしては、司法省職員のポール・クレンドラー役にレイ・リオッタが選ばれた。クレンドラー自体は前作『羊たちの沈黙』にも登場していたが、当時それを演じたロン・ヴォーターは亡くなっていた。フィレンツェの刑事、リナルド・パッツィ役にはイタリア人俳優のジャンカルロ・ジャンニーニが、その妻アレグラ役にはフランチェスカ・ネリが抜擢された。また、前作に続いて、ボルティモア犯罪者用精神病院の用務員バーニー役をフランキー・フェイソンが演じた。彼は(別の役だが)1986年の『刑事グラハム/凍りついた欲望』にも参加しており、2002年の『レッド・ドラゴン』まで唯一、ハンニバル・レクター映画作品の全作に参加した俳優であった。

主要製作スタッフ

主要な製作スタッフには、以前共に仕事をしたことがある者をスコットは選んだ。プロダクションデザイナーには『ブラック・レイン』『テルマ&ルイーズ』『1492 コロンブス』のノリス・スペンサーを選んだ。また、撮影監督のジョン・マシソン、編集者のピエトロ・スカリア、作曲家のハンス・ジマーは、いずれも『グラディエーター』の参加者であった[29]

製作

本作の撮影期間は83日間(約16週間)であった[30]。 2000年5月8日イタリアのフィレンツェで撮影が開始され[30]、同地の主要ロケーション撮影地ほか、アメリカ各地の様々な場所で撮影が行われた[29]。 ロケーション撮影地は100か所近くに上り、マーサ・デ・ラウレンティスは「セットの移動と飾りつけは常に大変だった。でも、ロケ地は美しかったけどね。フィレンツェのヴェッキオ宮殿での撮影許可が下りたことに、誰が不満を漏らすと思う? あるいはモンペリエのジェームズ・マディソン大統領の農場や、アッシュビルの素晴らしいビルトモア・エステートだってそうよ」と振り返っている[29]。 編集室でスコットが初めて作品を確認するまで8000万ドルと1年半の製作期間が費やされた[31]

撮影場所

  • 本作のフィレンツェを舞台とした第二幕は、実際にすべて同地で撮影が行われた。スコットにとってフィレンツェでの撮影は初めての経験であり、「中々の経験だった(中略)ある種の整ったカオスだ(中略)ちょうど観光シーズンの真っ只中でね」と述べている[29]。フィレンツェではカッポーニ宮殿(Palazzo Capponi、フェルの仕事場)、ヴェッキオ橋ヴェッキオ宮殿サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂など、様々なロケーションで撮影された[29]
  • 2000年6月5日にイタリアを発つとワシントンD.C.に入った。撮影はユニオン駅で6日にわたって行われた[29]。スコットの要請により、交通センターとショッピングプラザにメリーゴーランドが設けられた[29]
  • その後、バージニア州リッチモンドで7週間撮影が行われ[29]、ここでは物語冒頭の魚市場での銃撃シーンなどが撮られた。この撮影のためにムーアは事前にFBI本部で訓練を受けた[29]
  • バージニア州オレンジのあるジェームズ・マディソン大統領宅の納屋は15頭のパフォーマンス用のブタの飼育に用いられた[29]。実際の撮影に使用されたブタはロシア産イノシシ約6000頭から厳選されたものであった[29]
  • ノースカロライナ州アッシュビルにあるアメリカ最大の私有地であるビルトモア・エステートは、ヴァージャーの莫大な資産を示すために彼の地所として用いられた[4]

特殊メイク

メイスン・ヴァージャーの造形においては、メイクチームは、当初ゾンビのように見える20種類もの頭部モデルを制作したが、どれもスコットのイメージに反するものであった。彼は『肉の蝋人形』に出てくるようなものではなく、酷い傷跡のリアルな造形を望んだ[4]。 このため、スコットは専門家として医師の助言まで求めた[4]。 また、スコットはメイクチームに、感傷的な印象を抱かせるために胎児の写真を見せた。ヴァージャーはユーモアのセンスを失っていないなど、怪物(モンスター)ではなく同情的な人物に近いというのがスコットの考えであった[4]。 オールドマンは役作りのために1日6時間をメイクアップに費やした[4]。 担当したメイクアップ・アーティストのグレッグ・キャノムは「信じられないほど独創的なメイク」ができる機会を与えられたとして、このプロジェクトに加われたことを喜んだ[4]

また、映画のクライマックスである悪名高いシーンの撮影のために、精巧なレイ・リオッタの人形が制作された。このシーンは、特殊メイク・人形劇・CGIが融合したものであり、スコットは「シームレス」と呼んでいた[4]

タイトルバック

フィレンツェの早朝の無人の広場に集まったハトがレクターの顔になるというタイトル・シーケンスのデザインは、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの卒業生で、ロンドンにあるスコットの製作会社に所属していたニック・リヴシーが担当した[4]。彼自身もフィレンツェで撮影したこのシークエンスはもともと映画の2つ目の予告編映像として意図されたものであった[4]。 スタジオ側は「(イメージと)少し違う」と考えていたが、スコットの印象に残り、最終的にタイトル・シーケンスに用いられることになった[4]。 スコットは、このシーケンスは「ハンニバル・レクターはどこにいるんだ?」という疑問を抱かせる良いアイデアだったとし、「それは、この物語をよく表している。どこかの石畳にハトがいて、彼がどこにいるのかと不思議に思う…… するといるんだ…… 彼の顔がね」と語っている[4]。 タイトルシーンは映画『セブン』に影響されたとも言われている[32]

音楽

スコットはポストプロダクションにおいて、音楽を担当したハンス・ジマーと非常に緊密に連携した[4]。 スコットは映画における音楽とはセリフと同等に重要なものだとし、「音楽とは脚本の最終調整であって、役者の演技さえ調整できるものなのだ」と述べている[4]

ジマーによれば、ヴァージャーにも独自のテーマがあり、映画の展開に合わせ「倒錯的」になっていったと述べている[4]。 ダンテのソネットは、フィレンツェでのオペラシーンのために、パトリック・キャシディ英語版によって『Vide cor Meum』(我が心を見よ)と題されて作曲がなされた[33]。 Tracksounds.comはジマーのスコアを高く評価し、「ジマーはまさにほとんどのファンが全力で集中して聴くに値するスコアを作り上げた(中略)クラシック要素、そしてもちろん、セリフ(ダイアログ)さえも巻き込み、強烈なリスニング体験を生み出している」[34]。 イギリスの「クラシックFM」のリスナーによる史上最高の映画サウンドトラックでは本作が59位にランクインした[35]

テーマ

ロマンス

監督のスコットは「時に、ある方向から見れば、あなたは不思議に思うかもしれない―― 果たして愛情以上のものか? それは暗いものだ、物語が本質的に暗いものなのだから。しかし、同時にそれは少しロマンチックなものでもあるのだ」と、『ハンニバル』の根底にあるのは「愛情」だと思うと語っている[4]。 彼は映画全体に「ロマンチックなテーマ」があることを公然と認めていた[4]。 CNNのインタビューでは、「『ハンニバル』はかなり異なるターゲットで、本質的には2人の関係性の研究だった。面白いことに、それはかなりロマンチックかつユーモラスなものであったが、同時に悪い振る舞いもある」と述べている[8]。 例えばレクターが、パッツィ夫妻と出会うフィレンツェでのダンテのソネットが基のオペラのシーンでは、夫人から「たった1度の出会いで、その相手に夢中になる男性なんていると思いますか?」と聞かれたレクターが「ええ、いると思いますよ…… ですが彼女は相手の窮状を見抜いて、彼のために檻の向こうから心を痛めてくれますかね?」と回答するやり取りがある。 スコットはほとんどの人は、このシーンの意味を「見逃した」と指摘している。このレクターのセリフが指すものは『羊たちの沈黙』での2人の出会いである[20]。 ニューヨーク・タイムズ紙は本作の批評で、ハンニバルは「その名を口にする勇気のない愛」というアイデアを「もてあそんでいる」と述べた[32]

作曲家のハンス・ジマーは、それぞれのシーンにメッセージとサブテキストがあると考察している。 「私はこの映画から様々に作曲することができる、フロイト的な美女と野獣の物語として、方やホラー映画として、あるいは最もエレガントな作品、アメリカの警察組織の腐敗を描いたもの、この世で最も孤独な女性を描いたもの、あるいはルネサンス的な美・・・・・・」[4]。 彼は結論として、本作は決して一緒になるべきではない二人を中心に捉えた、現代の『ロミオとジュリエット』のようなダーク・ラブストーリーだ、と指摘している[4]ポストプロダクション中には、レクターとの対決中にクラリスが流した涙の意味について意見がまとまらず、それが「苦悩」なのか「孤独」なのか、あるいは「嫌悪」なのかスコットとジマー、編集者は熱く議論した[4]。 ニューヨーク・ポスト紙のインタビューでスコットは、レクターとクラリスの情事は比喩的なものだと語っている[36]。 ローリング・ストーン誌は批評の中で、「スコットは人間関係の巧妙なパロディを提供している。"ハンニバルとサリーが出会った時"(When Hannibal met Sally)を思い浮かべてほしい」と述べている[15]

報いと罰

スコットはレクターを、彼なりに「純粋」なところがあり、その行動原理は「報いと罰」の追求だと思うと述べている[20]。 オーディオコメンタリーにおいて彼は「この映画のレクターには非常に道徳的なところがある」とし、「ハンニバルの行動は決して狂気ではない。そんな言い訳は使いたくない。彼は狂っているのか? いや、あなたや自分と同じくらい正気だろう。彼はただ、それを好んでいるだけだ」と述べている[20]。 もっとも「我々の通常の言葉で表すなら、彼は本当に邪悪だ」とも述べている[20]

刑事の堕落

劇中の一部のパートはフィレンツェの刑事レナルド・パッツィによって展開され、彼は「フェル博士」の正体を知り、その情報が金目になると知る。彼の倫理観の放棄は次第にエスカレートしていき、年下の妻に最高のものを与えたいという欲望は、やがてロマ人のスリの命も軽視することに繋がる[20]。 スコットが「非常に思慮深い」と表現するように、刑事の堕落も劇中のテーマにある[20]

公開

マーケティング

最初の予告編は、劇場公開の9か月前にあたる2000年5月初旬から、映画館及び公式サイトにて公開された。この時点ではまだ製作が開始されたばかりであったために前作の映像が用いられた。新作の映像を用いた2つ目の予告編は2000年11月下旬に公開された。 本作のマーケティングにおいては映画の顔としてホプキンスが演じるハンニバル・レクターが選ばれた。エルヴィス・ミッチェルはニューヨーク・タイムズ紙の2001年の記事において、「ミスター・ホプキンスこそ、この映画の魅力である」と述べている[32]

本作は公開と同時にメディアの大きな注目を集め[33][37]、主演女優と監督はテレビ、新聞、雑誌に何度も登場した[38]。 CBSニュースの記事においてジル・サージャントは、「1991年の陰惨なスリラー『羊たちの沈黙』の待望の続編は、1999年の『スター・ウォーズ』の前日譚(プリクエル)以来、最もホットなネットとメディアの話題を呼んでいる」と述べた[38]。 主演のアンソニー・ホプキンスとジュリアン・ムーアは、ヴァニティ・フェア[39]、エンターテインメント・ウィークリー[40]、プレミア[37]、エンパイア[41]など多くの雑誌の表紙を飾った。

配給

北米での配給はメトロ・ゴールドウィン・メイヤーが行い、国際販売はユニバーサル・ピクチャーズ・インターナショナルが担った[42]。北米外での配給は日本・ドイツ・イタリアを除いたほぼすべての地域をユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズが行なった[43]

家庭用メディア

本作は家庭用メディアとして2001年8月21日にVHS版DVD版が発売された[44]。また2009年9月15日にBlu-ray版が発売された[45]。 2019年5月7日にはキノ・ローバー社英語版より、リマスター版がBlu-rayとUltra HD Blu-rayで発売された[46][47]

評価

興行成績

本作はアメリカ国内で3230館で公開され、公開初週末に5,800万ドルの興行収入を記録した。これは公開当時において『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997年)、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999年)に次ぐ、史上3位の初動記録であった[48]。 その後、『スクリーム3』(2000年)を追い抜いて2月の興行収入記録を更新した(この記録は2004年の『パッション』によって更新された[49][48]。 また、R指定映画としては『最終絶叫計画』(2000年)を抜いて初動記録を更新した(この記録は2003年の『マトリックス リローデッド』によって更新された[50][51]。 さらに冬季公開映画としては『スター・ウォーズ 特別編』(1997年)の初動記録を塗り替えるものであった[52]

最終的なアメリカ国内での興行収入は1億6,509万2,268ドルに達し、全世界での総興行収入は3億5,169万2,268ドルであった[53]。 本作はアメリカの興行収入チャートで3週連続1位、イギリスでは4週連続1位を達成し、同年の『トゥームレイダー』、『ハリー・ポッターと賢者の石』に次ぐ、3位の興行収入記録を達成した[54]。 イタリアでは公開初週に460万ドルを達成し、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を抜いて歴代アメリカ映画1位を記録した[55]。 オランダでも6日間で130万ドルを記録し、『インデペンデンス・デイ』を抜いて歴代初週記録を更新した。同様にスペインでは410万ドルを記録し、歴代2位の記録であった[56]。 2001年における世界興行収入記録では本作は10位であった[57]。 2001年8月のビデオレンタル開始後、アメリカ国内で8,700万ドル以上の売り上げを記録した[58]

批評

本作の批評は賛否両論であった[21][48][59]

レビュー集計サイト「Rotten Tomatoes」では171件のレビューを基に39%の支持、平均評価は5.1/10となっている。同サイトの批評コンセンサスでは「見事な演技にスタイリッシュな映像ではあるが、『ハンニバル』には前作で夢中にさせた主演2人のキャラクター間の相互作用が欠けている」[60]Metacriticでは、36人の批評家を基に100点満点中57点の加重平均スコアを獲得しており、「賛否両論」としている[61]CinemaScoreでの観客評価では、A+からFまでの平均点で「C+」となっている[62]

タイム誌は「『ハンニバル』では不気味でグロテスクな事件が次々と繰り広げられる。しかし、この優れた続編には心の闇にロマンスがある」と評した[63]エンパイア誌は5つ星中2つ星とし、「笑ってしまうほどつまらない、『ハンニバル』は最後まで迫力に欠ける(toothless)」と述べている[64]英国映画協会の雑誌『Sight & Sound』に寄稿したデヴィッド・トムソンは本作を称賛し、「よくできてる。スマートだし、カッコよく、セクシーであり、楽しく……、ダーティでやんちゃで抜け目がない」と述べた[59]。 トムソンはリドリー・スコットの大ファンであることを明言した上で[59]、さらに「文字通り、ハンニバル・レクターはお馴染みのジョークのような存在と化しており、再び恐ろしい存在になることはできない。アンソニー・ホプキンスとスコットはそれを察して、それに応じた計画を練ったようだ。そのおかげで、この映画は救われた」と指摘している[59]バラエティ誌は「『ハンニバル』は『羊たちの沈黙』ほど良くない(中略)とどのつまり、前よりは浅はかで粗雑だが、それでもなお『ハンニバル』は興味をかきたて夢中にさせ、時にはビックリさせる」と評した[65]

ガーディアン紙は本作の欠点は原作に由来したものと指摘し、「その結果、誇張された、見栄えは良い退屈な映画となってしまった。『羊たちの沈黙』は素晴らしかった。それに比べて、かろうじてマシ程度だ」と否定的に評した[66]ロジャー・イーバートは4つ星中2.5つ星をつけ、「カーニバルのギークショー[注釈 2]を芸術方向へ昇華させようとした作品だ。そこに達することはなかったが、パルプ作品[注釈 3]の原点に回帰しようと全身全霊をもって挑んでおり、その堕落への度胸は讃えざるをえない」と評した。そして「この仕事をやり遂げ、観るに耐えるものにしたスコットの手腕には感嘆を禁じえない」と称賛し、またメイスン・ヴァージャーも「技術と悪魔的想像力の見事な融合」と称賛した。また、レクター役のホプキンスの演技にも「彼がスクリーンにいる間はすべてが魅力であった」と褒めたが、「私はこの映画を肯定できない。グラン・ギニョールの伝統に属する暴力性というわけではない。ストーリーの根本に『羊たちの沈黙』のような魅力が欠けているからだ」と評した[67]

日本語版

脚注

外部リンク

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