ブリッジズ・トゥ・バビロン

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『ブリッジズ・トゥ・バビロン』
ローリング・ストーンズスタジオ・アルバム
リリース
録音 1997年3月13日 - 7月
ジャンル ロック
時間
レーベル Rolling Stones
Virgin(オリジナル盤)
UMG(リイシュー盤)
プロデュース ドン・ウォズ
グリマー・ツインズ
ロブ・フラボニ
ダニー・サーバー
ピエール・ド・ビューポート
ダスト・ブラザーズ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
ローリング・ストーンズ アルバム 年表
ストリップド
(1995年)
ブリッジズ・トゥ・バビロン
(1997年)
ノー・セキュリティ
(1998年)
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ブリッジズ・トゥ・バビロン』(Bridges to Babylon)は、1997年にリリースされたローリング・ストーンズオリジナル・アルバム。略称は『B2B』。イギリスで6位[1]アメリカで3位[2]を記録。

前作『ヴードゥー・ラウンジ』に伴うツアーが終了した後、ミック・ジャガーキース・リチャーズは、休暇もそこそこに1996年9月より、新作アルバムのための曲作りに着手する。同年にはロン・ウッドチャーリー・ワッツがそれぞれソロ活動を行っていたが、これによって二人のソロ活動はいったん中断された[3]。同年11月からはニューヨークのデンジャラス・ミュージック・スタジオおよびリチャーズのコネチカット州の自宅のスタジオで、翌1997年1月にはニューヨーク市内の別のスタジオ、2月はロンドンのウエストサイド・スタジオでプリ・プロを続けた。本格的なレコーディングは3月より、ロサンゼルスのオーシャンウェイ・スタジオで行われ、7月まで続けられた。

本作の制作にあたり、ジャガーは「チーフ・プロデューサーのドン・ウォズの下、曲ごとに異なるプロデューサーを置く」というアイデアを打ち出した。招聘されたのは、ビースティ・ボーイズやベックを手掛けたダスト・ブラザーズ、U2との仕事で知られるダニー・セイバー、エリック・クラプトンやリチャーズが見出したウィングレス・エンジェルスなども手掛けたロブ・フラボニ。さらにはリチャーズのギター・テクニシャンだったピエール・ド・ビューポートも起用された。最終的にプロデューサーとしてクレジットされたのはこの4名である。他にもジャム&ルイスが候補に挙がり、ベイビーフェイスは実際に「オールレディ・オーヴァー・ミー」に参加しているが、最終的にボツになった[4]。ジャガーによれば「マイルス・デイヴィスはアルバムごとにプロデューサーを変えたが、バンドではできないからこういう形にしてみた」とのことだが[3]、これにリチャーズは「はじめは悪くないアイデアだと思った」と一度は賛同した[5]。しかし、この計画は早々に行き詰まりを見せた。あまりにも大勢のプロデューサーとミュージシャン達が集まりすぎて自分達の手に負えなくなり、ついにはジャガーとリチャーズが別々に作業を行うという事態に至った[6]。そのため本作は、ジャガーとリチャーズの2人の持つ個性が特に顕著になっている。また本作には、前作からレギュラーになったダリル・ジョーンズも含め、ベーシストが8人も参加した。本作はストーンズのオリジナルアルバムの中で、参加ミュージシャンが最も多い作品である。

新たなゲスト陣の参加により、本作ではこれまでのストーンズでは見られなかった手法がたくさん取り入れられた。ダスト・ブラザーズがプロデュースした「セイント・オブ・ミー」では、ワッツのドラムの音をサンプリングしてドラムループを作り、これにワッツの実際の演奏を組み合わせるという手法がとられた。「マイト・アズ・ウェル・ゲット・ジュースト」ではサンプリングノイズを使用した。しかしこれらにリチャーズは「ストーンズらしくない音」と不満を漏らしている[7]。一方でリチャーズが主導権を握った曲では、旧来のストーンズのスタイルが維持されている[4]。結果として本作は、ジャガーが主導する当時最先端のコンテンポラリー・ブラック・ミュージックへの接近と、リチャーズ主導の旧来のストーンズらしさが程よく混じり合った作品となった[3]。また本作の大きな特徴として、リチャーズのリードボーカル曲が3曲入っていることが挙げられる。これもストーンズの全オリジナルアルバム中唯一のことである。3曲のうち「シーフ・イン・ザ・ナイト」は、当初はジャガーがリードボーカルをとったが上手く歌えず、リチャーズが代わることになった。だがジャガーはリチャーズのリード曲を3曲も収録することに反対した。リチャーズも譲らず一時膠着状態になったが、ドン・ウォズが「シーフ・イン・ザ・ナイト」と「ハウ・キャン・アイ・ストップ」をメドレーで繋げて1曲とみなすという折衷案を出し、ジャガーを納得させた[8]。また収録曲「エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?」では、この曲がk.d.ラングの曲「コンスタント・クレヴィング」に似ていることに気付いたストーンズ側が、訴訟を避けるために作曲クレジットに「コンスタント…」の作者であるラングとベン・ミンクの名を与えるという珍事もあった[3]

タイトルとパッケージ

『ブリッジズ・トゥ・バビロン』のタイトルは、ジャガーがロック界以外の人物の意見を伺おうと、劇作家のトム・ストッパードと会話をしている時に思い付いたものである。ストッパードがバビロンについて語っていたことと[9]、また、昔からが好きだったジャガーの意向で[10]、このようなタイトルに落ち着いたという。

ジャケットのデザインは、グラフィックデザイナーのステファン・サグマイスターのスタジオ、サグマイスター・インクが担当した。ジャガーの「バビロニアン・アートを参照にしてほしい」というリクエストの下、ケヴィン・マーフィーがライオンを、ジェラルド・ハラウンドとザ・フローティング・カンパニーが砂漠を、フランシス・メイヤーがバベルの塔を、その他のイラストをアラン・エアーズがそれぞれ担当した。初回盤CDは、唐草模様が印刷されたクリアケースとブックレットの図柄が合わさることでジャケットが完成する仕組みになっていた。[3]

リリースと評価

『ブリッジズ・トゥ・バビロン』はイギリスで1997年9月29日に、アメリカでは翌日の30日にリリースされた。日本ではこの2か国に先駆けて9月22日にリリースされ、また独自のボーナストラックとして、1995年3月6日の東京ドーム公演で収録された「悲しみのアンジー」が追加収録された[3]。前作同様、CDは1枚組、LPが2枚組形態で発売された。

イギリスでは6位(ゴールド認定)、アメリカでは3位(プラチナ認定)に付け、ヒットはしたものの前作の売り上げを下回っている。オーストリアドイツノルウェースウェーデンではそれぞれ1位を記録している。オールミュージックスティーヴン・トマス・アールワインは、「『ブリッジズ・トゥ・バビロン』は、ジャガーがストーンズを’90年代へ導こうと決意し、最先端のコラボレーターを起用。ドラムループやサンプリングを探求し、ベテラン・グループに新たな鋭さを与えた。もちろんストーンズはストーンズであり、どんなプロデュースもその本質を消し去ることはできない…が、結果として本作は、古臭さを感じさせずストーンズらしさを保っている」[11]Q誌は「ブリッジズ・トゥ・バビロンは、凡庸さを脱した現代ロックの傑作と言える。数曲の傑出した楽曲とストーンズが持つ生来の威光が、この作品を救っている…しかし、本作が1、2年後も、中立的な立場の人々の記憶に残っていることも、また新たなファンを獲得することもないだろう」と、それぞれ評した[9]

ジャガーは、「個人的にはかなりいいレコードだと思うよ。今までの作品の中では1段階上のできたと思う」としながらも、「一般のリスナーが気に入ってくれるかどうか、気に入ってくれたら買ってくれるかどうか」と、自信のなさを吐露している[9]。リチャーズは、本作のサウンド面について苦言を呈することが多かった一方、「それでも俺は『ブリッジズ・トゥ・バビロン』が好きだ。面白いと思えるものがいくつかある」と自著の中で述べている[12]

2009年、最新リマスターCDがユニバーサルよりリリースされた。リイシュー版では、日本初回版のボーナストラックである「悲しみのアンジー」は削除されている。

ワールド・ツアー

「The Rolling Stones Bridges to Babylon World Tour 1997/98」と銘打ち(以下B2Bツアー)、9月4日トロントのホースシュー・タヴァーン公演を皮切りに、翌年9月まで107公演行われた。日本公演は、1998年3月12日から21日までの6公演。この中にはストーンズ初となる大阪公演も含まれた<CHRONICLE1998>が、前回、前々回の日本ツアーに比べ、今回のツアーでは空席が目立った[13]。B2Bツアーはこれまで行われてきたツアーの中でも最も多くのトラブルを孕んだツアーでもあった。1998年1月、ジャガーが喉頭炎を患い、ニューヨークのシラキュース、トロント、モントリオールの3公演が延期された。ジャガーの病気が理由でストーンズのコンサートが延期されるのはこれが初めてだった[14]。また終盤の欧州ツアー直前には、リチャーズが自宅書庫の梯子から落下し、肋骨3本を折る怪我をしたため、約1月ツアーの延期と変更がなされた[15]。さらに1998年よりイギリスで新たに導入された課税制度による影響で、同年8月に予定されていたイギリス公演が翌1999年までの約1年間持ち越されることになった[14]。これらの穴埋めのため、1998年に発表されたライヴ・アルバム「ノー・セキュリティ」の名を冠したツアーを、舞台セットや演目等、これまでスタジアムばかりの公演からアリーナのみという珍しい内容に変えて北米エリアのみで行われた。このため、イギリス公演では舞台セットはB2Bツアーに戻されたものの、セット・リストはノー・セキュリティ・ツアーに近い内容となっている。こうしたトラブルが続いたツアーであったが、リチャーズはツアー開始時より「バンドの調子は良い」と度々発言しており、パフォーマンス自体はイギリス公演まで終始安定したまま終了した。また、このツアーではバンド史上初となるエストニアおよびロシアでの公演を成功させた[14]。一時は大規模な公演が行えるのかという不安の声も上がっていた。しかし蓋を開けてみれば、大規模なスタジアムでのチケットを完売させただけでなく、その反響からアルバムも大ヒットするなど、該当地域では大きく話題にあがるほどの盛況ぶりだった。またB2Bツアーでは、B2Bツアーの売り上げは3億390万ドルで、前回の『ヴードゥー・ラウンジ』ツアーの記録を打ち破った[16]

またこのB2Bツアーから、ライブ中盤に客席側に設けられた、いわゆるセンターステージに(Bステージと呼ばれることも多い)移動して3~4曲演奏するという演出がスタートし、以後のツアーにも採用され続けている。

収録曲

※特記なき限り、作詞・作曲はジャガー/リチャーズ

  1. フリップ・ザ・スイッチ - Flip the Switch 3:28
  2. エニバディ・シーン・マイ・ベイビー? - Anybody Seen My Baby? (Mick Jagger/Keith Richards/K.D. Lang/Ben Mink) 4:31
  3. ロウ・ダウン - Low Down 4:26
  4. オールレディ・オーヴァー・ミー - Already Over Me 5:24
  5. ガンフェイス - Gunface 5:02
  6. ユー・ドント・ハフ・トゥ・ミーン・イット - You Don't Have to Mean It 3:43
  7. アウト・オブ・コントロール - Out of Control 4:43
  8. セイント・オブ・ミー - Saint of Me 5:15
  9. マイト・アズ・ウェル・ゲット・ジュースト - Might as Well Get Juiced 5:23
  10. オールウェイズ・サファリング - Always Suffering 4:44
  11. トゥー・タイト - Too Tight 3:33
  12. シーフ・イン・ザ・ナイト - Thief in the Night (Mick Jagger/Keith Richards/Pierre de Beauport) 5:16
  13. ハウ・キャン・アイ・ストップ - How Can I Stop 6:54
  14. 悲しみのアンジー - Angie (Live Performance in Tokyo Dome, March 6th, 1995) 3:52
    • 日本盤のみのボーナス・トラック

パーソネル

※アルバム記載のクレジットに準拠

ローリング・ストーンズ

参加ミュージシャン

  • ダリル・ジョーンズ - ベース(#6、#10、#12)、バッキングボーカル(#10)
  • ワディ・ワクテル - エレキギター(#4-6、#10を除く)、アコースティックギター(#10)
  • バーナード・ファウラー - バッキングボーカル(#5、#9を除く)
  • ブロンディ・チャップリン - バッキングボーカル(#5、#9を除く)、タンブリン(#1、#10-12)、シェイカー(#2)、ベース&マラカス(#3)、ピアノ(#4、#11、#13)
  • ドン・ウォズ - キーボード(#2、#7)、ベース(#4)、ウーリッツァー・ピアノ(#7、#13)
  • ジム・ケルトナー - パーカッション(#1、#4-7、#10-13)、シェイカー(#3)、バッキングボーカル(#10)
  • ジェフ・サルリ - ベース(#1)、アコースティックベース(#11、#13)
  • ジョー・サブレット - バリトンサックス(#1)、サックス(#3、#6、#12)
  • ジェイミー・ミュホベラック - ベース(#2)、キーボード(#2、#7、#8)
  • ビズ・マーキー - ラップ(#2)
  • ダレル・レオナルド - トランペット(#3、#6、#12)
  • ベンモント・テンチ - ハモンドC3オルガン&キーボード(#4)、ピアノ&ハモンドB-3オルガン(#10)
  • ケニー・アロノフ - バケツ(#4)
  • ダニー・セイバー - エレキギター&キーボード(#5)、ベース(#5、#7)、クラヴィネット&“reality manipulations”(#7)
  • クリントン・クリフォード - ピアノ&ハモンドB-3オルガン(#6)
  • ピエール・ド・ビューポート - ベースVI(#8)、ウーリッツァー・ピアノ&ローズ・ピアノ(#12)
  • ビリー・プレストン - オルガン(#8)
  • ミシェル・ンデゲオチェロ - ベース(#8)
  • ダグ・ウィンビッシュ - ベース(#9)、バッキングボーカル(#10)
  • ウェイン・ショーター - ソプラノサックス(#13)

スタッフ

  • グリマー・ツインズ - プロデューサー(全曲)
  • ドン・ウォズ – プロデューサー (#5、#8、#9を除く)
  • ダスト・ブラザーズ – プロデューサー(#2、#8-9)
  • ロブ・フラボニ – プロデューサー、ミキサー(#6)、レコーディングエンジニア
  • ダニー・セイバー – プロデューサー(#5)
  • ピエール・ド・ビューポート – プロデューサー(#10)
  • トム・ロード=アルジ – ミキサー
  • ジョン・X・ウォレイティス – ミキサー(#5)
  • ウォーリー・ガゲル – ミキサー(#7)
  • ボブ・クリアマウンテン – ミキサー(#4)
  • ステファン・サグマイスター – アートディレクション、デザイン
  • ヒャルティ・カールソン – デザイン
  • マックス・ヴァドゥクル – 写真撮影
  • ケヴィン・マーフィー、 ジェラルド・ホーランド、アラン・エアーズ – イラスト

ヒットチャート

ゴールドディスク

脚注

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