ブルーノ・クノイビューラー
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| ブルーノ・クノイビューラー | |
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| グランプリでの経歴 | |
| 国籍 |
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| 活動期間 | 1972 - 1989 |
| チーム | ヤマハ、MBA |
| レース数 | 173 |
| 優勝回数 | 5 |
| 表彰台回数 | 33 |
| 通算獲得ポイント | 859 |
| ポールポジション回数 | 5 |
| ファステストラップ回数 | 2 |
| 初グランプリ | 1972 350cc フランス |
| 初勝利 | 1972 350cc スペイン |
| 最終勝利 | 1983 125cc スウェーデン |
| 最終グランプリ | 1989 500cc チェコスロバキア |
ブルーノ・クノイビューラー(Bruno Kneubühler、1946年12月3日 - )は、スイス出身の元オートバイレーサー。1972年から1989年まで世界グランプリで活躍し、当時開催されていた50ccから500ccまでの5クラス全てに出場した経験を持つライダーである。
グランプリに初参戦した1972年に、クラス唯一のワークス・チームであったMVアグスタのジャコモ・アゴスチーニとアルベルト・パガーニの2人に続く500ccクラスランキング3位を獲得[1]。同年の最終戦スペインGPでは、350ccクラスでレンツォ・パゾリーニやヤノス・ドラパルを押さえてグランプリ初勝利を挙げている[2]。初勝利から1年後の1973年スペインGPでは、50cc/250cc/500ccの3クラスで2位に入るという記録を作った。翌1974年のダッチTT250ccクラスでは、これがグランプリデビューだった、後に3年連続500ccクラスチャンピオンとなるケニー・ロバーツを従えて2位でフィニッシュしている[3]。
グランプリのベストシーズンは、125ccクラスで2勝を挙げてアンヘル・ニエトに次ぐランキング2位を獲得した1983年。18年間に渡ったグランプリキャリアにおいて通算5勝、表彰台フィニッシュは33回という成績を残した。1989年シーズンを最後に43歳でグランプリから引退してからは、クラシック・レースなどのイベントでレースを楽しんでいる。