マニー・ピーニャ

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生年月日 (1987-06-05) 1987年6月5日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
215 lb =約97.5 kg
マニー・ピーニャ
Manny Piña
ミルウォーキー・ブルワーズ時代
(2019年5月14日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 ララ州バルキシメト
生年月日 (1987-06-05) 1987年6月5日(38歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2005年 アマチュアFA
初出場 2011年8月3日
年俸 $4,500,000 (2023年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マニュエル・エリアス・ピーニャ・レイエスManuel Elías Piña Reyes, 1987年6月5日 - )は、ベネズエラララ州バルキシメト出身のプロ野球選手捕手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。愛称はピネポウ[1]

プロ入りとレンジャーズ傘下時代

2005年テキサス・レンジャーズと契約。契約後、ルーキー級アリゾナリーグ・レンジャーズでプロデビュー。27試合に出場して打率.247、10打点、2盗塁を記録した。

2006年もルーキー級アリゾナリーグ・レンジャーズでプレー。14試合に出場して打率.244、3打点を記録した。

2007年はA級クリントン・ランバーキングス英語版でプレーし、86試合に出場して打率.228、1本塁打、23打点の成績を残した。

2008年はA+級ベーカーズフィールド・ブレイズ英語版とAA級フリスコ・ラフライダーズでプレーし、2球団合計で84試合に出場して打率.267、3本塁打、33打点、2盗塁を記録した。

2009年はAA級フリスコでプレーし、86試合に出場して打率.259、8本塁打、42打点、1盗塁を記録した。

ロイヤルズ時代

2009年9月3日にダニエル・グティエレスとのトレードで、ティム・スミスと共にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[2]

2010年は傘下のAA級ノースウエストアーカンソー・ナチュラルズとAAA級オマハ・ロイヤルズでプレーし、2球団合計で91試合に出場して打率.259、9本塁打、49打点を記録した。

2011年、マイナーではAA級ノースウエストアーカンソーとAAA級オマハ・ストームチェイサーズ[3]でプレーし、2球団合計で71試合に出場して打率.239、5本塁打、28打点を記録した。7月31日にはメジャー契約を結んで40人枠入りし、8月3日のボルチモア・オリオールズ戦でメジャーデビュー。この年メジャーでは4試合に出場して打率.214を記録した。

2012年もマイナーではAA級ノースウエストアーカンソーとAAA級オマハでプレーし、2球団合計で49試合に出場して打率.278、5本塁打、25打点を記録した。この年メジャーでは1試合の出場にとどまった。9月2日にマイナー契約となった。

2013年もAA級ノースウエストアーカンソーとAAA級オマハでプレーし、2球団合計で86試合に出場して打率.228、7本塁打、38打点、1盗塁を記録した。なお、この年はメジャーでの出場はなかった。オフの11月4日にFAとなった[4]

マリナーズ傘下時代

2014年1月17日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[4]。シーズンでは傘下のAA級ジャクソン・ジェネラルズとAAA級タコマ・レイニアーズでプレーした。

タイガース傘下時代

2014年6月11日に後日発表選手とのトレードで、デトロイト・タイガース へ移籍した[5]。移籍後は傘下のAAA級トレド・マッドヘンズへ配属され、38試合に出場して打率.268、3本塁打、16打点、2盗塁を記録した。移籍前を含めた3球団合計では59試合に出場して打率.268、5本塁打、29打点、2盗塁を記録した。

2015年はAAA級トレドでプレーし、77試合に出場して打率.305、7本塁打、39打点、2盗塁を記録した。

ブルワーズ時代

2015年12月10日、11月18日に行われたフランシスコ・ロドリゲスとのトレードの後日発表選手としてミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した[6]

2016年は開幕から傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスでプレーし、8月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[4]。この年は4年ぶりにメジャー復帰し、33試合に出場して打率.254、2本塁打、12打点を記録した。

2017年は開幕からメジャーに帯同してジェット・バンディや途中加入のスティーブン・ボートと併用されながら出場機会を得て、107試合に出場した。

2018年はボートが怪我で出場できないことにより正捕手となり、エリック・クラッツと併用された。

2019年は控え捕手として開幕を迎えた。5月16日にはハムストリングの怪我で故障者リストに入った。

2021年オフの11月3日にFAとなった。

ブレーブス時代

2021年11月15日にアトランタ・ブレーブスと2年総額800万ドルの契約を結んだ[7]。2024年の契約は400万ドルのチームオプションとなる。

2022年は4月25日に左手首の炎症により負傷者リスト入り[8]。のちに左手首の靱帯と軟骨を損傷していることが分かり、残りシーズンを全て欠場することになった[8]。この年の出場はわずか5試合だった。

アスレチックス時代

2022年12月12日にブレーブスとブルワーズ、オークランド・アスレチックスとの3チーム間トレードで、カイル・マラーフレディ・ターノックロイバー・サリナス英語版と共にアスレチックスへ移籍した[9]

2023年はリハビリを経て7月4日にメジャーに昇格[4]。4試合に出場したが、7月14日に負傷者リストに戻された[4]シェイ・ランゲリアーズタイラー・ソーダーストロムなど若手捕手の台頭もあり以後は出番はなく[10]、8月1日にDFAとなり[10]、8月5日に自由契約となった[11]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2011 KC 415142320050000010021.214.267.357.624
2012 1220000000000000000.000.000.000.000
2016 MIL 338171418402281201001000152.254.346.394.740
2017 107359330459221091404320132005798.279.327.424.751
2018 983373063977132912128201421356213.252.307.395.702
2019 761791581036807652500011614501.228.313.411.724
2020 154539491021650000303110.231.333.410.744
2021 7520818027346013793300012205384.189.293.439.732
2022 ATL 517141200022000110110.143.235.143.378
MLB:9年 4141243111413227155242456148412109442325829.243.313.409.722
  • 2022年度シーズン終了時

年度別守備成績

捕手守備


捕手(C)






















2011 KC 4331001.000211.500
2012 140001.0000000----
2016 MIL 171051511.992018135.278
2017 1027215267.9924593821.356
2018 927204546.9952492920.408
2019 533501561.984228217.250
2020 131177021.0000945.556
2021 655112731.9943372611.297
2022 ATL 5502001.0001211.500
MLB 35226111642018.9931220413371.348
内野守備


一塁(1B)三塁(3B)
























2018 MIL 10000-----
2019 -10000----
MLB 10000----10000----
  • 2022年度シーズン終了時

表彰

背番号

  • 28(2011年 - 2012年、2023年)
  • 9(2016年 - 2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

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