マーヴィン・バーンズ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 故人 | |
|---|---|
| ポジション | PF |
| 基本情報 | |
| 愛称 | Bad News |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 1952年7月27日 |
| 没年月日 | 2014年9月8日(62歳没) |
| 出身地 | ロードアイランド州プロヴィデンス |
| 身長(現役時) | 203cm (6 ft 8 in) |
| 体重(現役時) | 95kg (209 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | プロヴィデンス大学 |
| ドラフト | 1974年 2位 |
| 選手経歴 | |
| 1974-1976 1976-1977 1977-1978 1978-1979 1979-1980 |
スピリッツ・オブ・セントルイス デトロイト・ピストンズ バッファロー・ブレーブス ボストン・セルティックス サンディエゴ・クリッパーズ |
| 受賞歴 | |
| |
|
Stats Basketball-Reference.com | |
マーヴィン・ジェローム・バーンズ (Marvin Jerome Barnes, 1952年7月27日 - 2014年9月8日) は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。身長203cm、体重95kg。ポジションはパワーフォワード。
ロードアイランド州プロヴィデンス出身のバーンズは地元のプロヴィデンス大学に進学し、3年次にチームをNCAAトーナメントベスト4に導いた。4年次には平均18.7リバウンドでNCAAディビジョンⅠリバウンド王に輝き、オールアメリカ1stチームに選出された。通算1,592リバウンドは今なお学校記録となっている。
1974年、バーンズはNBAドラフト全体2位でフィラデルフィア・76ersに指名されたが入団せず、ABAのスピリッツ・オブ・セントルイスと契約した。1年目から平均24.0得点(リーグ5位)15.6リバウンド(同3位)と素晴らしい成績を残して新人王を受賞し、オールスターとオールABA2ndチームにも名を連ねた。シーズン中には1試合54得点を記録している。翌1975-76シーズンも平均24.1得点10.8リバウンドで2年連続のオールスター出場を果たしたが、チームはプレーオフを逃した。
1976年にABAとNBAが合併し、それに伴ってスピリッツ・オブ・セントルイスが解散したため、バーンズはNBAのデトロイト・ピストンズに加入した。NBAではABA時代から成績が大きく低下し、4年間でピストンズ、バッファロー・ブレーブス、ボストン・セルティックス、サンディエゴ・クリッパーズを渡り歩いた。1980年にNBAを去った後はイタリアのプロリーグやCBAでプレーを続け、1986年に現役を引退した。
ABAとNBAを合算した成績は、315試合の出場で通算5,034得点2,837リバウンド(平均16.0得点9.1リバウンド)であった。
1997年、バーンズはABAオールタイムチームに選出された。2014年、生れ故郷のプロヴィデンスにて62歳で死去。