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ミゲル・カイロ

ベネズエラの野球選手、監督 (1974-) From Wikipedia, the free encyclopedia

ミゲル・ヘスス・カイロ(Miguel Jesús Cairo, 1974年5月4日 - )は、ベネズエラのアンソアテギ州アナコ(英語版)出身の元プロ野球選手(内野手)、コーチ、監督。右投右打。現在は、MLBのボルチモア・オリオールズの内野守備コーチを務める。

出身地 アンソアテギ州アナコ(英語版)
生年月日 (1974-05-04) 1974年5月4日(52歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
225 lb =約102.1 kg
概要 ボルチモア・オリオールズ 内野守備コーチ #47, 基本情報 ...
ミゲル・カイロ
Miguel Cairo
ボルチモア・オリオールズ 内野守備コーチ #47
シンシナティ・レッズでの現役時代
(2011年6月26日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 アンソアテギ州アナコ(英語版)
生年月日 (1974-05-04) 1974年5月4日(52歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1990年 アマチュアFA
初出場 1996年4月17日
最終出場 2012年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
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経歴

現役時代

1990年にアマチュア・フリーエージェントでロサンゼルス・ドジャースと契約してプロ入り。その後、マイナー時代にシアトル・マリナーズ、トロント・ブルージェイズを渡り歩き、1996年、ブルージェイズでメジャーデビュー。本格的にメジャーに定着し始めたのはタンパベイ・デビルレイズへ移籍して二塁手のレギュラーに定着した1998年からである。その後、ニューヨーク・ヤンキースやニューヨーク・メッツでプレーしてテレビ中継などにも登場することが多かったため、日本人にも比較的知られている選手であった。

ニューヨーク・ヤンキースでの現役時代
(2004年6月26日)

2003年オフにFAとなり、ヤンキースへ移籍した。当初は内野のユーティリティープレイヤーとして期待される。しかし、正三塁手として考えられていたアーロン・ブーンが、トレーニングとして禁止されていたバスケットボールで左膝靭帯断裂の重傷を負い、開幕どころかシーズン中のプレーすら危ぶまれる緊急事態となった。そのため、カイロは三塁手としてプレーすると予想されていた。しかし、テキサス・レンジャーズが、史上最高年俸選手でMLB屈指のスラッガーであるアレックス・ロドリゲスを放出したがっていることを知ったヤンキースは、アルフォンソ・ソリアーノとの交換でロドリゲスを獲得した。ロドリゲスはチームの象徴であるデレク・ジーターと同じ遊撃手であったため、どちらかが二塁手もしくは三塁手にコンバートされると考えられていたが、結局、ロドリゲスが三塁手にコンバートされた。

2004年は上述のようなチーム事情もあり、ソリアーノ放出で空いた二塁手に同じユーティリティーでよりパワーのあるエンリケ・ウィルソン(英語版)とのツープラトンで起用された。開幕当初はチームで唯一不安視されていたポジションであったが、このツープラトン起用がうまくはまり、シーズントータルで打率.292をマーク。二塁以外にも一塁、三塁、遊撃を守り、攻守において地区優勝への原動力の一端となった。同年オフにFAとなり、ニューヨーク・メッツへ移籍した。ここでもユーティリティーとして起用された。

2008年1月にマリナーズと1年契約を結んだ。ウィリー・ブルームクイストと共に内野のユーティリティーとして起用された。

2009年2月15日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[1]。シーズン途中にメジャーに復帰し、一旦メジャー契約を解除されたものの8月23日に再びフィリーズで昇格を果たした[2]。

2010年シーズン前にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結び、開幕ロースター入りした。レッズには2012年まで在籍し、同年限りで引退した。

引退後

引退翌年の2013年よりレッズのGM特別補佐に就任し、2017年まで務めた。

2018年からの3年間はヤンキースの育成部門で内野守備コーディネイターを務めた[3]。

2020年11月、2021年シーズンよりシカゴ・ホワイトソックスのベンチコーチに就任することが発表された[4]。現役時代に選手として仕え、同時にホワイトソックスの監督に就任したトニー・ラルーサとは首脳陣の1人となって再会した。

2022年シーズン途中から健康面の不安でチームを離れたラルーサに変わり、監督代行を務め、シーズン終了後に退任した。

2023年はメッツ傘下のマイナーで内野守備コーディネイターを務めた。

2024年からはワシントン・ナショナルズのベンチコーチを務める[5]。2025年7月7日より前日に監督を解任されたデーブ・マルティネスの後任として監督代行へと配置転換され[6]、シーズン終了まで務めた。

2025年11月15日、ボルチモア・オリオールズの内野守備コーチへの就任が発表された[7]。

選手としての特徴

ポストシーズンに相性が良く、通算打率は.328(61打数20安打)。特にカージナルスの一員として出場した2002年のポストシーズンでは打率.529(17打数9安打)の大当たりだった。個性的なバッティングフォームで、高目の球に強い。また、かなりの俊足であり、カージナルス時代は盗塁数が減っていたが、2004年から2006年までの3年間は二桁盗塁を記録している。

家族

息子のクリスチャン・カイロ(英語版)は2019年、MLBドラフト4巡目(全体130位)でクリーブランド・インディアンスから指名され[8]、プロ入りしている。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1996 TOR 930275620081000020191.222.300.296.596
1997 CHC 1632297710081000020130.241.313.276.589
1998 TB 150558515491382655189461981122406449.268.307.367.674
1999 120508465611371553171362277524074613.295.335.368.703
2000 1194173754998182112334287652902347.261.314.328.642
2001 CHC 66147123203531246921711610213.285.364.374.738
STL 273533511501197000020021.333.371.576.947
'01計 931821562546813651621711810234.295.366.417.783
2002 1082081842846922652311621323365.250.307.353.660
2003 9229026141641525983241371316306.245.289.375.664
2004 NYY 1224083604810517561504211312418114497.292.346.417.763
2005 NYM 10036732731821802106191331251924315.251.296.324.620
2006 NYY 81244222285312307130131531301314.239.280.320.600
2007 54121107122770034108141811193.252.308.318.626
STL 287267817220235211030150.254.296.343.639
'07計 8219317420449205715102511112243.253.303.328.631
2008 SEA 10825022134551420732352611804326.249.316.330.646
2009 PHI 274745612211192001000141.267.283.422.705
2010 CIN 9122620030581204822840231704304.290.353.410.763
2011 10227624533658281013334331817363.265.330.412.742
2012 7015615092872142134001401204.187.212.280.492
MLB:17年 14904392395650410441933441142839413940864324396448282.264.314.361.675
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背番号

  • 3(1996年、2005年、2007年途中 - 同年終了)
  • 20(1997年 - 1998年途中)
  • 13(1998年途中 - 1999年、2008年)
  • 1(2000年)
  • 40(2001年 - 同年途中)
  • 41(2001年途中 - 2003年途中、2004年、2007年 - 同年途中、2021年 - 2022年)
  • 9(2009年)
  • 43(2010年 - 2012年)
  • 22(2024年 - 2025年)
  • 47(2026年 - )


脚注

関連項目

外部リンク

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