ムハンマド (イルハン朝) From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 1336年 - 1338年死去 1338年アゼルバイジャン父親 ヨル・クトルグムハンマド イルハン朝第11代イルハン在位 1336年 - 1338年死去 1338年アゼルバイジャン父親 ヨル・クトルグテンプレートを表示 ムハンマド(ペルシア語:محمد Moḥammad、? - 1338年)は、イルハン朝のハン(在位:1336年 - 1338年)。イルハン朝の創始者フレグの子モンケ・テムルの玄孫に当たる。ヨル・クトルグの子。 アルパ・ケウン・ハンの死後、ジャライル部の有力者タージュッディーン・シャイフ・ハサン・ブズルグ(大ハサン)[注釈 1]によって、1336年にハンに擁立された[1]。ムーサをハンに擁するアリー・パーディシャーを破った後、大ハサンに伴われてタブリーズの宮殿に移り住んだ。 1338年7月10日にアゼルバイジャンでシャイフ・ハサン(小ハサン)[注釈 2]と対陣、自軍の将軍ピール・フサイン(チョバンの孫。シャイフ・ハサンの従兄弟)が敵と内通していることに感づいた大ハサンはタブリーズに撤退する。彼は退かずに小ハサンと戦うが敗れ、捕殺された[注釈 3][2]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ ジャライル朝の創始者 ↑ イルハン朝の軍人チョバンの孫。チョバン朝の創始者 ↑ 没時、まだ成年に達していなかった 出典 ↑ 佐口 1979, p. 366. ↑ 佐口 1979, p. 369-370. 参考文献 C.M.ドーソン『モンゴル帝国史』 6巻、佐口透訳注、平凡社〈東洋文庫365〉、1979年11月。ISBN 4582803652。 先代アルパ・ケウンムーサー(アリー・パーディシャーによって擁立) イルハン朝のイルハン第11代1336年 - 1338年 次代サティ・ベク(小ハサンによって擁立)ジハーン・テムル(大ハサンによって擁立) 表話編歴イルハン朝の君主統一時代 フレグ1260–1265 アバカ1265–1282 アフマド・テクデル1282–1284 アルグン1284–1291 ガイハトゥ1291–1295 バイドゥ1295 ガザン1295–1304 オルジェイトゥ1304–1316 アブー・サイード1317–1335 アルパ・ケウン1335–1336 ハン乱立時代 ムーサ1336–1337 ムハンマド1336–1338 トガ・ティムール1337–1353 サティ・ベク1338–1339 シャー・ジハーン・ティムール1339–1340 スライマーン1339–1343 モンゴル帝国:元 / チャガタイ・ハン国 / ジョチ・ウルス / イルハン朝 Related Articles