三宅康信
日本の侍 (1563-1632)
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
永禄6年(1563年)、挙母藩初代藩主・三宅康貞の長男として遠江で生まれる。父と共に徳川家康に仕え、小田原征伐など家康の主要な戦争の多くに参加して武功を挙げた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは横須賀城番を務め、戦後は伊勢亀山城の城番を務めた。
慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では駿府城の守備、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では淀城の守備を務めた。元和元年(1615年)に父が死去したため家督を継いだ。元和3年(1617年)12月、従五位下、越後守に叙位・任官した。
元和6年(1620年)に第2代将軍・徳川秀忠の娘・和子が入内するときには、その警護役を務めた功績を賞されて2,000石加増の1万2,000石で伊勢亀山に移封された。寛永9年(1632年)9月27日に伊勢亀山で死去した。享年70。跡を長男の康盛が継いだ。