瑶子女王
日本の女性皇族 (1983-)
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略歴
寬仁親王と信子妃の第二子として誕生。松濤幼稚園から学習院幼稚園に移り、初等科・女子中等科・女子高等科を経て、学習院女子大学国際文化交流学部日本文化学科卒業。
2003年(平成15年)10月25日に成年を迎え、皇族身位令により第125代天皇明仁から勲二等宝冠章(のちの宝冠牡丹章に相当)を受ける。同年から、宮中行事・祭祀に出席している。
初等科5年時から剣道を始め、大学時代は女子副主将も務めた。2005年(平成17年)3月フランス・ドイツへの第2回日欧交流関東学生剣道連盟親善使節団に参加し、また同年8月に開催された愛知万博での剣道のデモンストレーションにも参加した。2006年(平成18年)7月の全国家庭婦人剣道大会にも出席、観戦した。また、大学卒業後は、初等科剣道部でボランティアで剣道の指導も行なっている。令和8年4月現在の段位は6段。[2]第61回全日本剣道選手権大会では、優勝した内村良一に天皇杯を授与した。
2006年(平成18年)12月から2012年11月まで日本赤十字社(事業局組織推進部青少年・ボランティア課を経て血液事業本部販売管理課)で嘱託ながら常勤で勤務しており、これは女性皇族として史上初のことである。一方で、父母がともに闘病中、姉・彬子女王が留学中で不在であった時期には、その分の公務も務めていた。また、2013年(平成25年)8月29日付で一般財団法人国際ユニヴァーサルデザイン協議会総裁に[3][注釈 3]、2014年(平成26年)1月14日付で第3代社会福祉法人友愛十字会総裁に[4]、2021年(令和3年)12月1日付でNPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会名誉総裁に[5]、それぞれ就任している。2022年(令和4年)初の公務では大阪府で開催された、第55回全国道場少年剣道大会へ出席し、観覧した。
2022年(令和4年)2月7日にのどの痛みを訴えたことから、翌8日午後に赤坂御用地内の宮邸でPCR検査を受けた結果、新型コロナウイルスへの感染が確認されたため、同日夜に宮内庁病院に入院した。皇族の新型コロナウイルス感染は初の事例。その後の検査で肺炎が判明したため、翌9日に東京大学医学部付属病院へ転院したことが発表された[6][7]。症状が改善したため、16日に退院した[8]。
同年3月25日に埼玉県入間市で行われた「ヒアリングフレイル予防講習会」でのNPO法人日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会名誉総裁としての講演で、自身がメニエール病を原因とした低音型の感音性難聴を患っていることを明かした。また、自身が宮内記者会宛てに寄せた直筆の手紙で、感音性難聴という難聴の一種を患っている心境を綴った。西村泰彦宮内庁長官は同年6月23日の会見で、瑶子女王の症状についてはこの講演で初めて知ったと明らかにした[9][10]。
2025年(令和7年)11月9日に愛知県名古屋市西区の名古屋市枇杷島スポーツセンターにて剣道六段に合格(713名受審/264名合格・合格率37.0%)。
外遊歴
系譜
| 瑶子女王 | 父: 寬仁親王 |
祖父: 崇仁親王(三笠宮) |
曾祖父: 大正天皇 |
| 曾祖母: 貞明皇后 | |||
| 祖母: 百合子 |
曾祖父: 高木正得 | ||
| 曾祖母: 高木邦子 | |||
| 母: 信子 |
祖父: 麻生太賀吉 |
曾祖父: 麻生太郎【先代】 | |
| 曾祖母: 麻生夏子 | |||
| 祖母: 麻生和子 |
曾祖父: 吉田茂 | ||
| 曾祖母: 吉田雪子 |
栄典・称号
勲章
日本
役職
- 友愛十字会総裁:2014年(平成26年)1月14日 -[4]
- 国際ユニヴァーサルデザイン協議会総裁:2013年(平成25年)8月29日 - 2019年(令和元年)7月31日[3][13]
- 日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会名誉総裁:2021年(令和3年)12月1日 -[5]
- 「第43 - 46回東京モーターショー2013 - 2019」総裁[注釈 4]
- 「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」総裁[14]
- 「第1回瑶子女王杯 全日本スーパーフォーミュラ選手権 第4戦富士大会」特別名誉総裁:2024年(令和6年)[15]
- 「2025年全日本スーパーフォーミュラ選手権シリーズ」名誉総裁:2025年(令和7年)3月7日 - 11月23日[16]
- 「F1 TOKYO FAN FESTIVAL 2025」総裁[17]
- インクルーシブデザインネットワーク名誉顧問:2023年(令和5年)4月1日 -[18]
瑶子女王杯
「瑶子女王杯」を冠したスポーツイベントとして、2024年からスーパーフォーミュラにおいて賜杯が贈られている。
第1回は、2024年の第4戦が行われた富士スピードウェイで実施され[19]、第2回となる2025年は自身がシリーズの名誉総裁に就任した事に伴い、年間ドライバーズチャンピオンに贈られることとなった[20]。第3回の2026年は、富士スピードウェイで行われる第4大会(第6・7戦)が「瑶子女王杯ウィーク」として開催され、同大会の2レースで最も多くポイントを獲得したドライバーに杯が贈られる[21]。
歴代優勝者
| 年 | ドライバー | 所属チーム/エンジン | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2024年 | VANTELIN TEAM TOM'S (TOYOTA/TRD 01F) |
第4戦 富士スピードウェイの優勝者 | |
| 2025年 | TEAM MUGEN (HONDA/M-TEC HR-417E) |
ドライバーズチャンピオン | |
