下並木
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| 下並木 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯35度31分24秒 東経139度41分22秒 / 北緯35.52333度 東経139.68936度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
|
| 行政区 | 川崎区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)12月31日現在[1]) | |
| 人口 | 3,071 人 |
| 世帯数 | 1,697 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.118891826 km² | |
| 人口密度 | 25830.2 人/km² |
| 設置日 | 1924年(大正13年)7月1日 |
| 郵便番号 | 210-0025[3] |
| 市外局番 | 044(川崎MA)[4] |
| ナンバープレート | 川崎 |
下並木(しもなみき[5])は、神奈川県川崎市川崎区の町名である。住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されておらず、丁目は設けられていない[5]。面積は118860.26m²[2]。
歴史
かつて川崎宿の上手棒鼻[注釈 1]から市場村の境にかけては東海道に沿って松や榎が植えられ、八丁畷[注釈 2]と呼ばれていた。寛政年間の石井家文書の「八町縄手並木覚」によると、街道南側に松8本・杉166本、西側に松20本・杉83本・榎7本が植えられていたと記録されている。やがて上並木、下並木と分けて呼ばれるようになったが、その年代は明らかではない。1924年(大正13年)6月、上並木とともにこの地に下並木の町名が付けられ、1924年7月には川崎市が新設されたことにより、川崎市の町名となる。上並木の町名は1964年に周辺の町と統合され日進町となったことで消滅し、上並木公園にその名を残すのみである[7]。1972年(昭和47年)4月1日には川崎市が政令指定都市に移行したことにより、川崎市川崎区下並木となる。
1885年(明治18年)に日本で初めて乾電池の製造に成功した屋井乾電池株式会社[注釈 3]は、関東大震災で東京の本社・工場が被災したのち1926年に下並木30番地に移転した[7]。1954年に、川崎市立富士見中学校から分離・新設された川崎市立川崎中学校が町内に開校した[8]。
世帯数と人口
2025年(令和7年)12月31日現在(川崎市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 下並木 | 1,697世帯 | 3,071人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 1,667 |
| 2000年(平成12年)[10] | 1,500 |
| 2005年(平成17年)[11] | 1,457 |
| 2010年(平成22年)[12] | 2,985 |
| 2015年(平成27年)[13] | 2,993 |
| 2020年(令和2年)[14] | 3,057 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 879 |
| 2000年(平成12年)[10] | 833 |
| 2005年(平成17年)[11] | 845 |
| 2010年(平成22年)[12] | 1,532 |
| 2015年(平成27年)[13] | 1,441 |
| 2020年(令和2年)[14] | 1,566 |
