八丁畷駅
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旅客駅には京浜急行電鉄の本線とJR東日本の南武線(南武支線)が乗り入れ、両線の接続駅となっている。京急には「KK27」、JRには「JN 51」の駅番号が与えられている。
当駅は川崎市内にあるが、JR東日本の駅は特定都区市内制度における「横浜市内」の駅として扱われる。
このほか、当駅と鶴見駅を結ぶJR東日本東海道本線の支線があり、書類上では当駅が同支線と南武線との分岐点となっている。この東海道本線支線は貨物列車専用であり、南武線浜川崎駅方面と合わせて東海道貨物線を構成しているが、南武線尻手駅方面へ通じる線路と貨物線の線路は、物理的には当駅より1つ浜川崎方の川崎新町駅構内で合流しており、当駅には貨物施設は存在しない。
歴史
- 1915年(大正4年)12月25日:京浜電気鉄道(現:京浜急行電鉄)の駅が開業。
- 1930年(昭和5年)
- 1944年(昭和19年)4月1日:南武鉄道が戦時買収による国有化で運輸通信省南武線の駅となる[1]。同時に国鉄駅での貨物の取扱いを廃止[2]。
- 1958年(昭和33年)4月10日:国鉄駅での荷物扱い廃止[2]。
- 1974年(昭和49年)10月28日:構内踏切を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅はJR東日本の駅となる[1][2]。東海道貨物線品川 - 浜川崎 - 鶴見間が品川 - 浜松町 - 浜川崎と鶴見 - 八丁畷に整理され、当駅は南武線と東海道貨物線の接続駅となる。
- 1989年(平成元年)11月26日:駅舎改築。
- 2002年(平成14年)12月10日:JR東日本でICカード「Suica」の利用が可能となる。
- 2011年(平成23年)1月16日:西口を70メートル横浜側へ移設。
当駅の開業日には諸説があり、「京浜急行百年史」では1915年、広報誌「なぎさ」では1916年12月25日、「横浜貿易新報」では1917年1月14日と記載されている。当記事では開業日を歴史の項目では「京急百年史」を、駅情報の図表では「なぎさ」を参照している。
駅構造
京急本線は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。そのホームの上を南武線南武支線が高架で越しており、南武線は単式ホーム1面1線を設けている。かつて京急は構内踏切があったが、1974年(昭和49年)10月に廃止し、南武線ホーム部を跨線橋として共同使用している。そのため京急と南武線との間に中間改札はなく、簡易ICカード改札機のみが設置されている。南武線ホームと京急1番線ホームを結ぶエレベーターが設置されているが、2番線ホームとの間には設置されていない。
駅舎は京急1番線の品川寄りに東口、2番線側に西口があり、ともに自動改札機を設置している。JR東日本は駅業務を京急に委託しており、自動改札機はJRの乗車券やICカードに対応している(ただしマルス発券の乗車券は使用できず、有人改札での処理となる)。また、JR線用の自動券売機はJR東日本のタッチパネル型で、購入は現金かつ近距離範囲に限られている。なおSuicaでのチャージ(入金)は2007年(平成19年)3月18日のPASMOとの相互利用開始により、京急の自動券売機で対応するようになった。
なお、京急で導入しているクレジットカード等のタッチ決済はJRでは利用できず、乗り換える際も一度改札を出場して入り直す必要がある。
南武線ホーム尻手寄りから東海道貨物線が鶴見方面より伸びており、当駅より上り方へ向けて並走している。朝方を中心に貨物列車が走行する光景が見られる。
京急・JRとの正式な連絡駅で、京急線と南武線沿線間の乗り換えに関しては、京急川崎駅・川崎駅よりも歩く距離が短くて済むという利点がある。しかし、南武線の運行本数が少ない上、京急も普通しか停まらないなど不便な点も多い。
ICカード導入に伴う対応
2002年12月10日に、JR東日本の駅としてSuicaが導入され、当時の展開エリアでは最後の導入となった。これにより、南武線についてはSuica対応となった。
2007年3月18日の京急でのPASMO導入に伴い、南武線のホームの階段近くに京急・JR連絡用の簡易ICカード改札機(南武線ホームの画像にある黄色や青色の機械)が設置された。簡易改札機ではJR・京急間の出場・入場を同時に処理するため、同日より京急線の磁気定期券とJRのSuica定期券の2枚を使っての当駅での改札内での乗り換えには非対応となった。改札内で乗り換える場合は1枚の定期券にまとめる必要がある。また、PASMOなどを使って当駅で乗り換える際、簡易ICカード改札機にカードをタッチしないと、当駅経由とみなされず異なる経路で計算され、定期券の場合も含めて実際の運賃とは異なった運賃が差し引かれる。
さらに、旅客が当駅からSuicaなどで南武線を利用する場合、京急の八丁畷駅改札から入場するため、改札口にタッチした後に、さらに黄色の簡易ICカード改札機にもタッチする必要がある。逆に南武線から下車する場合は、青色の簡易ICカード改札機に読ませた後、駅改札機に読ませる形になる。タッチしないと実際の経路と異なる運賃を差し引かれるため、タッチを忘れた場合は駅係員に申し出る必要がある。ICカード上では京急の八丁畷駅から入場、出場をしてJRの八丁畷駅に入場する処理がされる。南武線の車内放送(ワンマン運転のため自動放送)でも同様の案内がICカードの利用者に向けて行われる。
また、乗り換える際に残額が不足した場合は、チャージ(入金)してからタッチする必要があるため、南武線のホーム上にも京急管轄のチャージ機が存在する。
のりば
| 事業者 | 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|---|
| 京急 | 1 | 下り | 横浜・三浦海岸方面 | |
| 2 | 上り | |||
| JR | 下り | 尻手方面 | ||
| 上り | 浜川崎方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 移設前の西口(2005年11月)
- 東口改札(2022年4月)
- 西口改札(2022年4月)
- 乗換改札口 南武線下車側(2022年4月)
- 乗換改札口 南武線乗車側(2024年4月)
- 京急ホーム(2022年4月)
- JR駅構内尻手方面を見る(2010年4月) 左側に曲がる路線は鶴見駅に繋がる東海道貨物線、右側の路線は南武線南武支線
- JR駅構内浜川崎方面(2010年4月)
利用状況
- JR東日本 - 2023年度(令和5年度)の1日平均乗車人員は1,859人である[利用客数 1]。
- 京浜急行電鉄 - 2024年度(令和6年度)の1日平均乗降人員は16,434人[京急 1]である。
- 京急線全72駅中42位である。
2002年度(平成14年度)以降の1日平均乗降人員は下記の通り(JRを除く)。
| 年度 | 京浜急行電鉄 | |
|---|---|---|
| 1日平均 乗降人員 |
増加率 | |
| 2002年(平成14年) | 10,035 | |
| 2003年(平成15年) | 10,632 | 5.9% |
| 2004年(平成16年) | 10,982 | 3.3% |
| 2005年(平成17年) | 11,325 | 3.1% |
| 2006年(平成18年) | 11,786 | 4.1% |
| 2007年(平成19年) | 13,126 | 11.4% |
| 2008年(平成20年) | 13,759 | 4.8% |
| 2009年(平成21年) | 13,778 | 0.1% |
| 2010年(平成22年) | 13,806 | 0.2% |
| 2011年(平成23年) | 13,823 | 0.1% |
| 2012年(平成24年) | 13,874 | 0.4% |
| 2013年(平成25年) | 14,045 | 1.2% |
| 2014年(平成26年) | 14,053 | 0.1% |
| 2015年(平成27年) | 14,446 | 2.8% |
| 2016年(平成28年) | 15,153 | 4.9% |
| 2017年(平成29年) | 15,703 | 3.6% |
| 2018年(平成30年) | 16,036 | 2.1% |
| 2019年(令和元年) | 16,165 | 0.8% |
| 2020年(令和2年) | [京急 2]12,756 | −21.1% |
| 2021年(令和3年) | [京急 3]13,580 | 6.5% |
| 2022年(令和4年) | [京急 4] 14,700 | 8.2% |
| 2023年(令和5年) | [広告 1]15,874 | 8.0% |
| 2024年(令和6年) | [京急 1]16,434 | |
1995年度(平成7年度)以降の1日平均乗車人員は下記の通り。
| 年度 | JR東日本 | 京浜急行電鉄 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1995年(平成7年) | 1,076 | 4,963 | [6] |
| 1996年(平成8年) | 987 | 4,754 | |
| 1997年(平成9年) | 868 | 4,784 | |
| 1998年(平成10年) | 862 | 4,587 | [神奈川県統計 1] |
| 1999年(平成11年) | 836 | 4,560 | [神奈川県統計 2] |
| 2000年(平成12年) | [JR 1]768 | 4,841 | [神奈川県統計 2] |
| 2001年(平成13年) | [JR 2]886 | 5,092 | [神奈川県統計 3] |
| 2002年(平成14年) | [JR 3]841 | 5,185 | [神奈川県統計 4] |
| 2003年(平成15年) | [JR 4]858 | 5,473 | [神奈川県統計 5] |
| 2004年(平成16年) | [JR 5]895 | 5,670 | [神奈川県統計 6] |
| 2005年(平成17年) | [JR 6]940 | 5,866 | [神奈川県統計 7] |
| 2006年(平成18年) | [JR 7]955 | 6,115 | [神奈川県統計 8] |
| 2007年(平成19年) | [JR 8]1,132 | 6,780 | [神奈川県統計 9] |
| 2008年(平成20年) | [JR 9]1,162 | 6,970 | [神奈川県統計 10] |
| 2009年(平成21年) | [JR 10]1,187 | 6,980 | [神奈川県統計 11] |
| 2010年(平成22年) | [JR 11]1,230 | 7,004 | [神奈川県統計 12] |
| 2011年(平成23年) | [JR 12]1,197 | 7,003 | [神奈川県統計 13] |
| 2012年(平成24年) | [JR 13]1,242 | 7,039 | [神奈川県統計 14] |
| 2013年(平成25年) | [JR 14]1,276 | 7,121 | [神奈川県統計 15] |
| 2014年(平成26年) | [JR 15]1,334 | 7,129 | [神奈川県統計 16] |
| 2015年(平成27年) | [JR 16]1,409 | 7,325 | [神奈川県統計 17] |
| 2016年(平成28年) | [JR 17]1,549 | 7,698 | [神奈川県統計 18] |
| 2017年(平成29年) | [JR 18]1,638 | 7,976 | [神奈川県統計 19] |
| 2018年(平成30年) | [JR 19]1,705 | 8,145 | [神奈川県統計 20] |
| 2019年(令和元年) | [JR 20]1,792 | 8,190 | [神奈川県統計 21] |
| 2020年(令和2年) | [JR 21]1,523 | 6,436 | [神奈川県統計 22] |
| 2021年(令和3年) | [JR 22]1,618 | 6,864 | [神奈川県統計 23] |
| 2022年(令和4年) | [JR 23]1,707 | 7,444 | [神奈川県統計 24] |
| 2023年(令和5年) | [JR 24]1,859 |

