久保田貴士

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久保田 貴士(くぼた たかし、1967年9月17日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属する調教師。父・久保田敏夫は元JRA調教師。

国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1967-09-17) 1967年9月17日(58歳)
所属団体 JRA
概要 久保田貴士, 基本情報 ...
久保田貴士
福島4R終了後(2025年11月22日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1967-09-17) 1967年9月17日(58歳)
所属団体 JRA
初免許年 2002年(2003年開業)
経歴
所属 美浦・柴田欣也/厩務員
(1992.10 - 1993.3)
→美浦・高橋英夫/調教助手
(1993.4 - 1995.3)
→美浦・石毛善彦/調教助手
(1995.4 - 1995.12)
→美浦・高橋祥泰/調教助手
(1995.12 - 2002.2)
美浦T.C.
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来歴

JRAにて調教師を務め、ユキノビジンなどの活躍馬を管理した久保田敏夫を父に持つ[1]。野球少年であったが、美浦トレセンができた1978年に移り住んだ頃から乗馬を始めた江戸崎西高等学校(現・江戸崎総合高等学校)の3年生時には国体で優勝し、明治大学に推薦で入学するほどになる[2]。大学在学時の1987年から1989年にかけ全日本学生馬術選手権大会3連覇、全日本学生馬術大会の馬場馬術個人3連覇、総合馬術個人2連覇、障害馬術個人優勝を含む学生馬術のタイトルを総なめにしたほか、海外でもタイトルを獲得した[1]

卒業後、イギリスのクライヴ・ブリテン厩舎にて2年の実地研修[1]。1991年には、ジャパンカップに遠征して12着だったテリモン英語版の遠征主任として来日している[2]

1992年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学、同年10月より美浦・柴田欣也厩舎所属の厩務員として配属される。その半年後に調教助手の資格を取得、その後も複数の厩舎を渡り歩きながらキャリアを積み、高橋祥泰厩舎時代にはタイキフォーチュンサウスヴィグラスなどの調教を担当[1]2002年2月に調教師試験に合格、1年の技術調教師研修を経て2003年3月開業となる。

2003年3月9日の初出走から初勝利は同年4月19日のケイツーウインで延べ16戦目。初年度こそ6勝と奮わなかったが、翌2004年に勝利数を二桁に乗せ、以後年間20勝台を勝ち上がるようになり、2007年にはアンタレスステークスワイルドワンダーで制して、重賞初勝利を記録するなど頭角を現すようになる。

2007年11月17日、東京5Rで、ハピネスフォーユーが1着となり、現役166人目となるJRA通算100勝を919戦目で達成した[3]

2007年と2009年には優秀調教師賞を受賞[1]

2011年2月13日、東京1Rで、ヒシカルロスが1着となり、現役119人目となるJRA通算200勝を達成[4]

2015年2月21日、東京6Rでシンボリタピットで1着となり、現役72人目となるJRA通算300勝を達成[5]。同年のエリザベス女王杯を、中山競馬場の芝2500メートルの条件戦を勝った時からそのレースに勝つことを意識させたというマリアライトで制し、GI初勝利を挙げた[6][7]

2019年11月3日、福島2Rでミッキーハッスルが1着となり、現役40人目となるJRA通算400勝を3908戦目で達成した[8]

2023年12月3日、中山8Rでエリカヴァレリアが1着となり、現役では26人目となるJRA通算500勝を4946戦目で達成した[9]

調教師成績

さらに見る 日付, 競馬場・開催 ...
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走2003年3月9日1回中京2日1R3歳未勝利ファカルティー16頭45着
初勝利2003年4月19日4回中山7日1R3歳未勝利ケイツーウイン11頭11着
重賞初出走2004年11月20日5回東京5日11R東京スポーツ杯2歳Sカネサマンゲツ13頭811着
重賞初勝利2007年4月22日3回京都2日11RアンタレスSワイルドワンダー16頭31着
GI初出走2006年10月1日4回中山8日11RスプリンターズSシンボリエスケープ16頭713着
GI初勝利2015年11月15日5回京都4日11Rエリザベス女王杯マリアライト18頭61着[7]
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おもな管理馬

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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