久米町 (米子市)

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久米町(くめちょう[1])は、鳥取県米子市町名郵便番号は683-0824[1]

米子市の中央部に位置し、西は中海に面する[2]

歴史

1935年から現在の米子市の町名である[2]。町名の由来は、米子城の別名久米城にちなむ[3]。もとは米子市郭内と加茂町の一部である[2]。当地の大部分は米子城跡によって占められる[2]

1950年湊山公園・錦公園一帯を会場に鳥取県産業観光大博覧会が催される[2]。博覧会終了後に会場敷地を利用してスポーツセンターの計画が進められて、1950年から1955年にかけて湊山球場テニスコートが新設される[2]1977年、米子城跡が米子市史跡に指定される[4]

世帯数と人口

2025年令和7年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[5]

町丁世帯数人口
久米町 78世帯 120人

人口の変遷

国勢調査等による人口の推移[2]

1935年昭和10年) 323人
1955年(昭和30年) 385人
1965年(昭和40年) 425人
1975年(昭和50年) 161人

世帯数の変遷

国勢調査等による世帯数の推移[2]

1935年(昭和10年) 71世帯
1955年(昭和30年) 97世帯
1965年(昭和40年) 95世帯
1975年(昭和50年) 55世帯

経済

産業

店舗・企業
ホテル
  • ANAクラウンプラザホテル米子
かつて存在した企業

地域

相談

施設

名所・旧跡

  • 米子城跡(国指定史跡
  • 旧小原家長屋門(市指定有形文化財) - 米子城二の丸跡(現在、市営湊山庭球場となっている場所)の南東側に、城下町で唯一残る武家屋敷の建物である[10]。小原家は荒尾氏の家臣で、小原家の屋敷は西町にあったが、長屋門は1953年に米子市に寄贈され、米子城跡に移築保存された[10]。以後1984年までの約30年間、米子市立山陰歴史館として利用されていた[10]

出身・ゆかりのある人物

脚注

参考文献

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