旧讃岐多度津藩主・京極高典の二男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1906年(明治39年)1月27日、子爵を襲爵した[1][3][4]。
1898年(明治31年)学習院高等科を卒業し、さらに同大学部を修了した[2][3]。1897年(明治30年)陸軍騎兵少尉に任官し、騎兵中尉に進んだ[2][3]。退役後に司法属となる[2]。
1910年(明治43年)10月29日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[5][6]、研究会に所属して活動し[2]、1925年(大正14年)7月9日まで3期在任した[2]。