仁豪 平安時代後期の天台宗の僧侶。母は下野守兼資の娘、または憲方の娘。天台座主42世。僧正、南勝院、梶井 From Wikipedia, the free encyclopedia 仁豪(にんごう、永承6年(1051年)- 保安2年10月4日(1121年11月15日))は、平安時代後期の天台宗の僧侶。藤原北家、中御門流の出身で、内大臣・藤原能長の子。母は下野守兼資の娘、あるいは憲方の娘(姓は不明)。南勝房と号す。第42代天台座主。 略歴 比叡山にて明快・良真・安慶らに師事。また門下には最雲法親王・仁実・任清などを指導した。天仁3年(1110年)、天台座主となるが、そのため永久元年(1113年)の永久の強訴に当たっては、反延暦寺の姿勢を前面に掲げる興福寺大衆の矢面に立たされるということも経験している。 参考文献 新日本古典文学大系 32 『江談抄 中外抄 富家語』 1997年6月発行 ISBN 4-00-240032-8 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 Related Articles