仲間を赦さない家来のたとえ
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仲間を赦さない家来のたとえ(なかまをゆるさないけらいのたとえ、英: Parable of the Unforgiving Servant)は、新約聖書・マタイ福音書18章に登場する、イエス・キリストの譬え話である。この譬え話の主題は「神に罪赦されたように、隣人を罪赦すこと」である。
イエスは彼に言った,「…(中略)…だから,天の王国は,自分の召使いたちと貸し借りを精算しようとした一人の王のようだ。精算を始めると,一万タラント[注釈 1]の借金がある者が王のもとに連れて来られた。だが,返済できなかったので,主人は彼に,妻や子供たちやすべての持ち物を売って支払いをするように命じた。そのため,この召使いはひれ伏し,主人の前にひざまずいて,『ご主人様,わたしのことをご辛抱ください。すべてをお返ししますから!』と言った。その召使いの主人は,哀れみに動かされて,彼を解放し,その負債を帳消しにしてやった。「ところが,その召使いは出て行って,自分に百デナリ[注釈 2]の借金がある仲間の召使いたちの一人を見つけると,捕まえて首を絞め,『借りているものを返せ!』と言った。
「それで,仲間の召使いは彼の足もとにひれ伏し,彼に懇願して,『わたしのことを辛抱してください。返しますから!』と言った。彼はそうしようとせず,行って,その者が借金を返すまで,その者をろうやに投げ入れた。そこで,起きたことを見た時,仲間の召使いたちは深く悲しみ,行って,起きたことをみな彼らの主人に告げた。すると主人は彼を呼び出して,彼に言った,『悪い召使いだ! わたしはお前が懇願したから,負債をみな帳消しにしてやったのだ。わたしがお前をあわれんだように,お前も仲間の召使いをあわれんでやるべきではなかったか』。主人は腹を立て,彼が借金をすべて返すまで,彼をろうやの役人に引き渡した。もしあなた方がそれぞれ自分の兄弟の罪過を心から許さないなら,わたしの天の父もあなた方に対して同じように行なわれるだろう」。
解説
この譬え話は、イエスの弟子ペトロが、「兄弟が罪を犯した場合何度許すべきか、七回までか」とイエスに問いかけたところ、イエスが「七の七十倍までも(赦しなさい)」と答えた場面で語られたものである(マタイ18:21–22)。
王による借金の帳消しは神による罪の赦しを表している。また、借金を帳消しにされた家来は「私たち人間」を、「仲間の家来」は「私たちの周りの隣人」を示している。
なお、1タラントは6000デナリで、1デナリが1日分の賃金に相当する[1]。そのため、借金を帳消しにされた家来の負債である1万タラントは6千万日(およそ16万4300年)分の給与に相当する。